気図法と八門法から見えてくる道理⑤ 西方の存在とのあるべき在り方
今日は西方を取り上げますが、
西方というのは自分と結びつきの強い人たちで構成されている世界。
西方はプライベートの世界でもあり、他人からは見えにくい世界ですので、
西方の在り方には世間の目をあまり気にしなくてもよいといえ、
「世の中の道理」に寄せた生き方ではなく、自分固有の在り方に寄せた生き方のほうをしっかりと重視すると良いのではないかと考えます。
…が、なんせ西方は自分との結びつきが強い相手なだけに、
相手の固有の星図配置と自分のものとの間に大きなギャップがある場合、
大きな問題が起こりやすい、悩みが深くなりやすい、といったことが生じます。
双方が歩み寄れないほどのギャップがあるのであれば、
お互いが「世の中の道理」を理解し、お互いが「世の中の道理」に寄せる、といった活用もできるのではないかと考えます。
では、西方の部分のみを切り取って考えてみます。
〈気図法〉
金【西方】 ← 土【中央】
配偶者、身内、補佐役 自分
家庭
〈八門法〉
金【西方】 →✕ 木【中央】
配偶者、身内、補佐役 自分
家庭
気図法から「西方の人たちで構成される集団の中において、自分が相手へ向き合う際の当たり前の関係性」を読み取れば、
家庭においては、自分が相手を生じる
=自分のエネルギーが自動的に相手に流れていく
=どんな状況であれ、自分から相手に手を差し伸べる
…といったことが自然であり、
西方とはそういった穏やかで優しさのある世界であるということ。
八門法から「個人の内面において、西方の人たちに対して普通に抱く思い」を読み取れば、
気持ち的には、相手から剋される
=相手から駆り立てられる
=相手のために働く、行動する
…といった心持ちで向かっていくことが自然の在り方ということ。
つまり、
個人としての感覚としては相手を負担に感じることもあるかもしれませんが、それでも献身的であることが「世の中の道理」であるということです。
このように書けば、家庭を持つことは苦しそうだと敬遠されそうですが、
駆り立てられる関係性であるということは、刺激を受ける関係性であるという事でもあり、
その刺激があるからこそ、仕事を頑張るとか、生きることに張りが出てくるとか、向上心が芽生えるとかして、否応なしに自分が成長に向かうわけで、
駆り立てられる関係性がなければ、ただただぼんやりとした生活に終始する、成長に向かわない、極端に作用すれば働くことを放棄しまともな生活が成り立たなくなる、といった可能性も出てきます。
締め切りがあるから頑張れる、
負債があるから頑張れる、
この人のためにと思うからこそ頑張れる、
…それが人間であり、
ある程度の刺激はあった方がよいのだといえます。
そして、自分目線で見れば自分が負担を負っているように見えますが、
配偶者目線で見れば=配偶者を中央に置けば、
自分は西方に位置し、配偶者を刺激して配偶者から手を差し伸べられる、ということになります。
そうやってお互いがお互いを支え合うのが西方の存在である、という事でもあります😊
