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主役にならないおつまみ

その夜。

ビールが静かに注がれる。

泡は少し控えめ。

店内には古いジャズが小さく流れている。

構成作家が笑って聞く。

「もし」

少し間。

「村上春樹の小説に出てきそうなビールのおつまみって、何でしょうね」

前のマスターは少し考えた。

「正解はないけど」

グラスを磨きながら言う。

「派手じゃないものが似合う気がする」



和食の主人が一皿目を出す。

枝豆。

「まずはこれでしょう」

湯気の立つ枝豆。

塩は少しだけ。

ビールの一口目を邪魔しない。



焼き鳥職人は笑う。

「私は砂肝ですね」

塩だけ。

レモンを少し。

「会話が止まっても困らない味です」



豆腐職人は湯葉を出す。

生湯葉に、おろし生姜と淡口醤油をほんの少し。

「静かな料理です」

調香師が頷く。

「香りを消さない」



前のマスターはビーフシチューの小さなココットを置く。

「この店の昔の名物だからね」

パンを少し添える。

「ビールにも意外と合う」



構成作家が聞く。

「ポテトフライは?」

「もちろん合う」

前のマスターは笑う。

「でも今日は」

少し間。

「細いフライじゃなくて、皮付きのじゃがいもをゆっくり揚げたものが似合うかな」



調香師が最後に、小皿を一つ。

ミックスナッツ。

ただし、少しだけ燻製したもの。

「ビールを飲みながら」

窓の外を見る。

「本を閉じたり」

「また開いたり」

「そんな時間に合う気がします」



夜景研究家がビールを飲みながら言う。

「どの料理も」

少し笑う。

「主役になろうとしてないですね」

前のマスターが頷く。

「そうなんだ」

「ビールが一人で歩けるように」

「おつまみは少し後ろを歩くくらいがいい」



店の外では、東京の夜が静かに更けていく。

ビールは少しずつ減り。

枝豆の殻が小皿に重なる。

誰も急いで食べない。

誰も急いで話さない。

そんな夜には、料理も酒も、少しだけ静かなほうがよく似合う。

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