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【David Byrne】 東京公挔ラむブレポヌト

 “朮目”が倉わったのは間違いなく2018幎にリリヌスされたアルバム『アメリカン・ナヌトピア』以降だ。デノィッド・バヌン自身にずっお、゜ロおよびトヌキング・ヘッズ時代を含めお初のトップ10入りずなる初登堎3䜍を蚘録したこの䜜品は、珟代瀟䌚の分断や孀独の䞭で、どのように他者ず繋がっおいくのか、そしおどのように理想的なコミュニティナヌトピアを築いおいくのか  をテヌマずする内容だった。尀も、ゲスト・プレむダヌは倚数参加しおいたものの個々のパヌツをネット䞊でやりずりを重ねお完成させたこのスタゞオ䜜品は、もちろん、その埌珟圚に至るたでバヌンのステヌゞ・パフォヌマンスで重芁曲の䞀぀になった「Everybody's Coming to My House」なども含たれおいたが、理想郷を䜜り䞊げるずいう呜題においおはただ“未完成”だったず蚀える。しかし、このあず、バヌンの掲げる“ナヌトピア”は時間をかけお圢成されおいくこずずなった。それはたるで䞀぀の小さな村が町ずなり、郜垂ずなり、囜家ずなっおいく胎動の過皋を芋おいるかのようでもあった。

 呚知のように、『アメリカン・ナヌトピア』は2019幎10月から2020幎2月たでニュヌペヌクのハド゜ン劇堎で、コロナ犍を挟んで2021幎9月から2022幎4月たでブロヌドりェむ最倧の劇堎、セントゞェヌムス劇堎で䞊映された。さらにその間にスパむク・リヌ監督によっお映画化もされ、日本でも2020幎春に公開された。いずれも異䟋のロングランずなり、そこから4Kレストア版『ストップ・メむキング・センス』のリバむバル公開などの“蔵出し”たでもを匕き起こし、さらには『フヌ・むズ・ザ・スカむ』2025幎ずいう新しいアルバムたでが䜜られる流れも生たれ、気が぀いたらバヌンが耕し始めた理想郷ずいう名の土壌はい぀のたにか倧きな瀟䌚ずなった。2009幎以来ずなる今回の来日公挔に詰めかけたオヌディ゚ンスは、圓然私自分も含めお、そうしたナヌトピアを共に䜜る居䜏者なのかもしれない。ず、ほがスタンディング仕様ずなっおいた1階フロアにぎゅうぎゅうになりながら開挔を埅぀人々を芋お頌もしさすら感じるようになっおいた。瀟䌚はここたで育ったず。

 もちろんそれがトヌキング・ヘッズ時代から地続きであるこずは、吊定できない。だが、そうした拡匵が行われたのも『アメリカン・ナヌトピア』䞊挔埌、この56幎の間のこずだ。今回珟圚のパフォヌマンスに甚意された曲たち──この日もオヌプニング曲だった「Heaven」や終盀のクラむマックス盎前に披露した「Air」ずいった初期の曲、「Psycho Killer」「Life During Wartime」ずいった人気曲、比范的ポップな埌期の曲「And She Was」「(Nothing ButFlowers」などトヌキング・ヘッズ時代の曲矀は、映画版『アメリカン・ナヌトピア』ではずり䞊げられおいない。「Like Humans Do」「Independence Day」ずいった、セヌルス面で芳しくなかった時代の、でも明らかに珟圚のバヌンのナヌトピア圢成には欠かせないメッセヌゞを持぀゜ロ曲もツアヌを重ね、パフォヌマンスがこなれおいくに぀れ埐々にセットリストに加わっおいった栌奜だ。それに䌎い、スパむク・リヌの玠晎らしいカメラワヌクも効果的だった映画版では、バヌンもメンバヌも振り付けやステップにただどこか匕き締たった空気をたずっおいたが、バヌン含めお総勢13名による昚日のステヌゞは、排脱で蚈算されたダンスずいうより、反論を恐れずに蚀うなら䜓操  蚀っおみれば気軜な゚クササむズに近い動きのように芋えた。もちろんそれは、緊匵感がないずいうこずではない。バヌンが理想ずするナヌトピアが日垞になったずいうこずを意味しおいるように感じたのである。ダンサヌだけで5人、パヌカッションが4人その䞭にはもちろん、マりロ・レフォスコ、ステファン・サンフアンもずいう身䜓性をより匷調するような線成を継続させおいるこずもたた、フィゞカルな暮らしが垞態化しおいるこずを告げおいるようにも芋えた。

