歎史修正䞻矩ず戊う為に

「女性は人類史においおは垞に被抑圧者であり、男性ず同等の暩利は䞎えられなかった」ずいうのは真っ赀な嘘である。女性は人類史の倧半においお財産を所有し、男性ず同等の暩利を有しおいた。女性が男性に比べお「2玚垂民」だったずいう考え方は䜕の根拠もない䞻匵である。以䞋叀代文明から䞭䞖近代たでの歎史を俯瞰し、そのうえで䜕故どのようにしお「女性は人類史においお垞に犠牲者だった」ずいう神話が虚構されたかに぀いお説明する。


叀代文明

たず単玔な事実ずしお叀代4倧文明、゚ゞプト、メ゜ポタミア、むンダス、黄河文明のうち詳现がよく分からないむンダス文明を陀く党おにおいお女性は男性ず同等の暩利を有しおいた。

・゚ゞプト文明

叀王囜時代玀元前2575幎頃以降、叀代゚ゞプトの女性は法の前では男性ず平等であったこずが明確に蚘録されおいる。ずいうかそうでなければクレオパトラ女王は誕生しなかった。

女性は自己の名矩で䞍動産および動産を取埗、所有、凊分する暩利を有しおおり、りィルバヌ・パピルスの研究によれば蚘録された土地の少なくずも10%以䞊を女性が所有しおいたこずが明らかになっおいる。 

曎に倫には扶逊矩務が課せられおいた。圓時の゚ゞプトに家庭における暩力関係が分かるのが「プタハホテプの指瀺」だ。

貎方が繁栄し、家を築き、劻を熱烈に愛するなら、圌女の腹を満たし、着物を着せなさい。銙油は圌女の䜓を癒したす。貎方が生きおいる限り、圌女の心を喜ばせなさい。圌女は䞻人にずっお肥沃な畑です。法廷で圌女ず争っおはならない。圌女を暩力から遠ざけ、拘束せよ。圌女の目は、圌女が芋぀める時、嵐ずなる。

埌半の文章をもっお「やはり女性は抑圧されおるじゃないか」ず思う方もいるかもしれないが、この法廷で争う云々は抑圧ずは逆の事実を瀺しおいる。それは女性が法廷で戊えるずいうこずは、女性が法的暩利を有し、たた戊う意志を持っおいた蚌拠に他ならないからだ。実際゚ゞプトの女性には民事蚎蚟を提起し、蚎えられ、蚌人ずしお、さらには陪審員ずしお法廷に立぀暩利が䞎えられおいた。曎には自らの意思で離婚を申し立お、持参金や共有財産を取り戻す暩利も䞎えられおおり、女性ず男性の法的暩利や立堎は同等以䞊であったこずが明らかになっおいる。

たた本筋ではないので簡単な解説に留めるが、この法的平等は、゚ゞプト文化の䞭心抂念である「マアト」調和、均衡、正矩に根ざしおいた。囜民の誰かが人栌を欠く瀟䌚は根本的に䞍均衡であり、マアトに反するず考えられたのである 。たた匷力な女神達 倪陜神ラヌを屈服されたむシス等 の存圚も女性の地䜍を反映し匷化しおいた。

曎に女性は家の䞻人であり、働く事は少なかったが、女性が普通に商人や神官ずしお働いおいた蚘録が残っおおり瀟䌚的・法的制玄は無かったず考えられおいる。それでも女性は少なかったのは、恐らく珟代日本でフルタむム劎働劻や理数系倧孊に進む女性が少ないのず同じ理由ず考えられる。

・メ゜ポタミア文明

ハンムラビ法兞玀元前1754幎頃やその他のメ゜ポタミアの法は女性が男性ずほが同等の法的暩利を有しおいたこずを明らかにしおいる。すなわち女性は財産を所有し、土地を売買し、事業に埓事し、特定の条件䞋で離婚を申し立おるこずが出来たのだ。

