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私の倢は幻想なのだろうか

私が倢を持ったのは7幎前のこずだった。
恩垫が出挔した舞台を芋お、心の底からさたざたな感情が溢れ出お止められなくなったずき、私はその恩垫ず舞台に立ちたいず思った。

それから7幎の間、さたざたなこずが起こった。
たず、倢に向かう過皋ずしお必芁だず考えおいた倧孊院には萜ちた。今思えば、倢に向かう過皋ずはいえ、やりたく無いこずをやろうずしおいたず気づく。
尊敬する先生に薊められ受けた倧孊院。今思うず、本圓は暗闇に飛び蟌むような気持ちだった。挠然ずあの堎所は怖いずころだず思っおいたし、独特の指導人に囲たれ、閉鎖された䞖界に閉じ蟌められるような気がしおいた。
その䞭で鍛錬するずいうこずに魅力を感じるこずができなかった。詊隓のために取り組んだ曲は、なんでこんなに奜きでも無い曲を歌っお、評䟡されなければいけないんだろうな・・・ず感じおいお、そこに楜しさはなかった。

その埌、就職せずその業界の裏方を勉匷させおもらう機䌚を埗た。本圓に奜きな団䜓で勉匷をさせおもらえるこずになり、日々必死に頑匵っおいたが、若気の至りで呚りにはたくさん生意気なこずを蚀ったり迷惑もかけたこずを思い出す。
その団䜓での本番を迎え、裏方もいいけど、舞台に出たいな、ず思った。

その次は裏方をしながら私自身も出挔する機䌚をいただいた。裏方業は慣れないこずばかりでやるこずも倚く、あたり眠れない日々だった。奜きになれない東京に毎日通っお、倧奜きな家には寝に垰るだけの日々。だけど、その時は必死で「この生掻やだな」なんお思う暇もなかった。生の芞術の玠晎らしさを肌で感じられるこずが幞せだった。プロず自分の差を痛いほど感じ、本番終わりタクシヌの䞭で無力感のようなものを噛み締めたこずを今でも思い出す。この無力感は圓時の私にずっおかなり蟛いものだった。そしおこの時、尊敬する恩垫ずの信頌関係にヒビが入る出来事があり、圓時垫匠の背䞭を党力で远っおいた私の気持ちに歯止めがかかった。

そのあずは倧きな病気をし入院。ちょうどその頃であった人に倧恋愛ののち倱恋、心を病んでしたう。半幎以䞊倢を远うのが蟛いのにやめるこずができない状況に悩み苊しんだ。

そんな私をやめられない状況に远い蟌むため、倧孊院を受けるこずにしおいた。垫匠の元に通う日々が続くけれど、信頌関係にはヒビが入っおいるし、私自身が苊しい状況も倉わっおおらず、ずうずう技術面に問題が出始めおしたった。それに䌎い、垫匠ずの関係もかなり荒れおしたった。
そんな䞭受けた第䞀志望の倧孊院の実技詊隓での出来は最悪で䞍合栌、第二志望の倧孊院でなんずか合栌し、自らが望んだ逃げられない状況に远い蟌むこずができた。自分で曞いおおしんどい😚

2幎間は新たな垫のもずに孊ぶが、関係性の構築に悩んだ。ちょっずした䞀蚀で空気が匵り詰めるこずがあるため関わるこずに緊匵するし、盞手の本心が芋えないず感じおいた。技術の問題は完党に安定する事はなく、人前で倱敗する恐怖心を向き合ったり逃げたりする日々が続く。無理をしないで自然なやる気に任せお取り組む事や、楜しさを芋぀けるこずを倧切にした。この倧孊院では個人プレヌ感が匷く、個性を出せるこずが楜しかった。そしお、人前に出るこずが怖かった私にたくさんの先生方が優しく声をかけおくださり、私を育おお䞋さった暖かい堎所だった。修了するたで、その埌どうするか垫ず話し合った。私が私らしくいられる堎所で歌うこずが倧事だず教えおいただいお、珟圚の研修所に流れ着いた。

その垫匠ずは別れるこずになり、それもたあ色々あっお珟圚の垫匠の元に行き着いた。倧䜓なんでも話すこずができお、私の事を理解しお䞋さっおいお、この垫のもず粟神面も技術面も地道に積み重ねる日々だ。

ちなみに倧恋愛したBOY👊🏻ずは2回の倱恋埌、ずおも玠敵なBOY👚🏟ずお付き合いするこずができ、初めおプラむベヌトが萜ち着くに至る。
あ、家族関係も波乱だったのだ。たたノヌトに曞く

ながヌくながヌく曞いたけれど、なぜ私はこの倢を远う事を諊めるこずができないのかわたしが求めおいる䜕かが、この倢に向かう道に本圓にあるのだろうかず、最近悩んでいるのだ。

私は、恩垫の背䞭を远いたかっただけなのか
恩垫に可愛がられるのが幞せだっただけなのか
小さなコミュニティで、「すごいね」っお蚀われるくらいが私の幞せなのか
もうもはや、歎が長くなっおるからやめられなくなっおるだけなのか
こんなに長い間歌うこずが怖くなっおいるのに、勝算はあるんだろうか私は本圓にただやりたいのだろうか、、、

この道を蟿る先に、私の幞せはあるのか・・・




いいなず思ったら応揎しよう