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【臨床心理士のカウンセリング】②高校生の時の友達の自死|心のケアの必要性


不登校の息子が
小学5年生の夏から

私は通院先のカウンセリングを
受け始めました。

今まで誰にも話さなかった
暗い過去を、初めて人に話す。

初回から、本気でした。


■当たり前にいる人が、突然いなくなること


中学2年生から
私はへ通い始めました。

ほとんどが隣の学校の生徒。
知らない人ばかりで
緊張して固まって座っていると


「ねぇ!何中?」

と、茶色のスカーフをした女の子が
にこにこと私の前に立っていました。

私はドキドキしながら学校名を言って
白いスカーフを見せました。

学校ごとに色が決まっているので
自己紹介には役立つアイテムでした。


それがきっかけで、毎週塾へ行くたびに
私たちは話すようになり

いつの間にか彼女、Sの周りには
たくさんの笑顔が集まっていました。

ひまわりの様な存在でした。


中3になって志望校を決める時は
偶然にも私たちは同じ高校でした。

Sはにっこり笑って

「同じだね!!」
「受かったら、一緒に行こうね!」

と言ってくれました。


結果は合格。

Sと同じ学校へ行ける!

「私たち、同じ制服になるんだね♪」

と、2人で喜びました。


電車での通学になるので
駅のホームで待ち合わせをして
一緒に通学をしました。

残念ながらクラスは違いましたが
休み時間にはあの笑顔で

「おーい!」

と、私のクラスにも来てくれました。

ここでも、Sの周りには
たくさんの笑顔が集まっていました。

素直で、とても優しい子なんです。



Sのバッグの中は
いちごのポッキーやポテチや塩昆布など

ドラえもんのポケットみたいに
いつも色んな種類の
たくさんのお菓子が入っていて

今の私の好みにも影響していると思います。


そんな感じの
楽しく平和な高校生活が
続いていました。


ところが、ある日ある時から
ぽつぽつと待ち合わせ時間に
遅れるようになり
遅刻や欠席が増えました。



その当時の私は
「あ、また遅刻してるよー!」
と笑っていました。


今だったら
「どうしたの?何かあったの?」
て、聞けるのに。



ごめんね。




■あの時の自分を、ぎゅっと抱きしめる


暑い夏、突然の報告が入ります。
Sの自死です。

靴はそろえてあったとか
家族関係に問題があったとか


まだ高校生で
「人の死」というものが
親族を含めて初めての経験でした。

涙が止まりませんでした。


しかし、私の家庭環境
毒親の洗脳からとけて
いなかった当時は「泣く」
ことも怒られます。


親を不快にはさせてはいけない。



だから、一生懸命、一生懸命
「悲しい」という感情を
抑え込みました。

しかし、なかなか封じることが
出来ません。


こら!なくなれ!
と、どれくらいの間か格闘した後



『ガンッッ!!!』



と、蓋を閉じることが
できました。

「あ~よかった。やっとなくなった。」

これで、親に怒られない、と。


絶対おかしいのに。
親のために、と
自分の心を無くしていました。



・・・・・・・・・・


カウンセリングでは
初めて人に話せた安心感や
あの時の恐怖などで

泣きました。


1人でずっと話していましたが
心理士さんは一言だけ

「制服っていう言葉を、1番使っていましたよ」

と、背は大きいのに
いるのかいないのか
分からないような気配で

でも、絶妙なタイミングで言葉を発し
私は感情の放出となりました。


私は、当時の自分と
向き合いました。


悲しかったよね。
怖かったよね。

遅刻してたの笑って
後悔してたよね。

そういう感情、出していいんだよ。



私は、あの時の自分を
やっとぎゅっと
抱きしめてあげることが
できました。

うん、うん、と高校生の私は
今の私に甘えます。




そして、本当に偶然ですが
私の息子は今
Sのいた中学校へ通っています。


なんか・・・
不思議な感覚です。




これが、カウンセリングのスタート期です。
















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yuri 障害児、福祉の場へ寄付させていただこうと思っています🌱