「貯金すれば不安は消える」は、たぶん嘘です
貯金しても、不安は消えなかった。
白状すると、僕は残高で安心しようとするタイプです。
給料日に口座を見て、少しだけ息をつく。「まあ、なんとかなるか」って。でもその安心、三日ももたないんですよね。次の週にはもう、なんとなく不安に戻っている。じゃあ足りないんだ、ともっと貯める。でも、また戻る。ずっとこれ。賽の河原で石を積んでる気分です。
長いあいだ、これを「まだ貯め方が足りないからだ」と思っていました。あと少し貯めれば、あと少し稼げば、この不安は消えるはずだ、と。
でも最近、ある数字を見て、けっこう嫌な事実に気づいてしまったんです。
8割が、不安だった
ライフネット生命が20〜30代の1000人に聞いた調査があります。「自分の将来、不安ですか?」に、8割が「不安」と答えている。まあ、そうですよね。ここまではいい。
問題は次です。貯金や投資をたくさんしている人ほど、不安は減る。理屈通り。ところが——毎月5万円以上貯めている人でも、79.5%が「不安」なんです。
ちなみに同じ調査によると、毎月貯蓄している人自体は全体の72.5%、その平均貯蓄額は月2.4万円だそうです。つまり大半の人は月2万円台しか貯めていないのに、その2倍以上を貯めている「優等生」ですら、8割は不安なまま。貯金額を上げても、不安の量はほとんど動かない。
いや、5万ですよ。毎月。友達がやってたら「えらすぎ」って拝むレベルでしょう。その堅実な人たちの、8割が、不安。
ここで背筋が寒くなりました。これ、お金を貯めても不安は消えないって言ってるようなものじゃないですか。つまり僕がずっとやってきた「貯めて安心する」作戦、そもそも敵のいない場所を殴っていた。何年も、空振りしていたわけです。
先に一個、荷物を下ろさせてください。あなたが将来を不安に思うのは、貯金が足りないからでも、だらしないからでもありません。8割が不安なんです。これはもう、あなたの家計簿の問題じゃない。この国に住んでいることの、標準装備です。
犯人は、未来のあなたを「他人」だと脳が判定してるから
じゃあ、なんでお金で消えないのか。
理由はシンプルで、ちょっと残酷です。未来の自分って、正直けっこう他人だから。
これ、比喩じゃなくて、心理学にちゃんと名前がついています。「Future Self-Continuity(未来自己連続性)」。心理学者ハル・ハーシュフィールドの研究チームが、現在の自分と未来の自分をどれだけ「同じ人」だと感じられているかを測る実験をしていて、この連続性を弱くしか感じられない人ほど、貯蓄額が少なかったという結果が出ています。
つまり、10年後のあなたを「まあまあ他人」だと脳が判定した瞬間、その他人のために今日のあなたが我慢する理由は、かなり薄くなる。意志の弱さじゃなくて、脳の仕様です。僕はこれを勝手に「自己他人化」と呼んでいます。未来の自分を、赤の他人としてカウントしてしまう現象。
「じゃあ、未来の自分をちゃんと自分だと思えばいいんだ」。僕もそう考えました。でも、ここに落とし穴があるんです。
今の生活に満足していない人が、未来をくっきり想像すると、何が起きると思いますか。
今のしんどさが、そのまま10年分に引き伸ばされて見える。絶望の拡大コピーです。だから「将来のことちゃんと考えなさい」って正論、あれは今が順調な人には効くけど、今しんどい人には、見たくない未来を4Kで再生させる拷問になる。しかもSNSを開けば、先輩や上司の「行き着く先」が勝手に流れてくる。この拷問、無料で24時間配信されてるんですよね。趣味の悪いサブスクです。
だから、もう一個下ろします。将来を考えると憂鬱で逃げ出したくなるのは、あなたが後ろ向きだからじゃない。今しんどい人にとって、未来を直視するのは、そもそも痛いんです。逃げるのが正解の場面で、正しく逃げているだけ。夜に甘いものを食べすぎるのも、余計なものを買うのも、意志が弱いんじゃなくて、痛みからの、まっとうな避難です。
じゃあ、どうすればいいか