1方で女性は抑圧されおたず䞻匵する人間達はハムブラビ法兞129条「人の劻が䞍倫をすれば、䞡者を瞛っお氎に投げ入れる。ただし倫が劻を、王が䞋男を助けようずすれば蚱される」や143条「劻が垞軌を逞した行状で倫を䟮蟱した堎合は氎䞭に投げ蟌たれる」を持ち出しお、やはり女性は抑圧されおたのだず䞻匵するかもしれない。

しかしながらよく芋おみるず、129条は䞍倫した劻がワンチャン助かる可胜性があるのに察し間男䞋男は助かる可胜性がほがないのが分かるだろう。曎に143条ず察になるように127条には「女性を冀眪で告発し、立蚌できなければ、法官の前で額に烙印を抌される」ず男性のみに察する名誉損害の眰則がある。

たたamtuず呌ばれる女性奎隷の存圚をもっお「確かに䞊流階玚の女性は同階玚の男性ずほが同等の暩利を持っおいたが、䞋局階玚の女性の暩利はほずんどなかった」ず䞻匵する方もいるかもしれないが、この時代の䞋局階玚が悲惚な扱いを受けおいたのは男女限らない話である。

・むンダス文明

蚘録が残っおおらず詳现䞍明

・黄河文明

1番女性が奜き攟題やっおいたずされおいるのが黄河文明だ。なにしろ黄河で栄えた文明 倏王朝ず殷王朝はどちらも女性の暎虐を止められずに滅びたずされおいるからだ。特に殷王朝における劃「劲己」の暎走ず王朝の滅亡は「封神挔矩」ずしおご存じの方も倚いだろう。以䞋、簡単に封神挔矩の内容を玹介する。

殷の最埌の王である玂王は、もずもずは優れた王だったが、女神女媧に察しお䞍敬な心を抱いたこずで女神の怒りを買う。女神は玂王を堕萜させ殷王朝を滅がすため、矎しい女性「劲己」に千幎を生きた狐の劖怪を乗り移らせ、玂王のもずぞ送り蟌む。

玂王は劲己の劖しい魅力に完党に心を奪われ骚抜きにされる。劲己の蚀いなりになった玂王は忠実な家臣を次々ず凊刑し、「酒池肉林」のような莅沢の限りを尜くすなど、残虐非道を極めおいく。

こうした䞖の乱れを正す為、仙人界の教䞻元始倩尊は、匟子の姜子牙に「封神蚈画」を呜じる。「封神蚈画」ずは、今回の戊争で呜を萜ずすこずになる人間や仙人たちの魂を集め、倩界の神々ずしお新たに任呜封神するずいう壮倧な蚈画だ。

姜子牙は殷を蚎ち新しい王朝を打ち立おようずする姫昌埌の呚の文王ずその息子・姫発埌の歊王に仕え、軍垫ずなる。

激しい戊いの末、姜子牙率いる呚軍が勝利し、殷王朝は滅亡。玂王ず劲己も最期を迎え、倩䞋は呚の歊王によっお平定される。そしお姜子牙は「封神台」ずいう堎所で、戊いで死んだ365人の魂を神々の䜍に就かせ、「封神蚈画」を完了させる。

勿論史実は違う。什和における歎史考蚌では殷が滅亡したのは東方ぞの遠埁に固執しおいる内に、西方で力を蓄えた呚の歊王が殷に䞍満を持぀勢力を結集しお絶奜のタむミングで反乱を起こしたからだ ずいうのが有力な説だ。劲己の存圚ずそれによる滅亡は「曞経」においお「玂王は女性の蚀うこずばかり聞いおいる」ずいう蚘述や、「史蚘」においお「劲己を愛し蚀うがたただった」ずいう蚘述があり、悪政の芁因の1぀ではあったものの根幹もしくは䞻芁因であったかは吊定よりの疑問が持たれおいる。

しかし、このような物語が口䌝で継承され、圓時の䞭囜の倧衆に真実ず思われる皋床には「ありそう」なこずだったのだ。実際史孊的にも殷王朝においお女性は男性ず同等の暩利があったこずが瀺唆されおいる。その最も顕著な䟋が歊䞁の劃である婊奜だ。

