翻訳語のむずむず感

柳父章著の「翻訳語成立事情」という本を読んでいる。
翻訳語とは「翻訳のために作られた造語」のことを指す。この本では、幕末から明治時代にかけて、翻訳のために作られた次の単語
「社会(Society)」
「個人(Individual)」
「近代(Modern)」
「美(Beauty)」
「恋愛(love)」
「存在(being)」
「自然(Nature)」
「権利(Right)」
について解説している。

これらの言葉は、過去からの日本語の日常会話のなかで意味が形成されてきたものたちではない。
西洋から入ってきた新しい概念に日本語ラベルをつけるため、突如日本語の語彙として現れたと言っていい。

私にとってはこの本、読み応えがありすぎて全然進まない。しかし言わんとしてることはとても頷けるし、最近でもこの「翻訳語」というのは巷に溢れていると思う。

「持続可能性」(Sustainability)はその一つだろう。
「持続可能性」なんていう日本語よくもまああてがったものですねと思う。さすてなびりてぃ、という言葉が流行り始めた数年前、「サステナビリティって、なあに?」って調べた日本人も多かろう。しかし、この「持続可能性」という翻訳語をみて腹落ちした人は何人いただろうか?
0人だとわたしは思う。

持続可能性、か、、。
たしかにSustain(保持する・持続する)+ -ability(接尾語・〜可能性)で、文字通り訳せば「持続可能性」ですかね。

誰ですかこのセンスない訳語作った人は‼️‼️(突如ブチギレ)

まずね、「可能性」がいかんと思うんです。「可能性」と聞くと、基本的には「確率(Probability)」のほうを日本人は思い浮かべると思うんですよね。
日本語の「可能性」は、基本的に「確率(Probability)」の文脈で使われることが多いから。

あと、Sustainというのもなんかぴんときづらい。
まず、「何が」持続するんだろう?と主語が分かりにくい。また何より、「持続」という訳語が「Sustain」の元来のニュアンスを引き出せていない。Sustainとは、「苦労や痛みを伴いながらなんとか踏ん張って維持する」みたいなニュアンスがあるらしい。「持続」だと、「過去からの地続きで行きやしょう♪」みたいな雰囲気あって、なんか切迫感がない。

ということで、「サステナビリティ」の新しい訳語提案します。

「踏ん張り力(ふんばりりょく)」

で、いかがでしょうか?💓

だいぶ本の話題からは話それたのですが、この翻訳語特有の歯がゆさ、伝わるでしょうか?
「権利ってどういう意味すか」と聞かれると、「権利は……権利だよ」としか答えようがない感じ。ほかの語彙で代替可能じゃない感じ。
これって、たぶん「権利」という言葉そのものが「権利」という概念を表現してるからですよね
だからほかの言葉で説明しようがないというか、、、

なんか尻切れトンボになりましたが、福沢諭吉先生もこういう「訳語がオリジナルの単語の意味を網羅しているとは言えないよね♪気をつけようね♪」みたいな警告を出している。わたしもそういうところに敏感でありたい。




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