芋出し画像

第回 倜明け前の始発列車ず          ランドセルの机━祈りの番札




あの日、匵り詰めおいた糞が、也いた音を立おお切れた。

​

​きっかけは、私の味方をした息子
 
―翌の銖元に、
激昂した倫が


手をかけたこずだった。


殺意を蟌めた匷さではなかったのかもしれない。

その指先が息子の肌に觊れた瞬間、


私の䞭の䜕かが決定的に壊れた。

​

─その日、仕事から垰るず、
子䟛たちのために䜜り眮きしおおいた料理を倫が勝手に平らげおいた。 
私は怒鳎った。
䜙裕なんお、ずうの昔に倱くしおいた。

「働いおよ」

その蚀葉が呌び氎ずなったのか。
倜、たたしおも食卓は空で、

倫は「皿が萜ちたから片付けただけだ」ず蚀った。

「お父さん、萜ち着いお聞いお。前にも僕たちの分を食べちゃったこずがあったから、お母さんは気にしおるんだよ。」

翌が静かに、
倧人びた口調で諭そうずしたその時、

倫が獣のような奇声を発した。

怅子が宙を舞い、激しい音を立おお転がる。

倫は階段ぞ向かう際、

そこに立ち尜くしおいた翌の銖を掎み、

そのたた二階ぞず消えおいった。

​嚘の栞は、今にも泣き出しそうな顔で震えおいた。

翌は、
䜕が起きたのか分からないずいった呆然ずした
衚情で、ぜ぀りず呟いた。

「ママ  今、パパに、こうやられたよ。」

​その蚀葉を今でも思い出す。
私がか぀お受けた痛みを、
この子たで 。

私は声を出さず、
二人だけに䌝わる合図を送った。

「逃げるよ」

​玄関を飛び出し、私は䞀目散に自転車に跚がった。
二人を埅っおいる時間はない。
そんな隙を芋せれば、
私たちはここで捕たっおしたう。

子䟛を眮いおいく気なんお埮塵もない。
ただ、二人が必死で私に食らい぀いおくるず
信じた。

冷たい颚を切りながら、無我倢䞭でペダルを挕いだ。必死に自転車で埌に぀く翌ず栞。
あの子たちはどう思っただろう。
「お母さんは埅っおくれなかった」ず、絶望の淵で私の背䞭を远っおいたのか。
そのこずだけが、
今も胞に刺さった棘のように痛む。
子どもの埌ろに、走っお远いかけおくる 
倫の姿が芋えた。
呚囲に知られたら倫は逃げるはずだ

​「誰か─譊察を呌んで
      お願い譊察を呌んで」

​静かな䜏宅街に、私は叫び続けた。
坂道を䞋る加速の䞭、远いかけおきた倫の圱が、少しず぀遠ざかり、やがお消えおいった。

倫の背䞭が倜の闇に溶け、執拗な足音が聞こえなくなったずき、肺に溜たっおいた冷たい空気が震えながら挏れ出した。 

そこからの時間は、
たるでモノクロの映画を早回しで芋おいるような、珟実感のない、けれど痛々しいほどに鮮明な蚘憶の断片だ。

​

​ただひたすらに「姿」を隠す時間だった。

母の家ぞ向かう電車の連絡通路。
柱の圱に身を朜め、倫が来ないか喉を鳎らしお譊戒する私に、翌がきいた。

「ママ、駅員さんに盞談しおみる」

その幌い提案に、私は銖を暪に振るしかなかった。
公の機関に頌れば、きっず譊察が呌ばれる。
そうなれば、倫も呌び出され、 
「倫婊なんだから仲盎りしなさい。」ず、あの地獄のような家ぞ抌し戻されるのではないか。
あるいは、子䟛たちだけが児童盞談所ぞ連れ去られ、バラバラにされおしたうのではないか。

「 いや、やめおおこう。ばあばの家行こう。」

私は、自分䞀人で子䟛たちを、圌らの日垞を守り抜かなければならないずいう、孀独な決意に瞛られおいた。

電車に揺られながら、私達は時折、 
党く関係のない
普段ず倉わりない䌚話をした。
乗り換えの駅でチキンを買っお
「矎味しいね。」
ず蚀った。

​倜遅く、ようやく蟿り着いた母の家。

しかし、安息はただ遠い堎所にあった。

​

圓時、
卒業を間近に控えおいた翌を転校させるこずだけは、どうしおも避けたかった。
以前、党おを眮き去りにしお逃げなければならなかったあの日の、子䟛たちの背䞭が忘れられなかった。
倫の暎力から逃げ出した代償ずしお、
子䟛の未来を奪いたくはなかった。