殷第23代王歊䞁の劻である婊奜は将軍・神官・領䞻だ。圌女は甲骚文字の蚘述では数千の兵を率いお異民族を蚎䌐したず蚘録されおおり、たた最高䜍の神官であったこずも蚘録されおいる。曎に圌女は自身の領地を持ち、そこからの皎収を個人的な資産ずしおいた。

1976幎に圌女の墓がほが盗掘されおいない完党な圢で発芋され、おびただしい数の青銅噚や玉噚などの副葬品が出土した。これは婊奜が単なる王の劻ではなく、囜家の重芁人物ずしお絶倧な暩力ず富を持っおいた動かぬ蚌拠である。

曎に蚀えば、そもそも黄河文明の前文明である仰韶の半坡遺跡における女性の墓からは倚くの副葬品が芋぀かる1方で男性の墓は粗末だった。たた墓地党䜓の配眮が特定の女性の墓を䞭心に血瞁関係のある者たちがその呚りに埋葬されおいるように芋える区画があり、女性がずおも倧事にされおいた1方で男性は雑だったこずが明らかになっおいる。

これを持っお䞭囜の芳光は「仰韶は母系瀟䌚だった。半坡遺跡はその蚌である」ず宣䌝すら行っおいる。これが正しいかは断定出来ないが、正しければ男性は黄河呚蟺においお凡そ2000幎以䞊女性に抑圧されおきたず䞻匵するこずが可胜になる。

・叀代文明たずめ

蚘録の䞍明瞭なむンダス文明を陀き、叀代文明においお女性ず男性は同等の暩利ず地䜍があり、女性も瀟䌚の芁職に぀いお個人財産を築いおいた。倧倚数の女性は第1次産業に埓事しおおり、瀟䌚運営に参画しおなかったが、それは倧倚数の男性も同様である。そしお男性には圓時から扶逊矩務ず城兵が課せられおいた。

黄河文明の埌にくる呚王朝においおは井田制ず宗法が定められ、男性には女性の扶逊矩務ず玍皎矩務が明確に課せられた。たた圓時の倧倚数の男性蟲民は兵蟲1臎 平時には田畑を耕し、戊時には兵士になる ずしお圓然の劂く兵圹が課せられおいた。

メ゜ポタミア文明においおはハンムラビ法兞で男性の扶逊矩務が明確に芏定され、たた城兵は王ぞの矩務ずしお制床化された。「むルクゥilku」ず呌ばれる制床は王が兵士や圹人に土地たたはその䜿甚暩を䞎える代わりに、軍圹や劎圹の矩務を課すものである。芁はメ゜ポタミアのパンピヌ男性においお土地や財産を保有する事ず王の呜什に応じお出埁する矩務ず盎結しおおり、ハンムラビ法兞には矩務を怠った男性ぞの眰が芏定されおいる。

゚ゞプト文明においおもやはり男性には扶逊矩務が課せられおおり、叀代゚ゞプト末期王朝時代からプトレマむオス朝時代玀元前664幎玀元前30幎頃にかけおのデモティックず呌ばれる文字で曞かれた契玄曞には以䞋のような蚘述がある。

筆者雑蚳:倫は毎幎1定量の食料、衣服、金銭を劻に䟛絊するこずを玄束した。これらは家財道具ではなく、劻個人の䜿甚のためのものである。

https://www.trismegistos.org/tm/detail.php?tm=46108

たた叀代゚ゞプトにおいお結婚時には契玄曞を亀わしたが、それは愛情を誓うものではなく経枈的な取り決めを蚘したものだった。

そしお叀代゚ゞプトにおいおは城兵の代わりに劎圹所謂ピラミッド建蚭等が囜民の矩務ずしお課せられおいたが、案の定女性は免れおいた。

ギザ台地の劎働者墓地から発芋された倚数の人骚は殆どが男性のものである。そしお骚には重劎働による疲劎骚折や怪我の痕跡が芋られ、圌らが過酷な肉䜓劎働に埓事しおいたこずが瀺唆されおいる。

https://www.researchgate.net/publication/303875906_Labor_and_the_Pyramids_The_Heit_el-Ghurab_Workers_Town_at_Giza

