共生の前に、秩序は守られているか-ルールを守る人が静かに疲れていく現場で-
おはようございます。秋田を拠点に、介護事業・海外人材の支援に取り組んでいる株式会社あきた創生マネジメントの阿波野です。
現場に立っていると、ときどき言葉にしづらい違和感に出会う。
怒りというほど強くはない。
誰かを責めたいわけでもない。
それでも、見過ごしてしまうと、
あとから必ず効いてくる違和感がある。
ルールを守ってきた人よりも、
ルールを守れず、何度も指導や注意、警告を受けてきた人のほうが、
結果として制度や配慮に守られているように見える場面。
これは個人の問題ではない。
人が冷たくなったからでもない。
共有されてきた規範やルールという「足場」が、
音もなく崩れてきた結果だと思っている。
共生が語られる時代だからこそ、
いま一度立ち止まって考えたい。
誰を守るかではなく、何を守るのか。
現場で起きている静かな変化と、
経営・リーダーに求められている役割について、
自分なりの言葉で整理してみたい。
1. 現場で感じる、言葉にならない違和感
現場に立っていると、
ときどき言葉にしづらい違和感に出会う。
怒りというほど強くはない。
誰かを責めたいわけでもない。
でも、見過ごしてしまうと、あとから必ず効いてくる。
そんな種類の違和感だ。
それは、
ルールを守ってきた人よりも、
ルールを守れず、何度も指導や注意、警告を受けてきた人のほうが、
結果として制度や配慮に守られているように見える場面に立ち会ったときに、
ふと胸に残る感覚だ。
人生に理不尽があることは、もう十分わかっている。
自分が常に正しいとも思っていない。
それでも、現場に立ち続けていると、
はっきりと感じることがある。
このままでは、組織は静かに壊れていく…
2. 「ルールを守る人」が静かに疲れていく構図
この問題の厄介なところは、
誰も大声を上げないことだ。
ルールを守っている人ほど、
文句を言わない。
空気を読む。
我慢する。
「まあ、仕方ないよね」
「自分がやれば済む話だし」
そうやって現場は回り続ける。
でもその裏で、
守っている人ほど、少しずつ心が離れていく。
やがて、期待しなくなる。
改善を諦める。
それでも仕事はこなす。
ただ、以前ほどの熱はない。
これは怠慢でも甘えでもない。
信頼の消耗だ。
3. 問題は人ではなく、「足場」にある
先日、
Alexander Puutioの論考を読んで、
この違和感が腑に落ちた。
社会学者の
ロバート・パットナムは、
人が冷たくなったのではなく、
人と人を結びつけていた制度や規範、
つまり「足場」が静かに崩れてきたことを指摘した。
さらに
エミール・デュルケームは、
共有されたルールや期待が失われた状態を
「アノミー(規範なき状態)」と呼んだ。
この言葉は、
いまの職場の空気に驚くほど重なる。
誰か一人が悪いわけじゃない。
でも、基準が揺らぎ、
ルールの適用が曖昧になり、
例外が積み重なると、
足場は確実に弱くなる。
4. 職場が最後のコミュニティになってしまった理由
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