笠地蔵異聞録 四
― 報われた優しさ
朝から、
二人は忙しかった。
---
米を炊き、
野菜を洗い、
薪を並べる。
---
久しぶりに、
家の中に明るい声が響いていた。
---
「ありがたいねぇ」
おばあさんが言う。
---
おじいさんも頷いた。
---
けれど、
ふと手を止めた。
---
昨日のことを思い出したのだ。
---
もし、
地蔵に笠をかぶせなかったら。
---
この荷物は、
ここにあっただろうか。
---
考えてみれば、
自分は何も得られないと思っていた。
---
それでも笠をかぶせた。
---
だからこそ、
今こうして報われたことが嬉しかった。
---
だが、
胸の奥に小さな疑問が残った。
---
もし何も届かなかったら。
---
もし、
今朝も何もなかったら。
---
自分は同じことをしただろうか。
---
おじいさんは黙り込んだ。
---
おばあさんが気づく。
---
「どうしたんだい?」
---
「いや……」
---
少し迷ってから、
おじいさんは言った。
---
「俺は昨日、
本当に見返りなんて考えてなかったのかな」
---
おばあさんは、
しばらく黙っていた。
---
そして、
静かに笑った。
---
「そんなこと、
誰にも分からないよ」
---
おじいさんは顔を上げる。
---
「自分だって、
自分の心の全部は分からないものさ」
---
おばあさんは、
囲炉裏に薪をくべた。
---
「嬉しいものは嬉しい」
---
「もらったものは、
ありがたくいただけばいい」
---
「でもね」
---
少しだけ間を置いて、
続けた。
---
「昨日、
あんたが笠をかぶせた時の気持ちは、
今日もらったものとは別のものだろう?」
---
おじいさんは、
何も言えなかった。
---
雪の中で見た、
六体の地蔵。
---
寒そうに見えたこと。
---
だから笠をかぶせたこと。
---
あの時、
見返りなど考えていなかった。
---
それは、
今になっても変わらない。
---
報われたから嬉しい。
---
けれど、
報われる前から、
あの行動には意味があった。
---
おじいさんは、
ゆっくり笑った。
---
「そうだな」
---
外では、
雪が少しずつ溶け始めていた。
---
春はまだ遠い。
---
それでも、
長い冬の終わりが、
ほんの少しだけ近づいたように感じた。
---
そしてその夜。
---
おじいさんは、
六体の地蔵の夢を見た。
---
何も話さない。
---
ただ静かに、
こちらを見ている。
---
その顔は、
笑っているようにも、
泣いているようにも見えた。
---
目が覚めた時、
おじいさんは思った。
---
優しさは、
誰かに返してもらうために
するものではないのかもしれない。
---
けれど、
返ってきた優しさを
受け取ってはいけない理由もない。
---
その二つは、
同時に存在していいのかもしれない。
ありがとうございました。