未来を直視するのが毒なら、答えは一つ。遠くを見るのを、やめる。
「10年後のなりたい自分を描こう!」みたいなやつ、いったん捨てましょう。毒なので。かわりに、目標を握りつぶせるくらい小さくする。「将来の不安をなくす」なんて、でかすぎるんです。そうじゃなくて、「今夜の逃げ方を、一個だけ変える」。
これにも根拠があって、心理学では「目標勾配仮説」と呼ばれる現象が知られています。ゴールが近いほど、人はやる気を出せる。遠いゴールに向かって一直線に頑張れる人は、実はそんなに多くない。
さらに、これはうつ病治療の現場でも使われている手法です。「行動活性化」という技法で、達成感や楽しみを感じられる小さな行動から、段階的に生活を立て直していく。エクセター大学が440人のうつ病患者を対象に行った臨床研究では、この行動活性化療法が、より複雑な認知行動療法と同等の効果を示したことが報告されています。派手な解決策じゃなくて、地味な一歩の積み重ねが、ちゃんと臨床レベルで効くと確認されている。
具体的には、こんな「はしご」で考えてみてください。
今夜、逃げ方を一個だけ変える(コンビニの代わりに5分歩く、くらいのサイズ)
それが3日続いたら、逃げ方をもう一個増やす(増やすのはあくまで「行動」であって「目標の大きさ」ではない)
1週間続いたら、初めて「来週も続けられそうか」だけ振り返る(来月や来年は、まだ見なくていい)
遠いゴールを見ないまま、近いゴールだけを積み上げていく。これだけです。
――ここで、こう思う人もいるかもしれません。「でも、目標は大きいほうが成果が出るって聞いたことがある」。実際、心理学の目標設定理論では、困難度の高い目標を追う人ほど高いパフォーマンスを出す、という研究もあります。これは間違っていません。ただしそれは、ある程度余力がある「成長モード」の話です。今しんどくて、5分歩くことすら重い「回復モード」の人に、大きい目標をぶつけるのは、骨折してる人に全力疾走させるようなものです。まず回復モードから抜け出すことが先で、大きい目標を追うのはその後でいい。
不安は、消えません。8割が不安なんだから、たぶん一生ついてきます。でも、消さなくていいんです。目指すのは、不安の完全撃破じゃなくて、不安との同居。隣の席にずっといる、うるさい同僚くらいに思って、まあ、なんとかやっていく。
最後に、正直なこと
……とはいえ、正直に書いておかなきゃいけないことがあります。
「5分歩こう」すら無理な夜が、ある。しんどすぎて、それどころじゃない夜が。そういう人に効くきれいな答えを、僕は持っていません。持っていないことだけは、嘘をつかずに書いておきます。
それと、こういう記事はよく「で、結局みんな不安だよねって慰めてるだけでしょ」と言われます。半分当たってます。でも半分は違う。慰めじゃなくて、敵の居場所を間違えないでほしいだけなんです。お金を積んでも消えない不安を、お金で殴り続けると、人は疲れ果てる。敵はそこにいない。それだけは、言っておきたかった。
正直に言うと、僕がこの記事を書いたのは、誰かを励ますためというより、自分の「自己他人化」を自分で見つけたくて書いた側面もあります。書きながら、10年後の自分を、少しだけ他人じゃなくできた気がしています。だからこれは、あなたへの処方箋である前に、僕自身の記録です。
最後に一つだけ。「一人で抱えないで」ってよく言うけど、その「誰か」がいない人もいますよね。僕もどちらかというと、そっち側です。でも、隣にいてくれる誰かって、生身の友達じゃなくてもいいと思うんです。同じ夜を過ごしてる知らない人の文章でもいい。少なくとも、これを読んでいる今この瞬間だけは、あなたは一人でこれを考えていない。書いた僕がいるので。それくらいの薄さの「隣」でも、たぶん、ないよりずっといい。
――次に不安で眠れない夜。あなたはそれを、一人で抱えますか。それとも、心の中でいいから、「これ無理ゲーだよね」ってつぶやけますか。
僕は、まだ練習中です。だからこれを書きました。よかったら、一緒に。