 さお、では、そのナヌトピアずはどういう信条を掲げたものなのか。バヌンは、ずどたるこずのない分断、差別、争いなどの危機的、末期的な瀟䌚問題、環境問題などに察し、スコットランド移民の血筋を持぀ある皮“よそもの”ずしおの目線から、そしお、初老に入った経枈的にも豊かな癜人男性ずいう自虐的な芖点から、改革の譊鐘を鳎らしおきた。ゞャネヌル・モネむのシュプレヒコヌル・゜ング「Hell You Talmbout」をカノァヌしおいたのもその姿勢を明瀺しおいたし、その曲がセットリストから消えた代わりにトヌキング・ヘッズ時代の「Life During Wartime」をハむラむトに披露するようになったのはもちろんバヌンの気骚の珟れだ。昚日のステヌゞでも、郜垂におけるゲリラ戊のような過酷なサバむバルず、その䞭での緊匵感のある日垞を歌ったこの曲を、今もなお“戊時䞋”ずなっおいる珟代瀟䌚ぞの皮肉を蟌めお゚ネルギッシュに衚珟した。怅子垭のオヌディ゚ンスの倚くが立ち䞊がったのも、ICE米囜移民・関皎執行局による匷制捜査やそれに察する抗議掻動・デモの映像を写したこの曲「Life During Wartime」から「Once In A Lifetime」ぞず続いた最終盀だ。

 だが、今のバヌンのナヌトピアの信条は、そのようにひたすら熱く匷くダむレクトに、その䞻匵を掲げるこずからはやや倉化しおいるようにも芋えた。「愛ず思いやりこそが今の時代に抵抗できるこず」。バヌンはステヌゞでそう語った。これは、バヌンず同じスコットランド系の映画監督で『ヘドりィグ・アンド・アングリヌむンチ』などで知られるゞョン・キャメロン・ミッチェルの蚀葉から匕甚したもの。そのゞョン・キャメロン・ミッチェルがプラむノェヌトでゲむであるこずも螏たえおか、昚日もステヌゞのバックのモニタヌに“MAKE AMERICA GAY AGAIN”“NO KINGS”ず映し出しおいたが、それでもいたずらに声を荒げるばかりではなく、盞手の立堎になり、優しさ、心遣い、慈しみで歩み寄っおいくこずが、今の時代に最も必芁ずされおいるのではないか、それが実は䜕よりの抵抗ではないか ずいうこずをバヌンは明確にステヌゞのテヌマにするようになった。どこかチアフルでナヌモラスな衚珟は今もバヌンの根幹にある。栌差瀟䌚をなくすためにできる限りポゞティノな行動を身の回りから探しおいく、ずいうメッセヌゞも倉わらない。だが、愛ず思いやりこそが、今の時代をよくするための歊噚で有り、今や反発の印だ、ずでもいうように思えた。1曲が終わるたびに「アリガトり」ず日本語で叫び、時には通蚳を亀えおMCを日本語で䌝え、さらには现野晎臣のスタゞオを蚪ねた時の様子、東京の町の颚景を撮圱した写真をモニタヌに写したりしたバヌンは、もはや䞖界䞭のフォヌクロア音楜に粟通し、自らもレヌベルやメディアを立ち䞊げお発信しおきたむンテリ・パンクロッカヌではなく、ツヌリストずしお日本にやっおきた䞀人のアメリカ人だった。そこに説埗力がないはずないのだ。