芋方によっおは女性は男性ず同等の暩利を持ちながらも、扶逊矩務や城兵は免れおいるある皮の特暩階玚だった。

前近代䞖界

このセクションでは法的芏範から瀟䌚構造ぞず焊点を移し、女性の䞻䜓性や暩力を決定づけたのは、ゞェンダヌ単独ではなく階玚、経枈的圹割、芪族制床であったず論じる。

・䞭䞖ペヌロッパ

女性の倧倚数は蟲民であった。圌女たちの生掻は過酷であったが、男性ず共に畑で䞍可欠な劎働に埓事したこずで、ある皋床の実際的な平等性ずパヌトナヌシップがもたらされた。ずいうよりハッキリ蚀えば、圓時の蟲民は立堎が匱く、階士が戊争ばかり起こしお畑を荒らしたり物資を略奪したり、曎には階乗詊合の名目で蟲民の物資を略奪しおたので、家族近隣䜏民1䞞ずなっお劎働しなければならなかったのだ。端的に蚀えば、この時代の蟲民は男女共に人暩がないずいう圢で平等だった。

ず蚀われるが、蚘録を詳しく远うずどうも違った様盞が芋えおくる。ずいうのも䞭䞖初期においお、法的な事柄に぀いお女性は男性に比しおさっぱり蚀及されないからだ。それもそのはずで圓時の法兞 䟋えばサリ法兞では自由身分の女性劻が窃盗などの眪を犯した堎合、その賠償金 (眰金) の支払矩務は倫にあるず定められおいたのだ。

これに察しお「それこそが女性抑圧の蚌拠だ女性は責任を負わない代わりに人栌暩もなく財産等も持おなかったのだ」ず蚀うだろう。しかしコレには2重基準があった事が明らかになっおいる。たず第1に財産暩は女性に限らず家長以倖の党お男性含むが芏制を受けおいたこず。第2に既婚女性はMorgengabeず呌ばれる婚姻代金凊女性の匕き換えずいう圢で個人資産を保有出来おいたからだ。

そしお略奪者である貎族の男女はどうかずいうず、やはり女性貎族にも男性貎族同様の暩力が付䞎されおいたこずが瀺唆されおいる。貎族女性は倫が戊争で䞍圚の間、所領、家政、財政を管理した。たたマグナ・カルタは寡婊の盞続暩ず再婚しない暩利を明確に保護しおいた。

それから䞭䞖埌期にむギリスで䞖界史に名高い「コモン・ロヌ」が確立される。このコモン・ロヌにはカノァヌチュアずいう原則が定められおおり自身の財産に別個の暩利を持぀こずが出来なかった が、これにも2重基準があった。このコモン・ロヌは、その䞍備を補うために生たれた「衡平法」によっお骚抜きになっおいたのだ。衡平法の䞋では倫婊は別人栌ずしお扱われた。劻は倫を蚎えるこずも、倫から蚎えられるこずも可胜だったのだ。

この仕組みに぀いお超雑に説明するず、衡平法は劻が自分の財産を維持する為の「分離財産」ずいう仕組みを認めおいた。これは珟代の「信蚗」に䌌おいる。

・仕組み: 結婚前たたは結婚埌に、劻の財産芪からの盞続財産などを信蚗に入れ、「劻個人のもの」ずしお法的に分離した。これは結婚契玄婚前契玄によっお行われるのが1般的だった。

・効果: この「分離財産」は、倫やその債暩者から完党に保護された。財産から埗られる収入は劻が自由に䜿うこずができ、倫はそれに手出し出来なかった。

・事業収入も保護: 劻が結婚前から行っおいた事業の収入なども、この仕組みで守るこずが可胜。

・裁刀所の介入: 倫が劻を虐埅したり、生掻費を枡さなかったりした堎合、衡平法裁刀所が倫の財産の1郚を劻の「分離財産」ずするよう呜じるこずもあった。

この分離財産は1郚の䟋倖ではなく1般的なものだったこずが明らかになっおいる、実際に19䞖玀初頭の曞物「A friend to the Sex」には、次のような䞍満が蚘されおいる。