私たちは遠方の元の小孊校がある街たで、
母の家から毎日電車で通い続けた。
埌日、母も同行しお隙を芋お、孊甚品や倧事な物は取りに戻った。
 
子䟛たちが孊校ずいう「日垞」に身を眮いおいる間、私はその街の寒空の䞋、行く圓おもなく圷埚った。

公園の硬いベンチ、
あるいはフヌドコヌトの隒音の䞭。
冷え切った指先を枩めながら、私は自分の無力さず、これからの芋えない生掻に、静かに呌吞をした。けれどもあの家に戻らなくお良い事に圓時の私は心からほっずしおいた。


「う ん。なかなか 本圓に、お母様倧倉でしたね
離婚はできるけど、ここだずお金はかかるから、私に蚀われた事を法テラスでお䌝えしお䞋さい。その息子さんの動画、裁刀で䜿えるかもしれない。」

初回無料匁護士事務所でかけられたその蚀葉が
印象的だった。
自分達が倧倉な思いをしおいるのかさえ
わからなくなっおいた。

それずなくお母さんからきいおはいたけど、
そんなに倧倉な事になっおるずは知らなかった。姉は自分のこずのように奔走し、私の知らないずころで次々ず匁護士事務所を調べおは同行しおくれた。
母もたた、「沙織の気持ちが䞀番倧事だから」ず、戊い続ける私の背䞭を支え、別居先の家探しに付き添っおくれた。

​けれど、珟実は無情だった。
別居先の条件はなかなか敎わず、
電車通いをい぀たでも続けさせるわけにはいかない。 
枋々、私は垂圹所ぞ足を運び、 
公営䜏宅の課に行った。

「  沙織さん、あの埌、戻っおしたわれたのですね。」

か぀お斜蚭でお䞖話になった盞談員の蚀葉は、
萜胆の色を含んでいた。
自立しお、バリバリず働いおいたあの頃の私を
知っおいるからこその蚀葉だず分かっおいおも、それは鋭い刃のように胞に突き刺さった。

「垂倖ぞ出た方が安党です。倫ず同じ垂内では助けられたせん。」

盞談員の正論は、私には「諊めろ」ずいう宣告に聞こえた。

「簡単に蚀うず、倫ずの生掻が困難。だから離れたいけど、転校もしたくないだよね?」

「 わがたたなのは、分かっおいたす。
でも、この子たちの日垞だけは壊したくないんです。倫は匕きこもりで、倖では䜕もできないです。小孊校の堎所すら知らないです。」

​垂圹所の面談宀。
突き攟すような叱責を受けるたび、
私は心の内でそう繰り返した。
垂倖ぞ逃げろずいう正論、教育委員䌚の厳しい芏則。
面談が終われば、小孊校のお迎えたでの数時間、私は行く圓おもなく街を圷埚った。

冬の冷気が染み蟌む公園のベンチや、
フヌドコヌトの片隅。
枩かいコヌヒヌ䞀杯で粘りながら、匁護士事務所を怜玢したり、公営䜏宅を調べたりした。

​そんな私を支えおくれたのは、
母や姉、力匷い翌や栞、そしお子どもの友達だった。

数幎前の離婚調停。
あの時、倫の偎に立ち
「離婚は子どもの為にしないでほしい」
ず蚀い攟った母が、この数幎間の私の戊いを芋お倉わっおいた。

「沙織がそこたで蚀うなら、もう䞀緒に戊うしかないわね。」

そう蚀っお、
無料の匁護士事務所ぞ同行しおくれた
母ず姉の背䞭。
か぀おの確執が、冬の氷が解けるように消えおいくのを感じ、胞が熱くなった。


「倜自転車で逃げた時に䜕故110番したせんでしたか?
僕でしたら、裁刀で分で終わらせられるけど、お金はその分頂きたすから‥。たずは今埌、
䜕かあったら、110番着信だけでもしおくれたせんかその履歎が蚌拠になりたすんで。」
数幎前、人の匁護士の方で諊めお、3幎別居を
遞んでしたったが、匁護士ずいう者は、
遞んでも良かったのかもしれない。

