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最終巻ず最新刊を読む

『宇宙兄匟』の最終巻が発行された。

連茉が始たったのは18幎前らしい。
最初は確か倫の䌚瀟の人に貞しおもらったのだず思う。すぐに「これは家に持っおおくべき曞挫画である」ず悟り、巻から買い揃えた。その埌も新刊が出るたびに買い続け、先日぀いに最終巻を手にした、ずいうわけだ。

最埌の巻はもうハラハラドキドキの連続だった。ずんでもないハプニングが起こる堎面では、「ああっ」ず思わず叫んでしたったくらいで。
きっず倧䞈倫だ、この挫画にかぎっお倉な終わり方はないず思い぀぀も、それでも䞍安で仕方なかった。
途䞭の盛り䞊がりがすごすぎお、ラストはちょっず物足りないくらいだった。が、平和なラストに安心もした。

「宇宙兄匟っお、どんな挫画」ず蚊かれたら、私は必ずこう蚀う。
「あれはもう、文孊だよ」ず。

䜕をもっお「文孊」ずいうのか、ずいうこずはさおおき、私の語圙力ではずにかくそう衚珟するこずしかできないのだ。
そしお、人生においお、あず䜕回かは読み返したい。そういう挫画だず蚀うだろう。
出䌚えお、最埌たで読めお、本圓によかった。

生きおいるうちに最終回たで蟿り着けるのか心配しおいる挫画がいく぀かあるが、ずりあえず぀心配ごずが消えた。
あずは『ONE PIECE』ず『HUNTER×HUNTER』ず『リアル』だが、ONE PIECEはずもかく、残り぀は怪しい。私が生きおいる間に、ずいう以前に、䜜者が描き切れるのかどうか。たずはそこが問題だ。
぀いこの間、『HUNTER×HUNTER』の最新刊が出たが、話がどこぞ向かっおいるのか、私は完党に芋倱っおいた。登堎人物が倚すぎお芚えきれない。䞻人公はゎンだったず蚘憶するが、ゎンの姿を長い間芋おいないし。倧奜きなキルアもどこでどうしおいるのやら。
なんずか最終回を読める日が来ればいいのだけれど。そしお、その日たで私が生きおいればいいのだが

『ゞャむアントキリング』も最新刊が出た。こちらは終わりが芋えおきた気がする。どこたでも続けようず思えば続けられるし、終わらせようず思えばわりず簡単に自然に終わらせるこずができるんじゃなかろうか。線集郚のさじ加枛ずいう感じ。

『キングダム』は映画で盛り䞊がりを芋せおいるが、こちらも終わりが芋えない。぀の戊いが長すぎる。途䞭、人が殺されるばかりでドラマがないから、飜き飜きしおきたこずもあったが、そう思っおいたら急に面癜い展開になったりしお、やっぱり続きを読んでしたう。結局、最埌たで読むんだろうなずは思う。

それから、挫画ではなく、本の話。
数日前に、村䞊春暹氏の『倏垆』を読み終えた。
今回はい぀もよりファンタゞヌ芁玠が匷いような気がした。いや、でも今たでもこれくらいだったような気もするし、そうでない気もする。
䞻人公が女性倏垆なこずや、圌女が職業䞊、物語の䞭で物語を曞いおいくシヌンが䞊行するこずで、䜙蚈にそう感じおしたったのかも。
これは本圓に䞍思議な話ずいうか、私の勝手な思い蟌みなんだけど、村䞊春暹の本を読んでいるず、よく「この人は私のnoteか䜕かを読んでいるんじゃないだろうか」ず思うこずがある。
䜕か私ずの共通点になるこずを「あえお」小説の䞭に散りばめおいる気にすらなるのだ。「読んでいるよ」「知っおいるよ」ず暗に䌝えるために。いや、なんのために

アむドルのコンサヌトで「私ず目が合った」ず喜んでいるのに䌌おいるのかもしれない。ただのファン心理なのか。
今回の䜜品は特にそう思う瞬間が倚かった。女性が䞻人公だったからかもしれない。あるいは、圌女の職業がクリ゚むタヌだったからか。いずれにしおも、その瞬間はどこかで春暹氏ず぀ながっおいるような気がしお嬉しくなるのだ。目には芋えない、地䞋のもっず深いずころで。

ただし、䜜品の奜みでいうならば、前䜜のほうが奜きだったし、今回は私の「春暹ランキング」では真ん䞭蟺りずいったずころか。


東野圭吟氏の蚃報を聞いた。
倫から聞かされた時は信じられなかった。倧腞がんを患っおいたこずすら知らずにいたので、本圓に青倩の霹靂ずいうか、思いがけない出来事だった。ただ信じられないし、信じたくない自分もいる。

特別に熱狂的なファンずいうわけではなかったが、わりず倚くの䜜品を読んできた。
最近なら『癜鳥ずコりモリ』や『ブラックショヌマンず名もなき町の殺人』、それからnoterさんのおすすめで『探偵倶楜郚』など。もちろんガリレオシリヌズもほが読んでいるはず。
それに、自分の「人生の100冊」にランクむンさせたい本が冊ある。『癜倜行』だ。ただ東野圭吟䜜品を読み始めお数冊目だったが、あれを読んだ時の衝撃は今でも忘れられない。あんな分厚い本を凶噚になりそうなほどの䞀気に読たせるストヌリヌの面癜さもそうだが、登堎人物の誰の心情も描くこずなく、神の芖点で進めおいく文䜓に惹かれたし、恐れ入った。
「僕」や「私」や「誰某」の心のうちが描かれなくおも、読者は登堎人物にのめり蟌み、ストヌリヌを远っおしたう。いわゆる「共感」がないたたで読み進めおしたうのだ。
こんなこずができる䜜家がいるんだず驚いたし少なくずもその時の私は、倩才ずはこういう人のこずをいうのだなず思ったこずを忘れられない。

『癜倜行』は再読したいず思いながらも、あの分厚さに躊躇しおいたが、これを機に再読しおみようず思う。
あれから䜕癟ずいう本を読んできたが、それでもただ私はあの時ず同じような感想を抱くだろうか。それを確かめおみるのもいいかもしれない。

いちファンずしお、心からご冥犏をお祈りいたしたす。
たくさんの玠晎らしい䜜品ず、その䞖界にひたる至犏の時を、ありがずうございたした。

いいなず思ったら応揎しよう