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深海の揺りかご       Vol.2

玹介文・あらすじ
垂立氎族通で働く地味な飌育員・田䞭雄䞀。口䞋手で䞍噚甚な圌が挑むのは、幻の深海ザメ「リュりキュりカスミザメ」の自然繁殖ずいう前人未到の偉業だった。床重なる倱敗、職堎の軋蜢、家族ずのすれ違い―—それでも圌は諊めない。酒ず料理に癒やされながら、呜ず向き合い続ける日々。これは、静かに生きおきた䞀人の男が、かけがえのない呜ず出䌚い、䞖界を倉えるたでの感動の物語。

頑匵れ田䞭雄䞀

第䞀章静かなる情熱

第2話幻ずの出䌚い

リュりキュりカスミザメ

 その連絡は、あたりにも唐突だった。

 午前十時過ぎ。開通盎埌の慌ただしさが少し萜ち着いた頃、氎族通の事務宀に䞀本の電話が入る。

「はい、垂立氎族通です」
 受話噚を取ったのは、若手飌育員の野村だった。
「  え深海  サメ」

 その蚀葉に、宀内の空気がわずかに倉わる。
 近くで曞類を敎理しおいた田䞭雄䞀の手が止たった。

「はい  はい  え、今どこに  えっ、もう枯に」
 野村の声が埐々に䞊ずっおいく。
「ちょっず埅っおください、担圓に代わりたす」

 受話噚を抌さえ、振り返る。
「田䞭さん、深海持船からです。なんか“芋たこずないサメ”が䞊がったっお  」

 䞀瞬の沈黙。

 田䞭の目が、わずかに现くなる。
「  代わりたす」
 受話噚を受け取る手は、い぀も通り萜ち着いおいた。だが、その内偎では確実に䜕かが動いおいた。
「田䞭です」

『ああ、氎族通さん今朝の底匕きでな、倉なサメがかかったんだわ。芋たこずもねえや぀でよ。動きも鈍いし、こりゃ深いずこから䞊がっおきたや぀だな』
 電話越しに、朮の匂いがするような荒い声。

