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第2話 オンライン

 蓮は短く息を漏らし、その場に尻もちをついた。

 ドアスコープの向こう。

 あの目。


 近すぎた。

 白目。
 黒い瞳。
 瞬きしない女の目。

 しかも。

 “向こうから覗いていた”。

 蓮は喉の奥が詰まるのを感じながら、後ずさった。

 スマホが震える。

『 やっと目、合ったね 』

 蓮は反射的にスマホを投げた。

 床へ落ちる。

 乾いた音。

 だが通知は止まらない。

 震える。

 震える。

 震える。

 まるで呼吸みたいに。

 蓮は耳を塞いだ。

 数秒後。

 廊下を歩く音がした。

 ペタ、ペタ、と裸足みたいな足音。

 ゆっくり遠ざかっていく。

 エレベーターの到着音。

 そして静寂。

 蓮はしばらく動けなかった。

 玄関から目を離せない。

 また覗いたら、まだいるんじゃないか。

 そんな気がした。


 翌朝。

 いや、昼過ぎだった。

 蓮はほとんど眠れないまま、ベッドから起き上がった。

 最初に確認したのは玄関だった。

 ドアスコープ。

 誰もいない。

 だが、昨夜の目を思い出し、すぐに顔を離した。

「……気のせいだろ」

 自分に言い聞かせる。

 疲れていた。

 徹夜続き。

 SNSの通知。

 深夜のテンション。

 全部が重なって、おかしくなっていただけ。

 そう思わなければ、やっていられなかった。

 洗面所で顔を洗う。

 鏡の中の自分は、思った以上に顔色が悪かった。

 スマホを見る。

 通知は来ていない。

 DMもない。

 静かだった。

 だが逆に、それが不気味だった。

 まるで。

 “見ているだけ”みたいだった。

 蓮はSNSアプリを開いた。

 フォロー申請。

 四件。

 

全部、mii系アカウントだった。

 @mii404_sub
 @mii404_live
 @mii_404
 @miimii404

「……うわ」

 蓮は顔をしかめた。

 全部初期アイコン。
 投稿ゼロ。

 気味が悪い。

 蓮はまとめて拒否した。

 その瞬間。

 また申請通知。

 新しいアカウント。

 蓮はアプリを閉じた。

 見たくなかった。

 だが、視界の端でスマホ画面が光るたび、心臓が跳ねる。

 まるで部屋のどこかに虫がいるみたいだった。

 見失っただけで、絶対まだいる感じ。

 夕方。

 蓮は意を決して外へ出た。

 食料がなかった。

 何より、このまま部屋にいる方が頭がおかしくなりそうだった。

 エレベーター前。

 誰もいない。

 蓮は少し安心した。

 だが。

 一階へ降りた瞬間。

 エントランスの自販機前に、あの女が立っていた。

 黒いパーカー。

 長い髪。

 スマホを見ている。

 蓮の足が止まる。

 女は顔を上げない。

 まるで、蓮に気づいていないみたいだった。

 だが逆に。

 “気づいているからこそ見ない”。

 そんな感じがした。

 蓮は早足でマンションを出た。

 背中がざわつく。

 見られている。

 そう思った。

 コンビニへ向かう途中。

 交差点の向こうに、制服姿の少年が立っていた。

 昨夜のコンビニ店員。

 こちらを見ている。

 いや。

 スマホを見ている。

 蓮は立ち止まった。

 すると少年は、すっとスマホをポケットへしまい、そのまま路地へ消えた。

「なんなんだよ……」

 独り言が漏れる。

 コンビニへ入る。

 今日は別の店員だった。

 少し安心する。

 蓮はカップ麺と缶コーヒーを持ってレジへ向かった。

「温めますかー?」

「あ、はい」

 会計中。

 スマホが震えた。

 蓮は見ないようにした。

 だが、また震える。

 さらに。

 もう一度。

 店員が怪訝そうにこちらを見る。

 蓮は仕方なく画面を開いた。

 DM。

今日は男の子いるね

 蓮の呼吸が止まる。

 ゆっくり振り返る。

 コンビニのガラス越し。

 外の歩道。

 そこに、あの少年が立っていた。

 無表情で。

 こちらを見ている。

 蓮はレジ袋を掴み、そのまま店を飛び出した。

「ちょ、客さん!」

 店員の声が背後で聞こえた。

 だが止まれなかった。

 走る。

 夜道。

 何度も後ろを振り返る。

 少年はいない。

 だが。

 スマホがまた震える。

わたし、ファンだったのに

 蓮は立ち止まった。

 息が苦しい。

 肺が痛い。

 その文章には、怒りより先に、“傷ついた感じ”があった。

 通りの向こうに、一台の原付が止まっていることに気づく。

 Vber配達員。

 黒いバッグ。

 フルフェイスヘルメット。

 顔は見えない。

 だが。

 スマホホルダーに固定された端末が、こちらを向いていた。

 画面が光っている。

 嫌な予感がして、蓮は少し近づいた。

 その瞬間。

 配達員がゆっくり顔を上げた。

 黒いシールド。

 顔は見えない。

 だが。

 “こちらを見ている感じ”だけがあった。

 ピコン。

 通知音。

 蓮のスマホと、全く同じ音だった。

 全身が冷たくなる。

 配達員は動かない。

 ただ、こちらを見ている。

 数秒後。

 後ろからクラクションが鳴った。

 タクシーだった。

 蓮が反射的に振り返る。

 再び前を向く。

 原付は消えていた。

 誰もいない。

 蓮は逃げるようにマンションへ戻った。

 エレベーター。

 三階。

 誰とも会わない。

 なのに視線だけがある。

 玄関へ入る。

 鍵。

 チェーン。

 確認。

 ようやく少し呼吸ができた。

 だが。

 部屋の電気をつけた瞬間。

 蓮は固まった。

 机の上。

 そこに、見覚えのないスマホが置かれていた。

 白い端末。

 画面が点灯している。

 蓮はゆっくり近づいた。

 ロック画面。

 そこに映っていたのは。

 眠っている、自分だった。

 この部屋。

 このベッド。

 自分は、横向きで眠っている。

 しかも。

 写真の端。

 画面右下に、“黒い髪”が少しだけ映り込んでいた。


3話へ続く

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