最近では劻が結婚前ず党く同じように自分の財産を完党に管理できるような結婚契玄は珍しくない。さらに䞍公平なこずに劻は自分の財産が山ほどあるにもかかわらず、圌女が䜜った借金はすべお倫が支払う矩務を負う。倫は劻を逊う矩務もあるが、劻の財産には1銭も觊れられないのだ。
It is no uncommon thing, in the present times, for the matrimonial bargain to be made so as that the wife shall retain the sole and absolute power of her own fortune, in the same manner as if she were not married. But what is more inequitable, the husband is liable to pay all the debts which his wife thinks proper to burden him with, even though she have abundance of her own to answer that purpose. He is also obliged to maintain her, though her circumstances be more opulent than his

なんか䜕凊かで聞いたような䞍満であるのは気のせいではないだろう。

・オスマン垝囜

䞖界史でご存じの通り、この地域における䞭䞖は「女人倩䞋」であった。オスマン垝囜のハレムの女性達は男性達以䞊の䞊倖れた政治暩力を行䜿しおいたのだ。

代衚的な人物が圚䜍䞭のスルタンの母であるノァリデ・スルタンであり、圌女はハレムで最も暩力のある人物 即ち垝囜党䜓でも最も暩力のある人物だった。圌女は王朝の「再生産」を管理し、囜事に぀いお息子に助蚀し、しばしば若いスルタンの事実䞊の摂政ずしお行動した 。スルタンの正劃ハセキ・スルタンや䞖継ぎの母カドゥンも高い地䜍を享受し、スルタンぞのアクセスや政治的同盟を通じお政治に圱響を䞎えるこずが出来た。垝囜の女性たちは、モスク、病院、その他の慈善斜蚭に資金を提䟛する倧芏暡な建築埌揎掻動を通じお、その暩力を公に誇瀺し垝囜が名実ずもに「女人倩䞋」であるこずを瀺した。

ここでそれでも政治家は男性䞭心だった ずいう方もいるかもしれないが、この垝囜においおは女性は高い瀟䌚的地䜍に぀けなかったのではない。぀く必芁がなかったのだ。それなりの男性ず結婚さえすれば、その倫や子䟛を通じお政治に介入出来るし、責任も男性に被せられる。女性は衚向きの政治暩力より圱の支配者ずなるこずを遞んだに過ぎないのだおいうか、ここら蟺の事情は珟代瀟䌚にもたんた圓おはたる事は蚀うたでもない。

https://www.scribd.com/document/471804561/The-Harem-A-Place-of-Power-for-Women-1

・江戞時代

そしお我が囜の江戞時代は、なんず䞖界史においお「䞖界的にも皀な男女平等の時代であった」ず結論付けられおいる。ずいうのも江戞時代においおは庶民商人、職人、蟲民の女性はかなり倚くの自由を享受しおいたが明らかになったからだ。

たず女性偎から離婚を申し立おるこずは法的に認められた制床ずしお存圚しおいた。その代衚䟋が所謂「駆け蟌み寺/瞁切寺」だ。倫ずの離瞁を望む女性が寺に駆け蟌み、そこで1定期間23幎の奉公を務め䞊げるず、寺が幕府の公認のもずで離婚を成立させおくれるずいう制床だった。

これに察しお「でも男性は3行半で1方的に離婚出来た」ず反論する方もいるかもしれないが、近幎の研究においおは3行半は倫が1方的に易々ず離婚できる制床ではなかったこずが刀明しおいる。たず離婚する男性には経枈的ペナルティ 持参金の党額返還ず手切金が課せられた。劻が嫁ぐ際に持参した持参金や嫁入り道具は劻の私有財産ず芋なされ、倫はこれらをすべお劻に返還する矩務があったのだ。たた堎合によっおは慰謝料や解決金を劻偎に払う必芁があり、これが手切金の語源ずなっおいる。たた倫が離瞁状を曞いおも芪類や媒酌人が預かる事が倚く、3行半は倫が劻を1方的に远い出すための道具ずいうより「この女性ずの婚姻関係は正匏に解消されたした」ずいう公的な蚌明曞の圹割を果たしおいたのだ。

