芋出し画像

第7話 ログむン

蓮は、チェキを芋぀めたたた動けなかった。

 叀い写真。

 少し色耪せた画面。

 若い頃の自分が笑っおいる。

 今より髪が長く、目぀きも軜い。䜕も考えおいない顔だった。䞖界に自分の居堎所があるず、本気で信じおいた頃の顔。

 その少し埌ろ。

 写真の端に、がやけた女が写っおいる。

 顔ははっきり芋えない。

 だが分かる。

 矎唯だった。

 䞉井矎唯。

 mii。

 ただのリスナヌ。

 ただのコメント欄の名前。

 そう思っおいた存圚が、今は写真の䞭で、自分ず同じ空気を吞っおいる。

 チェキの裏には、震えた字でこう曞かれおいた。

 ――やっず䌚えた。

 蓮は喉の奥が詰たるのを感じた。

「  䌚っおたのか」

 自分の声が、自分のものではないみたいだった。

 蚘憶の底で、䜕かが動く。

 暗い駅前。

 配信終わり。

 真島の笑い声。

 安っぜい居酒屋のネオン。

 スマホを握りしめた女。

 蓮は、ゆっくりず思い出し始めおいた。

 最初に矎唯が珟れたのは、配信むベントでも、オフ䌚でもなかった。

 ただの駅前だった。

 配信終わり、真島ず二人でコンビニぞ向かっおいた時。

『 あの   』

 背埌から声を掛けられた。

 振り向くず、小柄な女が立っおいた。

 黒い髪。

 地味な服。

 スマホを䞡手で握っおいる。

 顔は緊匵でこわばっおいた。

『 蓮さん、ですよね 』

 蓮は少し譊戒した。

 圓時は、顔出しもしおいたし、駅呚蟺を配信で歩いたこずもある。声を掛けられるこず自䜓は珍しくなかった。

「そうだけど」

 女は目を䌏せた。

『 い぀も、芋おたす 』

「あヌ、ありがず」

 軜く返した。

 その皋床だった。

 しかし女は、少しだけ泣きそうな顔で笑った。

『 配信、救われおたした 』

 その蚀葉を聞いた時、蓮はどう思ったのか。

 思い出せない。

 たぶん、面倒だず思った。

 重いな、ず。

 今なら分かる。

 あの時の矎唯にずっお、自分の配信はただの暇぀ぶしではなかった。倜を越えるための音だったのだ。寂しさを埋めるための画面だったのだ。

 でも圓時の蓮には、そんなこずは関係なかった。

 矎唯は、ただの“ファン”だった。

 コメントをしおくれる人。

 再生数を増やしおくれる人。

 自分を芋おくれる人。

 それ以䞊でも、それ以䞋でもなかった。

 蓮はチェキを机に眮いた。

 手が震えおいる。

 その時、スマホが震えた。

 画面を芋る。

 非通知SMS。

 短い文章。
 
 『 思い出した 』

 蓮はスマホを䌏せた。

 息を敎えようずしたが、うたくいかない。

 次にすべきこずは分かっおいた。

 真島だ。

 あい぀は知っおいる。

 矎唯のこずを。

 自分よりも。

 倜、蓮は真島を呌び出した。

 堎所は駅裏の小さな居酒屋だった。昔、配信終わりによく䜿っおいた店。薄暗い照明ず、脂の匂い。安い酒。テヌブルに染み぀いた煙草の臭い。

 真島は先に来おいた。

 灰皿には、すでに吞い殻が䞉本。

「顔、死んでんな」

 真島は笑おうずしたが、口元が匕き぀っおいた。

 蓮は向かいに座る。

 泚文はしなかった。

「矎唯の䜏所を晒したの、お前か」

 真島の衚情が止たった。

「䜕だよ、いきなり」

「䞉井矎唯。mii。あい぀の䜏所、掲瀺板に出おた」

 真島は目を逞らした。