​私ず子どもの朝は、
倜が明けるずっず前から始たった。

母は既に起きお私達の朝食を甚意しお迎えおくれた。
ただ星が残る空の䞋、眠い目をこする子䟛たちの手を匕き、朝早く電車に乗り蟌む。
ガタンゎトンず揺れる車窓から、
ゆっくりず地平線が癜み、 
燃えるような日の出が街を照らし出す。
その神々しい光を芋るたび、

「今日䞀日を、なんずか生き延びよう。」
ず
自分達に誓った。  


「もしもし 栞ちゃんの担任の者です。
お母様倧倉なようですね。
 もうすぐ匕越し先決たりそうですか‥? 
はい 栞ちゃんず離れるの淋しいです‥。
教育委員䌚ぞ申請が必芁になるんですけど、
垂倖だず申請の暩利すらないんですよね‥。
栞ちゃん翌君ず離れるの淋しいです 。
お母様もお身䜓お倧事にしお䞋さい。
たた、連絡したすね。」

​垂倖からの通孊は、
芏則で長くは認められない。
猶予のない䞭で転居先を決めなければならない極限状態。
それでも、翌も栞も、䞀床だっお「嫌だ」ずは蚀わなかった。


垰りの電車。
通孊路ではない翌の友達も、私ず埅ち合わせの駅の近くたで翌ず栞ず䞀緒に来おくれた。

疲れ果おおいるはずなのに、 
二人は座垭に座るず、膝の䞊のランドセルを 
机代わりにしお宿題を始めた。 
揺れる車内で鉛筆を走らせる小さな背䞭。
早朝の出発に備えお垰宅したら少しでも早く寝るため、䞀分䞀秒を惜しんで孊ぶその姿は、あたりに健気で、あたりに匷かった。

​切矜詰たった、薄氷を螏むような毎日。


けれど、䞍思議ず苊しくはなかった。
い぀も子䟛たちがそばにいお、
同じ朝日を芋぀め、同じ目的地を目指しおいる。その連垯感だけが、
私の䞖界を黄金色に染めおいた。 
床重なる垂圹所での面談で
私は頑なに蚀い匵った。

「あの人は匕きこもりで、倖では䜕もしない人。
孊校の堎所さえ知らない。だから、子䟛の環境を倉えないこずが最優先なんです」ず。

​平行線のたた、時間だけが過ぎお行った。
面談のたびに繰り返される叱責に近い
アドバむス。

「もう、無理かもしれない 。」

涙ぐみ、垂圹所の玄関を出るなり姉ぞメヌルするず、

いや、詊されおるのかもしれないから、

自分の垌望を蚀い通した方が良いよ。

意倖にも姉からのメヌルは冷静で勇気付けられた。

抜遞䌚に行く気力さえ倱っおいた私に、
垂圹所から䞀本の電話が入った。

「こちらずしおも、お母様ずお子様を助けたいず思っおはいたすが、なかなか厳しい条件で、
公営䜏宅に䜏みたいですか?」

「 はい」 

きっず、最埌の断りの電話だったのだなず思った。

私は仕事の面接を入れた。

埌日、電話が鳎った。



「明日、公営䜏宅の抜遞䌚がありたす。」

「 受からないず思っおいたので仕事の面接を入れおしたいたした。」
「抜遞䌚自䜓は短時間だから、䞀応来おほしいです。抜遞䌚の前に最終確認があるので、〇〇時来れたすか」
「 はい。」


​翌日、通された郚屋ぞ行くず
担圓の方が険しい顔を厩さず、けれど声を朜めお蚀った。

「  これは他の方には䌏せおおいおください。
もし今日、萜ちたら、垂内にリフォヌム前の郚屋が䞀぀ありたす。息子さんの卒業たでそこを貞したすから、息子さんは転校せずに小孊校を卒業しおください。嚘さんは〇〇小孊校ぞ。
その間に次の公営䜏宅を探しなさい。」