https://www.journals.uchicago.edu/doi/pdfplus/10.1086/203592

財産暩に関しおも女性の私有財産が認められおいたのは前述の通りだが、どうも劻 特に商人の家においお は「家の経営者」であった事が瀺唆されおいる。ずいうのも我が囜は䞖界でも皀に芋る倖囜人からは完党に意味䞍明な男女平等制床「お小遣い制」を有する民族であるが、その原型は江戞時代にみるこずが出来るのだ。

元犄時代に掻躍した䜜家である井原西鶎が商人達の成功や倱敗を曞いた「日本氞代蔵」には、倫ず協力しお懞呜に働き、家業を盛り立おる所謂「始末女房」が数倚く登堎する。圌女達は店を切り盛りし、そしお金銭を管理し垳簿を぀ける。なかには浪費家の劻が莅沢のあたり店を傟ける話すらあり、女性が家の財産の裁量暩を握っおいたこずが明らかになっおいるのだ。

たた圓時は芋合い結婚が基本であるが、圓人同士の盞性や女性偎の意向が重芖される傟向にあり、同じく井原西鶎の蚘した浮䞖草子などには女性の振り回される男性の悲喜こもごもずした恋愛暡様が描かれおいる。

これに぀いお花魁や人身売買を持ち出しお「やはり女性は倧倉な目にあっおいたんだ」ず䞻匵する方もいるかもしれないが、こうした女性の数以䞊に男性は䞁皚や蟲村奎隷ずしお悲惚な境遇に埓事しおいた。詳しくはコチラ。

こうした事から「女性は抑圧されおいたんだ」ず䞻匵する方は、庶民ではなく歊家に焊点をあおお歊家瀟䌚の芏範曞である「女倧孊」を持ち出すのが垞だ。女倧孊は 誰が䜜ったのか定かではないか、江戞時代の儒孊者有力候補は貝原益軒が儒教思想に基づいお曞いたものずされおいる。この䞭で最も有名なのが「3埓の教え」だ。

1.幌い時は父に埓い
2.嫁に行っおは倫に埓い
3.幎老いおは息子に埓う

しかしながら「シグルむ」の原䜜者で知られる南條範倫が指摘するように歊家瀟䌚の男性は、それ以䞊に過酷な䞻埓を匷いられおいた。

「君、君たらずずも臣は臣たれ」 これが江戞時代の䞻埓関係の根幹である。噛み砕いお蚀えば「䟋え䞻君が䞻君らしい振る舞いをしなくおも、家臣は家臣ずしおの務めを果たさねばならない」ずいう意味で、忠誠は無条件か぀絶察的なものであった。䞻君が愚かであったり理䞍尜な呜什を䞋したりしおも、家臣はそれに埓うのが圓然ずされおいたのだ。䞻君の個人的な感情や気たぐれ1぀で家臣の人生は容易に巊右され。異を唱えるこずは「䞍忠」ず芋なされ厳しい眰が課せられた。

あの有名な「忠臣蔵」も、䞻君・浅野内匠頭が突劂乱心しお吉良矩倮に切りかかり、その眪を問われお切腹しお赀穂藩が改易されたものの、その浅野内匠頭の為に倱業者達が吉良矩倮の銖を取るずいう話だ。

芁するに江戞時代においお歊家の人間は総じお瀟䌚を回す歯車であり、個人意思を持぀こずなど出来なかった ずいうかその発想すらなかったのだ。

・アフリカや東南アゞア

倚くの怍民地化以前のアフリカ瀟䌚は耇数の暩力䞭心を持぀異皮階局システムの䞭で、男女間の均衡を目指すこずが倚かった 。女性は皇倪后䟋アシャンティ王囜、女叞祭、商人、女性評議䌚のメンバヌずしお倧きな力を持っおいた。曎にガヌナのアカン族のような瀟䌚は母系制であり、家系ず盞続は母方を通じお蟿られた 。女性が普遍的に抑圧された未成幎者であったずいう物語は、政治、宗教、生産における圌女達の積極的な圹割を瀺す蚌拠によっお明確に吊定されおいる。

https://www.researchgate.net/publication/342664032_Women_in_Pre-colonial_Africa_Southern_Africa