 今幎のフゞロック・フェスティバルの最終日に登堎し、初めおステヌゞ配信に螏み切ったマッシノ・アタックを思い出す瞬間も個人的にはあった。おそらくおおよその信条的にはマッシノ・アタックもデノィッド・バヌンも同じナヌトピアを連想しおいるのだろう。だが、バヌンはもっず普通に日々の暮らしの䞭から、目の前のあなたやあの人たちに愛ず思いやりで接しおいくこずから始めようず蚀う。それはずもすれば道埳的なのかもしれないし、この日のステヌゞでも映像ずしお写されおいた、窓から壮倧な景色が広がる高玚マンションの郚屋などを芋るず、家賃高隰でおいそれず䜏めなくなっおいるニュヌペヌクに悠々自適に暮らす裕犏な今のバヌンに懐疑的な目を向けたくなる人もいるだろう。そもそも、昚日のパフォヌマンスのメンバヌ䞀人䞀人の動きず、挔奏しながらステヌゞを所狭しず動き回る挔出は文句なく玠晎らしかった。照明の现かな効果はもっず申し分なく、どんなに動き回っおもバヌンだけ垞に青いスポットが圓たっおいるように芋えたのも効果的だった。挔奏面に぀いおは、カりントなしで曲が始たっおいたこずから同期を䜿甚しおいたのかどうかが、終挔埌、芳にきおいた䞀郚のミュヌゞシャンたちの間で議論になったそうだが、メンバヌ12人を匕き連れおはるばる日本にやっおきおこれだけの挔奏、初めおのホヌルでここたでの音響衚珟が実珟できたこずは、やはりそこに成功を収めた74歳の財力のほど、経隓のほどを芋おしたう。

 それでも思う。歌唱力に衰えがほがないこずに努力の結晶を䌺うこずができるし、スタゞオ・アルバム『アメリカン・ナヌトピア』に倚様なのメンバヌが集結しおいたのにも関わらず、女性がいなかったこずを玠盎に認めお謝眪をしたり、映画版『アメリカン・ナヌトピア』にはいなかったアゞア系メンバヌも今やバックに加えるようになったパヌカッションのナリ・ダマシタ。バヌンは自身に降りかかる問題や批刀も䞀぀䞀぀向き合っお解決しようずしおいる。思えば、ブラむアン・むヌノずの共䜜アルバムを携えお2009幎1月に開催された「Songs of David Byrne and Brian Eno」ツアヌの日本公挔枋谷AXで芋たが、今回ほどの人気ではなかったも10名を超える倧所垯だったし、楜噚を持たずにステップを螏むバヌン以䞋、党員が癜い衣装に身を包み、装食的なセットもないステヌゞは、確かに今のバヌンのパフォヌマンスの前段階にあたるものだった。けれど、おそらく圌はそこからも孊んでいるのだろう。芞術ずしおのダンス、アヌトずしおの衚珟より、今こそ必芁なものは、䞍栌奜でも優しさず思いやりをもっお“隣人”ず察話するこずだず。70代の初老だから、ずいうのでもないだろうが、ラゞオ䜓操のようなわかりやすいサむド・ステップはその平玠の察話の重芁性をきっず意味しおいる。

 倧雚に芋舞われ、隣の千葉県では倚くの垰宅困難者さえ出た昚倜の東京公挔の垰り、私は䞀぀心を新たにしたこずがある。『音楜のはたらき』ずいうナニヌクで孊究的な本を刊行したこずも手䌝っお、我々日本人のファンの䞀郚は、敬意ず芪しみを蟌めお“バヌン先生”ず呌んでいるし、私も『アメリカン・ナヌトピア』を劇堎で11回も芳お、DVD賌入埌はおりに觊れおモニタヌで流したりしおいるが、超絶なファンであっおも、決しお信者であっおはならない、ずいうこずだ。バヌンが耕しおいるナヌトピアずいう名の“瀟䌚”は確かに玠晎らしい。䞀生぀いおいこうず思えるものだ。だが、どんな瀟䌚にも歪みはあるし、時間が経぀ずヒビずなっお衚出しおくる。そこを冷静に受け止め、個々人が察峙しおいくこずもたた、愛ず思いやりがなければできない、ずいうこずをもしかするずバヌンは教えおくれおいるのかもしれない。

Text by å²¡æ‘ 詩野
Photo by 叀溪 侀道

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