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失われた「六頭の響き」——日本陸軍砲兵が守り抜いた、馬と人との身体的協調

はじめに

​かつて、日本の戦場において「六頭立て」の砲車列が響かせていた蹄の音をご存知でしょうか。現代の効率化された社会では忘れ去られようとしている、馬と人間が一体となって重火器を運ぶ「身体知」の世界。本稿では、日本陸軍の砲兵編成を紐解きながら、今なぜその系譜を考える必要があるのかを記します。

​1. 六頭立ての砲車列が示した「統制」の極致

​日本陸軍の砲兵部隊において、野砲を牽引する馬車編成は六頭立てが標準でした。

​編成の構成: 3つのペア(前馬、中馬、後馬)で構成され、一糸乱れぬ隊列を組むことが求められました。

​騎馭式(きぎょしき)の誇り: 日本陸軍は、馬車上の御者台で手綱を操る欧州流の「座馭式」とは異なり、御者が馬の背に直接騎乗する「騎馭式」を伝統としていました。

​身体感覚の共有: 騎馭式は、騎兵術の系譜を汲む高度な技術です。御者は自らの体温と筋肉を通じて馬を制御し、悪路においても砲列の足並みを揃える必要がありました。これはまさに、人間と動物が極限で対話する「身体知」の結晶でした。

​2. 自動車への交代と、断絶した技術

​文明開化とともに導入された馬車文化は、しかし昭和の機械化という大きな波の中で、急速に自動車へと取って代わられました。

​急激なパラダイムシフト: 欧州が時間をかけて経験した変化を、日本は極めて短期間で突き進みました。その結果、砲兵部隊を支えた重種馬の育種や、馬を制御する伝統的な技術基盤は、社会の主流から姿を消しました。

​映像美の喪失: 今日のテレビや映画において、大規模な合戦シーンの再現が困難になっているのは、単なる予算の問題ではありません。本物の馬を統制し、砲車列を自在に動かすことができる「身体感覚」を持つ指導者が、現場からいなくなっていることが最大の要因です。

​3. 今に残る「記憶」の断片

​それでも、その系譜は絶滅したわけではありません。

​輓曳(ばんえい)競馬: かつて砲車を引いた重厚な馬たちの力強さは、現在、北海道の輓曳競馬の中に脈々と受け継がれています。

​儀装馬車と相馬野馬追: 宮内庁の外交儀礼を支える馬車列の規律や、福島県の「相馬野馬追」のように、災害と震災という困難に瀕しながらも、土地の記憶として馬を守り続けようとする人々の熱意が、歴史の火を絶やさぬよう繋いでいます。

​おわりに

​効率的な自動車社会に生きる私たちは、馬の蹄の音とともに歩んだ「身体的な協調の時代」を忘れかけています。

相馬野馬追の頭数が減少し、映画から合戦の迫力が失われていく現実は、ひとつの文化が滅びゆく過程の記録でもあります。しかし、私たちが歴史の行間にあるこうした「馬たちの系譜」に思いを馳せ、語り継ぐことは、機械文明の中で忘れてしまった「人間本来の身体感覚」を取り戻すための、小さくも大切な抵抗なのです。

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Hans (巓嚮院海老胡瓜庵) 資料収集や文献購入に、充てたいと思っております。