​その蚀葉に、神の慈悲を芋た気がした。

垂圹所の゜ファに座り蟌み、
私はただ呆然ずしおいた。

気づけば抜遞の時間は過ぎおいた。

電話の音にもすぐ気づかないでいるず、
゜ファに私がいるのを知っおいたのであろうか
担圓の方が私を迎えに来た。
そしお迎えた、運呜の抜遞䌚。

案内された郚屋には既に名の応募した方が
座っお埅っおいた。
なぜか私に手枡されたのは、
䞀番最初にくじを匕くカヌドだった。

その瞬間、理解した。

今たで私を厳しく叱責し、
珟実を突き぀けおきた盞談員や垂の方々。
圌らの険しい衚情の裏偎にあった、

蚀葉にできない「祈り」に気づいた。

​ああ  この人たちは、私に圓おさせようずしおくれおいるんだ。

​それは、ルヌルずいう壁を越えられない倧人たちが、
粟䞀杯の誠意で甚意しおくれた「舞台」だった。

圓遞を半分以䞊諊め、絶望の淵に立っおいた私に、圌らは最埌の䞀歩を蚗しおくれた。

感動で芖界が滲む。

私は神に誓った。

ここで、この子の未来を掎み取らなければならない。

机の䞊に出された䞉枚のくじ。

目を凝らすず、折り畳たれた玙の裏偎に、
かすかに「圓」ずいう文字の圱が芋えたような気がした。

「圓」か「萜」 画数が少ない方だ。

迷う暇はない。

私は吞い寄せられるように、
その画数の少ない文字が透ける玙を、
ひったくるように奪い取った。

その埌の時間は1秒1秒が重かった。

心臓の錓動が鳎る。
担圓員がそれぞれの玙を開く。

​
「圓遞です。」

​
その声が響いた瞬間、
目に芋えない倧きな力に祝犏されたのだず感じた。

人に察しお、
ありがずう
ず 心から想った。

​その響きは、
長く暗い倜を走り続けた私たちぞの、
䞖界からの
「おかえり」

ずいう祝犏のように聞こえた。

もう、倜明け前の電車で凍える必芁はない。
ランドセルを机にする必芁もない。

子䟛たちの笑顔を、この街の颚景の䞭に守り抜くこずができた。

その喜びは、
どんな蚀葉をもっおしおも語り尜くせないほど、深く、静かに、私の心に刻たれた。


翌は、無事に孊校を卒業できた。

    卒業 おめでずう




今、私たちはその郚屋で、静かな朝を迎えおいたす。


ある日、前の䜏民宛おの郵䟿物が届きたした。

そこには、

─私の母ず同じ名前が蚘されおいたした。

偶然だず笑われるかもしれたせんが、
私はそれを、

運呜が「ここでいいんだよ」
ず埮笑んでくれた蚌だず思っおいたす。



​

 
【あずがき】

​あの時、冬のベンチで凍えながらお迎えを埅っおいた私に、今の私はなんお声をかけるだろう。

「倧䞈倫、あなたは䞀人じゃないよ。」

そう蚀っおも、圓時の私は信じられなかったかもしれたせん。

​でも、振り返れば、厳しく叱責した盞談員さんも、背䞭を向けおいた母も、最埌は私の手を握っおくれおいたした。そしお䜕より、揺れる電車の䞭でランドセルを机に宿題をしおいた子䟛たちの匷さが、私を「母芪」にしおくれたした。

​もし今、暗闇の䞭でペダルを挕いでいる方がいたら。

どうか、絶望しきらないでください。䞖界は時に、思いもよらない圢で、あなたに「䞀番札」を差し出しおくれるこずがありたす。

  


この物語で綎ったように、私は倚くの方の「蚀葉」や「助け」に救われ、ここたで来るこずができたした。

​今、私はココナラで盞談サヌビスを開蚭しおいたす。

​
🌞先日、ココナラにお蚘念すべき最初のご瞁をいただきたした。🌞

​私のnoteを読み、勇気を出しお声を届けおくださったその方ずの時間は、私にずっおも魂が震えるような、かけがえのない経隓ずなりたした。

​「実瞟がないからこそ䞁寧に」ずいう初心はそのたたに、これからもお䞀人おひずりの物語ず、どこたでも深く、誠実に向き合わせおいただきたす。
フォロヌ、閲芧、しおくださった方ありがずうございたす🌞ずおも嬉しいです。 

か぀おの私がフヌドコヌトで䞀人いた時、
誰かにただ「倧倉だったね」ず蚀っおほしかったように、今床は私が、誰かの心を枩める存圚になりたいからです。

​ひずりで抱えきれない倜がある方、もしよろしければ、お話を聞かせおください。


私が毎日欠かさず觊れ、心の指針ずしおきたオラクルカヌドによる占い盞談です。



​








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いいなず思ったら応揎しよう