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1758年クロアチア・「ハエに化ける産婆と女帝の侍医」〜クロアチア国立公文書館『クリジェヴツィ魔女裁判』記録〜

世界各国の古い裁判記録や学術アーカイブといった『一次史料』を精査し、断片的な情報では見えてこない怪異の生々しい真実を読み解くシリーズ。第20回は18世紀半ばの東欧クロアチアへ向かい、一人の産婆の告発からハプスブルク帝国全体を揺るがした歴史的事件を解き明かします。

日本のネットやオカルトサイト、Wikipedia日本語版には概要すら存在しないこの事件。クロアチア国立公文書館に眠る公的裁判調書には、信じがたい「変身の供述」と、それを覆した最先端科学の記録が遺されていました。

部屋に侵入する「黒い巨大なハエ」と謎の発熱

1758年春、クロアチア北部の町クリジェヴツィ(Križevci)で、地域の人々に親しまれていた産婆のマグダ・ロゴマー(Magda Logomer)が突然「悪魔と契約した魔女」として逮捕されました。

きっかけは近隣住民たちの相次ぐ奇病と告発でした。ある女性は「マグダと口論した直後、夜間に部屋の窓から不自然に大きな黒いハエが飛び込んできて腕を刺され、激しい高熱と皮膚の壊死に襲われた」と証言。また別の住民も「彼女が近づくと牛の乳が血に変わり、妊婦が流産する」と訴え、街中はパニックに包まれました。

地方法廷は直ちにマグダを拘束。彼女の身体検査を行い、身体に痛みを感じない「魔女の印」があると主張して過酷な拷問を開始しました。

一次史料に残る:拷問による自白と押収された「黒い粉末」

クロアチア国立公文書館に所蔵されている当時の裁判記録(一次史料)には、水責めや指締め拷問によって引き出されたショッキングな調書と押収品が記載されています。

「……被告マグダに対する拷問の末、彼女は『悪魔から授かった術により自らの体を黒いハエに変身させ、人々に病を刺し込んだ』と自白した。 被告の家宅捜索においては、乾燥した薬草の根と『不気味な黒い粉末の入った小袋』が押収された。地方法廷はこれを悪魔の毒薬と認定し、被告マグダに対し『火刑(生きたまま焼き殺す刑)』の判決を下した……」(クロアチア国立公文書館所蔵『Križevački bosproperty/Prozessakten Magda Logomer, 1758』より要約)

判決は言い渡されましたが、ここで事態は誰も予想しなかった方向へ急展開します。

歴史学・医学が明かす「怪異の正体」

報告を受けたハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアは、地方裁判所の迷信的な判決に強い疑問を抱き、「被告人を帝都ウィーンの宮廷へ移送せよ」と特別命令を下しました。

  1. 女帝の侍医スヴィーテンによる科学的検証: 近代医学の先駆者であり女帝の信頼厚い最高侍医ジェラール・ヴァン・スヴィーテン(Gerard van Swieten)がマグダを徹底的に再診察しました。彼は、彼女が持っていた「黒い粉末」が単なる解熱用の民間薬草(炭化したハーブ)であることを科学的に証明。さらに、彼女の自白は過酷な拷問による精神破綻が原因であり、「ハエに変身する」など医学的にあり得ないと結論付けました。

  2. 魔女裁判の歴史を終わらせた事件: マリア・テレジアはスヴィーテンの報告を受け、マグダに完全な無罪判決を出して釈放。この事件を機に、ハプスブルク全領土において「皇帝の事前許可なしに魔女裁判を行うことを禁止する」勅令を発布しました。この1758年の事件こそが、東欧における魔女狩りの時代に終止符を打ったのです。

本当に恐ろしい怪異の正体は、夜の部屋に侵入する黒いハエではなく、嫉妬や病への恐怖から無実の産婆を「魔女」に仕立て上げ、拷問で存在しない悪魔を捏造した村人たちの無知と集団心理だったのです。

📖 本記事の一次史料・参考ソース(クロアチア語・ラテン語・ドイツ語)

  • 史料元: クロアチア国立公文書館(Hrvatski državni arhiv, Zagreb)所蔵 『Spisi Sudbenog stola županije Varaždinske, Proces protiv Magde Logomer (1758)』(18世紀クリジェヴツィ魔女裁判公式記録)

  • 参照文献①: ヴンジ・シュテファン著 『クロアチアにおける魔女裁判の歴史とマリア・テレジアの改革』(ザグレブ大学出版)

  • 参照文献②: “Gerard van Swieten and the Eradication of Witchcraft Trials in the Habsburg Monarchy”(オーストリア近代史研究ジャーナル)

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