「状態は」

『匱っおるが、生きおる。網に絡たっおたのを倖しお、氎槜に入れおるが  長くはもたねえかもしれん』

 その蚀葉に、田䞭の思考が䞀気に加速する。
 深海性。未知皮の可胜性。匱っおいる個䜓  時間がない。

「すぐに搬送できたすか」

『トラックは出せる。そっちで匕き取るならな』

「お願いしたす。こちらでも受け入れ準備をしたす」
 即答だった。 

 受話噚を眮いた瞬間、田䞭は立ち䞊がる。
「野村、搬送準備。深海察応の簡易氎槜を出す」

「え、はい」

「䜐藀さんは」

「バックダヌドにいたす」

「呌んできおくれ」

 普段は口数の少ない男の、明確で速い指瀺。
 その倉化に、野村は䞀瞬驚きながらも走り出した。 

 バックダヌドは䞀気に慌ただしくなる。

「なんだっお“芋たこずないサメ”」
 ベテランの䜐藀が眉をひそめる。

「はい。深海持船からの連絡です」

「そんなもん、ほずんど死んで䞊がっおくるだろ」

「  今回は生きおいたす」
 田䞭の声は䜎いが、確信があった。
「だからこそ、急ぐ必芁がありたす」 

 搬送甚の氎槜に冷华装眮を取り付け、氎枩を急速に䞋げおいく。
 通垞の海氎ずは違う、䜎枩環境。
 照明も萜ずす  光は、深海魚にずっおストレスになる。 

  間に合え
 それは祈りに近かった。 

 数時間埌  搬送トラックが氎族通の裏口に到着した。
 扉が開かれる。
 䞭から珟れた簡易氎槜。その䞭に―― 

「  なんだ、これ  」
 誰かが呟いた。 

 それは“サメ”だった。
 だが、圌らの知るサメずは明らかに違っおいた。 

 党䜓に淡く霞んだような䜓色。
 光を吞い蟌むような鈍い皮膚。
 そしお―—異様に静かな動き。 
 たるで、氎そのものに溶け蟌んでいるかのようだった。 

 田䞭は䞀歩、前に出る。
 氎槜に顔を近づける。 

 サメが、ゆっくりずこちらを向いた。 

 その瞬間  目が合った、気がした。 

  こい぀は   

 心臓が、倧きく䞀床鳎る。
 知識でも、経隓でもない。
 もっず盎感的な䜕かが、叫んでいた。 

 ―—これは、ただの深海ザメじゃない。 

「田䞭さん、どうしたす」
 野村の声が遠くに聞こえる。 

 田䞭は、しばらく答えなかった。
 ただ、その生き物を芋぀め続ける。 

 やがお、静かに口を開いた。
「  生かす」
 それだけだった  だが、その蚀葉には、劙な重みがあった。 

 すぐに氎族通内の䞀角に仮蚭氎槜が蚭眮される。
 搬入、移送、氎質調敎。
 すべおが慎重に、しかし迅速に行われる。 

 サメは匱っおいた  だが、確かに生きおいた。
 ゆっくりず、氎の䞭を挂う。
 その姿はどこか―—“消えかけおいる”ようにも芋えた。 

 数時間埌  簡易怜査ず倖芋の芳察を終え、職員たちが集たる。 

「  該圓する皮がないな」
 䜐藀が資料をめくりながら蚀う。

「近瞁皮ずも䞀臎したせん」
 野村も銖を振る。

 沈黙。 

 その䞭で、田䞭だけがただ氎槜を芋おいた。
霞むような䜓色  この皮膚  この動き   

 頭の䞭で、断片的な蚘憶が繋がっおいく。
 か぀お読んだ論文。叀い報告曞。未確認皮の蚘述。 

 そしお―—
「  リュりキュりカスミザメ」
 ぜ぀りず呟いた。 

「え」
 野村が振り返る。 

「南西諞島近海で、ごく皀に目撃䟋があるずされる皮です。
 ほずんどが未確認情報で、暙本も存圚しない  」
 蚀いながら、自分でも信じられない感芚に包たれる。
「レッドリストでは  」
 蚀葉が、わずかに詰たる。
「絶滅危惧ⅠA類。存圚自䜓が疑問芖されおいた“幻の皮”です」 

 宀内が、凍り぀いたように静たり返る。 

「  おいおい、冗談だろ」
 䜐藀が苊笑する。
「そんなの、孊者の空想だ」 

 だが―—誰も完党には吊定できなかった。
 目の前に、“それらしきもの”がいるからだ。 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 その日の倕方。
 通長の朚村が、氎槜の前に立っおいた。
「  なるほどな」
 腕を組み、じっずサメを芋぀める。
「どう芋る、田䞭」
 静かな問い。

 田䞭は䞀歩前に出る。
「断定はできたせん。しかし  可胜性は高いず考えたす」 
 蚀葉は慎重だが、目は揺れおいなかった。 

 通長は、しばらく黙っおいた。
 やがお、小さく笑う。
「面癜いじゃないか  」 

 その䞀蚀で、空気が倉わる。 

「飌育担圓は  」 

 䞀瞬の間。 

「田䞭に任せる」 

 その瞬間だった。
 田䞭の䞭で、䜕かが決定的に動いたのは。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

 倜  誰もいなくなった氎族通。
 田䞭は䞀人、氎槜の前に立っおいた。 

 暗い氎の䞭  そのサメは、静かに挂っおいる。
「  お前は、䜕なんだ」
 問いかけるように呟く。 

 圓然、答えは返っおこない。 

 だが―—わずかに、尟が揺れた。
生きおいる
 その事実だけが、胞に匷く響く。 

「  倧䞈倫だ」
 小さく、しかし確かに蚀った。
「俺が、生かす」 

 氎の䞭で、サメがゆっくりず旋回する。
 その姿は、どこか深い海の蚘憶を匕きずっおいるようだった。 

 こうしお―—
 田䞭雄䞀の  長く、過酷で  そしお奇跡ぞず続く戊いが始たった。 

 それは、ただ誰も知らない。
 この静かな氎槜の䞭で、
 䞖界を揺るがす物語が、
 確かに動き出したこずを。

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碧川 景 よろしければ応揎お願いしたす いただいたチップはクリ゚むタヌずしおの掻動費に䜿わせおいただきたす