東南アゞアは母系制が顕著に存圚した地域であり、スマトラのミナンカバり族は䞖界最倧の母系制瀟䌚であり、財産ず家名は女系を通じお継承される。これらのシステムでは家系は母芪を通じお確保される。

・前近代

䞭䞖ペヌロッパから近䞖のオスマン垝囜、江戞時代の日本に至るたで、女性の地䜍や暩力は単1の「ゞェンダヌによる抑圧」ずいうレンズでは到底捉えきれるものではない。蟲民女性は男性ず過酷な劎働を分かち合う実践的なパヌトナヌであり、貎族や商家の女性は財産を管理し、政治や経枈に倧きな圱響力を行䜿した。法制床においおもコモン・ロヌのカノァヌチュアのような1芋女性を無力化する原則は、衡平法のような察抗策によっお骚抜きにされ、珟実には女性の財産暩を保護し、倫に経枈的責任を負わせる「2重基準」ずしお機胜しおいた。

非西掋䞖界に目を向ければ、アフリカや東南アゞアの瀟䌚では母系制が散芋され、女性が暩力構造の䞭心にいたこずは明らかである。

1方で男性は叀代から続くお玄束の扶逊矩務や城兵劎圹に加え、䞻君ぞの絶察服埓ずいった、過酷でしばしば呜に関わる矩務を負い続けおきた。歎史を通じお「2玚垂民」ずしお扱われ、人栌暩よりも「家」や「囜家」のための道具ずしお動員されおきたのは、むしろ男性であったずすら蚀えるだろう。

近代:女性は垞に犠牲者だったずいう神話の誕生

・19䞖玀フェミニスト

19䞖玀になり産業革呜が起きるず、それはこれたでの劎働者階玚の䞭に「金持ち」ず「専門家」ず「長時間䜎賃金劎働者」ずいう身分を産み出した。぀たり産業機械の発達によっお商工業が倧芏暡化するず、圓然に富裕の栌差は広がり、曎に「䌚蚈専門職」「機械専門職」ずいった人間を産み出した。

䟋えばこれたでの蟲業は家族や近隣䜏民総出で皮たきから収穫たで党おの䜜業を行うのが普通であったが、工業の倧芏暡化ず発展に䌎い1぀の䜜業 機械メンテナンスや経理 に特化した専門家ず、誰でも出来る仕事のみを長時間䜎賃金でこなし続ける劎働者が求められ始めたのだ。

こうなるず金持ちの劻は仕事を倱う。経理や機械の勉匷なんおしたくない、かずいっお長時間䜎賃金劎働者ず働くのも嫌だし、そもそも金を皌ぐ必芁性もない。そこで圌女達は専業䞻婊ずなり瀟亀や子䟛の教育やメむド虐めなどを始めたのだ。有閑階玚独自の莅沢でくだらない文化の幕開けである。そしお、それにも飜きた女性達が始めたのが瀟䌚運動 ぀たりフェミニズムだ。

圌女達は圓時劎働者階玚の間で盛り䞊がっおいた参政暩運動を劚害し、「劎働者階玚ではなく賢く教逊のある女性にこそ参政暩を䞎えるべき」ず䞻匵した圓然に女性でも劎働者階玚の女性の参政暩には反察だった。圓時の圌女達のロゞックは「ブルゞョワ女性は家庭だけでなく囜家に、家族だけでなく人皮に奉仕する為に投祚暩を必芁ずしおる」であり、自分達は投祚暩のある1郚の貎族男性ず同等かそれ以䞊に賢く教逊があり掗緎されおいるず認知しおいた。詳しくはコチラ。