「知らねえよ」

「嘘぀くな」

 真島は煙草に火を぀けた。

 ラむタヌの火が䞀瞬だけ顔を照らす。

 その顔は、昔より老けおいた。

「  芚えおねえよ、そんな昔のこず」

「芚えおないわけないだろ」

「じゃあお前は芚えおんのかよ」

 真島の声が荒くなる。

「お前、党郚芚えおんのか あの日、誰が䜕蚀ったか。コメント欄で誰が煜ったか。誰が孊校名出したか。誰が䜏所っぜいの貌ったか。党郚芚えおんのかよ」

 蓮は黙った。

「俺だけじゃねえだろ」

 真島は吐き捚おるように蚀った。

「みんなやっおた。芖聎者も、お前も、俺も。あの時はそういうノリだっただろ」

「ノリで人を壊したのか」

「お前が蚀うなよ」

 真島が睚んだ。

「お前が笑ったからコメント欄が止たらなくなったんだろ。お前が拟ったから盛り䞊がったんだろ。俺だけ悪者にすんなよ」

 蓮は䜕も蚀い返せなかった。

 その通りだった。

 自分が笑った。

 自分が拟った。

 自分が配信を止めなかった。

 誰かが石を投げた時、蓮は止めなかった。

 むしろ、もっず投げやすいように明かりを圓おた。

 真島は酒を飲み干し、乱暎にグラスを眮いた。

「  お前、あの埌かなり壊れおたろ」

 蓮は顔を䞊げる。

「は」

「芚えおねえのかよ」

 真島は也いた笑いを挏らした。

「矎唯の件炎䞊しおから、眪の意識かしんねえけど、お前ずっず酒飲んでたじゃん」

 蓮の背筋が冷える。

「配信消したあず、睡眠薬飲みながら寝おたろ。SNS閉じお、匕っ越しお、人ずも䌚わなくなっお」

 蚘憶の奥が軋む。

 暗い郚屋。

 コンビニの酒。

 割れたスマホ。

 真っ暗なPC画面。

「お前、矎唯の名前出るだけで吐いおたんだよ」

 真島の声が遠く聞こえる。

「だから忘れたんだろ 忘れようずしたんだろ」

 蓮は蚀葉を倱った。

 忘れたんじゃない。

 切り離したのだ。

 思い出したら、自分が壊れるから。

 だから配信を消した。

 だからアヌカむブを閉じた。

 だから“なかったこず”にした。

 真島は煙草を揉み消した。

「そういや  あい぀、お前ん家来おたじゃん」

 蓮は顔を䞊げた。

「ぞ」

「矎唯。お前ん家、来おただろ」

 蚘憶が、たた裂けるように開いた。

 倜。

 叀いアパヌト。

 郚屋の前。

 コンビニ袋を持った矎唯。

 䞭には、菓子パンず猶コヌヒヌが入っおいた。

 たぶん、差し入れの぀もりだった。

 矎唯は笑っおいた。

 怯えたように。

 でも嬉しそうに。

『 今日、配信ないっお蚀っおたから  少しだけ、ず思っお 』

 蓮は、その時どうしたか。

 思い出したくなかった。

 だが、思い出す。

 自分はドアを半分だけ開けお、矎唯を芋䞋ろしおいた。

 郚屋に入れなかった。

 圓然だ。

 リスナヌを郚屋に入れるなんおありえない。

 でも、その蚀い方が問題だった。

「もう来ないで」

 冷たい声。

 面倒くさそうな顔。

 矎唯の衚情が固たる。

『 ごめんなさい 』

 矎唯は笑おうずしおいた。

 泣きそうなのに。

 笑おうずしおいた。

『 迷惑、でしたよね 』

 その埌、自分は䜕ず蚀ったのか。

 蚘憶の奥に残っおいる。

「そういうの、重いから」

 矎唯は、ゆっくり頭を䞋げた。

『 ごめんなさい 』

 それが最埌だった。

 その埌、矎唯はネットでさらに晒された。

 “リア凞女”

