【映画感想・ネタバレ注意】黒牢城・閉じ込められているのはどっち?
黒沢清オールスターズな作品。
まずはあらすじを。
荒木村重は織田信長の暴虐なやり方に反発して謀反を起こし、有岡城に立てこもる。織田軍に包囲され孤立無援となった城内で、村重は血気盛んな家臣たちを抑えつつ、妻・千代保を心の支えに、城と人々を守ろうと苦心していた。そんな中、城内で少年が殺害される事件が起こり、その後も怪事件が続発する。容疑者は密室と化した城内にいる家臣や身内の誰かで、城外には敵軍、城内には裏切り者という状況に、誰もが疑心暗鬼に陥っていく。追い詰められた村重は、信長の使者として説得に訪れ牢に囚われた天才軍師・黒田官兵衛に協力を仰ぎ、事件の解決に挑む。
『黒牢城』――同じ景色を見られる相手を求めて
黒沢清監督が時代劇を撮ると聞いた時、期待と同じくらい不安もあった。これまでの作品は良くも悪くもクセが強く、独特の不穏さや違和感が魅力だったからだ。
しかし実際に観てみると、『黒牢城』は原作の力もあって、歴史ミステリーとして非常に骨太で本格的な作品になっていたと思う。
ただ、それでもやはり黒沢清監督の映画だった。
城内で起こる数々の事件は、映画を観た限りでは意外なほどあっさりしている。もちろん官兵衛が鮮やかに解決してしまうこともあるが、それ以上に監督自身が「本当に見せたいものは事件そのものではない」と考えているように感じた。
この作品の中心にあるのは謎解きではなく、荒木村重と黒田官兵衛の対話だと思う。
最初は官兵衛を村重の導き手として見ていた。しかし物語が進むにつれて、その印象は少し変わった。
村重は戦の話がしたい。もっと大きな視点で戦局や時代の流れを見ている。しかし家臣たちは目の前の不安や生き残ることに精一杯で、見ている景色が違う。だから村重は周囲に人がいても、本当の意味では誰とも話ができない。
そんな時に官兵衛は、
「だから殿は私のところへ一人で来るのです」
と言う。
この言葉がとても印象に残った。
官兵衛は村重を理解している唯一の存在だったのかもしれない。しかし同時に、村重の孤独を誰よりも正確に見抜いている存在でもあった。
そのため途中から官兵衛は単なる導き手というよりも、村重が抗えずに引き寄せられてしまう存在のように見えてきた。
理解してくれる相手だから会いに行く。しかし話せば話すほど、自分がどれだけ孤独なのかを思い知らされる。事件が解決するたびに救われるどころか、村重はますます孤独になっていく。その関係性がとても興味深かった。
だからこの作品で描かれている「牢」は、官兵衛が閉じ込められている土牢だけではないように思う。村重自身もまた、自らの孤独という牢獄の中に閉じ込められていたのではないだろうか。
また、事件そのものはあっさりしている一方で、事件に関わる人物たちは妙に印象に残る。
出演者も非常に豪華で、黒沢清監督作品を観てきた人なら思わず嬉しくなる顔ぶれが揃っている。特に 吉岡睦雄 の存在感は強烈だった。最近の Chime でも圧倒的な印象を残していたが、本作でも短い出番の中でしっかりと爪痕を残していたように思う。
そのため、事件の内容そのものよりも、その事件に関わった人々の表情や佇まちの方が記憶に残る。不思議なことに、ミステリーとしての謎よりも人間そのものの方が印象に残る作品だった。
そして映像面でも、やはり黒沢清監督らしさを感じた。
本格派の時代劇でありながら、人物を遠くから捉える引きの画が多く、時代劇ではあまり見たことのない空間の使い方が印象的だった。人間を見ているはずなのに、城そのものの閉塞感や孤立を見せられているような感覚になる。
さらに終盤、千代保が後ろから村重に近づいてくる場面には思わずゾッとした。
もちろんホラーではない。しかしまるで怪異が静かに近づいてくるかのように見えた。人が歩いているだけなのに、不吉さや恐怖を感じてしまう。その演出にはホラーの名手である黒沢監督らしさが色濃く表れていたと思う。
だから『黒牢城』は、本格的な歴史ミステリーでありながら、同時にとても黒沢清らしい映画でもあった。
事件の謎よりも人間の孤独が残り、戦よりも対話が記憶に残る。そして最後まで心に残ったのは、同じ景色を見られる相手を求め続けた村重の姿だった。
城主でありながら誰よりも孤独だった男。その孤独に寄り添うようでいて、さらに深く突きつける官兵衛との関係こそが、この作品の本当の見どころだったように思う。
