AIを使った曲づくりは「ズル」なのか?
先に断っておきますが、本日の note 記事はほぼオイラの記憶のみに基づいて書いていますので、記憶違いや誤った記述があるかもしれませんが、ご容赦のほどよろしくお願いします。
さて、本日のタイトルのとおり、AIを使った曲づくりが物凄い勢いでユーチューブ界隈に広がっていると実感します。
オイラは、昭和歌謡をR&Bやファンクチューンに改編した作品を好んで聴いておりますが、いやはや、そのクオリティたるや本当に外人のミュージシャンが演奏しているのではないか? と思わせるほどの出来でありまして、とても「こんなのくだらない!」と切って捨てることなどできません。
特にドラムとベースのグルーヴ感は秀逸で、とてもドラムマシンやMIDIシーケンサーの打ち込みでは再現できない、まさに人工知能が人間の演奏を学習して演奏していると表現するのが最適であると感じる次第です。
となると、当然、アコギ弾き語り系ミュージシャンが、AI使って自分のオリジナル曲をプロの演奏クオリティで曲づくりしてもらおう、といった流れになるのは当然だと思います。
従来の価値観で言えば、曲づくり、本記事では「編曲」と同義語として使用させていただきますが、とは、音楽理論に精通し、各楽器の演奏特性を把握し、演奏者にどように指示をすればどのような結果が導き出せる、といった展望を描くことができる、高度なスキルを持った者でなければ、その役割を果たすことはできませんでした。
しかし、AIを遣えば、コード進行や、参考とする元ネタ楽曲、基本リズム、音楽ジャンル等をざっくりと指定するだけで、ものの数秒でカラオケを作ってくれるそうな。
果たしてこれは、本当の意味でオリジナル曲と言えるのか?
本来、学習すべきステップを放棄した「ズルい行為」、「ドーピング」、「形を変えた佐村河内守事件」ではないのか?
・・・と思ってしまうのは仕方ないところ。
もし、オイラの音楽仲間がこのような手法で制作したオリジナル曲を聴かせてくれたとしたら、恐らくオイラは99%の確率で、「これはAIを使ってるね?」、「まあ、いいんじゃない」と受け答えすると思います。
別にAIを使った曲づくりがすべて「ズル」とは思いません。
音楽(特に軽音楽)の歴史を振り返ってみれば、MTRが発明されたとき、当時はミュージシャンが一堂に会して「せーの」で演奏したテイクを録音することが一般的だったため、演奏ミスを後から修正可能な「多重録音」という技術に対して「ズルい」という評価が噴出したと聞きます。
同じように、MIDIシーケンサーが浸透してきた70年代後期では、「人間がメトロノーム(クリック)に合わせて演奏するとは主客転倒も甚だしい!」という意見が巻き起こったとか。
サンプリング手法が浸透してきたときも、「人のフンドシで相撲を取りやがって」と激怒した方は少なくないとのこと。
とまあ、そんな具合に、新しい技術革新が起こるたびに「それ以前の人たち」から苦情や批判が起こることは昔から繰り返されてきたので、AIを使った曲づくりもそういった一連の流れ(繰り返し)のひとつだと思います。
あと数年もすれば、AIを使った曲づくりの方が一般的になっている可能性だってあります。
ただ、利用者がAIを「使いこなして」曲づくりしているのか、あるいはAIに言われるがままに「使われて」曲づくりしているのか、といった差異は出てくるような気がします。
たとえば、アマチュアがギター弾き語りでオリジナル曲を作曲し、AIを使って「録音作品」を制作したとしても、その演奏を実際の演奏者が再現できなければライブは成立しませんし、AIカラオケをバックにギター弾き語りをしようと思っても、果たして演奏者はそのオケに馴染むギター演奏を確実に行うことができるのか、オイラ的には甚だ疑問です。
AIはチョー便利な音楽制作ギアですが、使いこなしのハードルは過去の技術革新と比べて限りなく「高い」ような気がします。
なんてな。
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▼参考リンク
BLUES和也のSoundCloud
GarageMihoのYouTubeチャンネル
旧ブログ「だからPA屋なんですってば」のアーカイヴ
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