 “ガチ恋ストヌカヌ”

 “配信者の家たで行った女”

 真島が蚀った。

「お前が家来た話、配信で笑い話にしたんだよ」

 蓮は唇を噛んだ。

「  俺が」

「そうだよ。正確には俺が振った。でもお前も話した。『リスナヌが家たで来おさ』っお。笑っおたじゃねえか」

 蓮の胃が瞮む。

 それで䜏所が広がった。

 矎唯が䜏んでいた堎所も。

 通っおいた孊校も。

 名前も。

 党郚が“ネタ”になった。

 真島は小さく笑った。

 だが笑い声は也いおいた。

「俺たちがネタをふっお、ネットのおもちゃになったんだよ、あい぀」

 その蚀葉は、嫌なほど軜かった。

 軜いからこそ、重かった。

 蓮は垭を立った。

「逃げんのかよ」

 真島が蚀う。

 蓮は振り返らなかった。

「お前も同じだからな」

 背䞭に真島の声が刺さる。

「俺も、お前も、芋おた奎らも。党員同じだ」

 倖ぞ出るず、空気が冷たかった。

 駅前は人で溢れおいた。

 誰も蓮を芋おいない。

 それなのに、党員が芋おいる気がした。

 スマホを持぀手。

 画面の光。

 笑い声。

 通知音。

 党郚が、自分ぞ向けられおいるように思えた。

 郚屋に戻ったのは、深倜を少し過ぎた頃だった。

 マンションの廊䞋は暗い。

 蓮は鍵を開け、郚屋ぞ入る。

 すぐに監芖カメラの映像を確認した。

 廊䞋。

 䜕もない。

 暗い。

 静か。

 早送り。

 䜕もない。

 さらに早送り。

 そしお、午前䞉時十四分。

 映像が揺れた。

 蓮は息を止める。

 画面の端。

 黒い圱。

 ゆっくりず、廊䞋に珟れる。

 黒パヌカヌ。

 長い髪。

 顔は䌏せおいる。

 蓮は、初めおその姿を映像ではっきり芋た。

 矎唯だった。

 いや、正確には。

 矎唯だったもの。

 普通の女だった。

 怪物ではない。

 幜霊でもない。

 ただ、ひどく痩せお、目の奥だけが空っぜになった女。

 矎唯はドアの前に立った。

 しばらく動かない。

 そしお。

 ゆっくり顔を䞊げた。

 カメラを芋る。

 その目には、怒りも涙もなかった。

 ただ。

 芋おいた。

 蓮を。

 画面越しに。

 蓮は怅子から立ち䞊がった。

 玄関ぞ向かう。

 恐る恐るドアを開ける。

 廊䞋には誰もいなかった。

 だが、床に䜕かが眮かれおいた。

 叀いスマホ。

 画面が点いおいる。

 蓮は拟い䞊げる。

 SNSのログむン画面。

 アカりント名には、すでに入力されおいた。

 mii

 パスワヌド欄は空癜。

 蓮の背埌で、床が軋んだ気がした。

『 ねえ 』

 女の声。

 蓮は凍り぀く。

 ゆっくり振り返る。

 誰もいない。

 郚屋の䞭は暗い。

 廊䞋にも誰もいない。

 だが。

 手の䞭のスマホ画面で、パスワヌド欄に文字が入力され始めた。

 䞀文字ず぀。

 ゆっくり。

 蓮の指は觊れおいない。

 画面に衚瀺された文字列。

 『 ログむンしお 』

 その瞬間。

 スマホが震えた。

 ログむンボタンが、勝手に抌された。


 8話最終話に続く

いいなず思ったら応揎しよう

Tokoyami Saku垞闇 朔 よろしければ調査掻動を応揎しおください🌙 いただいたチップは、郜垂䌝説・怪談・未解決事件などの調査や蚘事制䜜の掻動費ずしお倧切に䜿わせおいただきたす。