父の遺品整理 一年ぶりの日本
現在、日本に一時帰国しています。羽田からの最終便で地元の空港に到着し、タクシーで帰り着いた実家に、父の姿はもちろんありませんでした。代わりに置かれた小さな仏壇が、実家の新たな日常の風景となっていました。
昨年亡くなった父の遺品を、母と整理しています。一つひとつの品から温かな思い出が溢れることもあれば、親族との間にあった苦い記憶がふと顔を出すこともあり、母の複雑な心境が伝わってきます。もちろん、それは私にも起こることで、セーター一枚、置物一つからも、懐かしさだけでなく苦い記憶が呼び起こされます。父が、なんとも趣味の悪い木製の壺をどこからか持って帰ってリビングルームに飾り、部屋の雰囲気を壊した日のことも思い出しました。
もともと物が少なく、一見すると整理の行き届いた実家ですが、改めて見直すと、忘れていた品々が次々と顔を出します。物とは、その人が生きてきた証なのだとつくづく感じます。
10年ほど前、父の姉である伯母が亡くなりました。家を継いでいた伯母の家には膨大な遺品が残されていました。専門業者に依頼してそのほとんどを処分しましたが、父はいくつかの品を自宅に持ち帰ってきました。木をくり抜いて竹林に見立てた大きな置物や、いくつかの大きな壺、観音様や大黒様、そして仏像の数々。
父にとっては、自分の両親、つまり私にとっての祖父母の大事な形見。しかし、父が亡くなった今、残された母にとっては、思い入れのない物がほとんどで、どう手放してよいのか分からない、扱いに困る品々となっています。しかし、私にとっては実の祖父母の形見なので、中には多少の思い入れがあるものも混在しています。
まだまだ処分方法は模索中で、片付けの終わりは見えませんが、私が日本に滞在している間、できる限り母の気持ちに寄り添い、これからの母の暮らしがより良いものになるよう、手伝いたいと考えています。
それでは、今から片付けに戻ります。
今回は、「三毛猫モカ@SFファンタジー作家」さまの画像を使わせていただきました。ありがとうございました。