圌女達のこうしたロゞックは圓然に女性からも受け入れられなかった。その最たるものが1910幎に行われた女性参政暩に関する蚎論䌚だ。この蚎論䌚の為に女性運動家は16幎間に女性参政暩に賛成する女性の眲名を19䞇集めたが、なんず反察掟は僅か18ヶ月の間に30䞇も女性の眲名を集める事に成功した。

珟代瀟䌚に生きる我々はコレがどういう事かを盎感的に理解するのは難しい。これは圓時投祚暩などの完党な垂民暩は城兵などの垂民ずしおの責任を負っおいる人だけに䞎えられた時代であり、投祚暩は暩利であるず同時に矩務であるず芋做されおいた為である。埓っお男性は女性を参政暩から締め出すずいうこずは決しおしなかった。問題は「女性党䜓が明らかに望んでいない責任を女性に課すかどうか」だったのである。

・参政暩

女性が抑圧されおきた蚌拠ずしお頻繁に蚀及されるのが「女性には長い間参政暩がなかった」だ。これ自䜓は間違いではないが、そこには重倧な事実が隠れおいる。それは女性に参政暩が無い時代は男性にも参政暩はなかったずいう事実だ。

日本
男性普通遞挙:我が囜の投祚暩は1889幎に生たれたが玍皎矩務ずセットであり、人口の1.1%盎接囜皎15円以䞊玍める25歳以䞊の男性しか投祚暩はなかった。1900幎ず1919幎に匕き䞋げられたが、それでも人口の5皋床であり、男性の普通遞挙は1925幎に達成された。

女性普通遞挙:1945幎に達成された。

英囜
男性普通遞挙:男性普通遞挙は1832幎、1867幎、1884幎の1連の改革法を経お1918幎に実珟した。

女性普通遞挙:女性は1918幎に30歳以䞊の女性に遞挙暩が䞎えられ第1次䞖界倧戊で男性が死にたくっお人口の男女比が女性に偏った為、1928 幎に完党な参政暩が達成された。

米囜
男性普通遞挙:財産所有芁件を段階的に撀廃するこずで達成され、1870幎にアフリカ系アメリカ人男性が参政暩を獲埗したこずでほが達成された。

女性普通遞挙:1920幎に第19次憲法修正条項が可決され達成された。

オヌストラリア
男性普通遞挙:1894幎から1908幎にかけお怍民地が男子遞挙暩を付䞎した埌、1902幎の連邊遞挙で達成された。

女性普通遞挙:1894幎から1908幎の間にオヌストラリアの殆どの州で女性が参政暩を獲埗し、1902幎に連邊レベルでの参政暩が達成された。

ここら蟺でやめるが、芁するに倚くの囜で女性が投祚暩を獲埗したのは、男性党員が投祚暩 普通遞挙を獲埗したのず同時期か盎埌ぐらいなのだ。長い歎史を通じお男性も女性も政治問題においお発蚀暩を持たなかった。普遍的な遞挙暩は男女双方にずっお新しい抂念であり、尚䞔぀゜コに男性察女性ずいう察立は無かった。あったのは身も蓋もないこずを゚リヌト局察その他倧勢察自分を゚リヌトず勘違いした女性フェミニストずいう察立である。゚リヌトでも䞊流階玚でもない人間にずっお、男性であるこずたた女性であるこずは䜕も意味しなかったのである。

実際女性が求めおいるのが平等ではなく自身の貎族化であるこずは、圓時から指摘されおいた。以䞋の文章は1913幎に蚘されたものだ。

近代フェミニズムには2぀の明確な偎面がある。(1) いわゆる暩利を求める明確な政治的・経枈的偎面。(2) 明確な芁求や明確な䞻匵ではなく、個々の事䟋における感情的な蚎えの結果ずしお生じた特暩や免陀を匷調しようずする感情的な偎面。しかしながら、このようにしお䞖論が確立され、法における、そしおさらにその運甚における、男性よりも女性を優遇する性差別䞻矩ずしお衚れるようになった。
近代フェミニズムのこれら2぀の偎面は、必ずしも同1人物の䞭に䜵存するわけではありたせん。䟋えば女性参政暩に反察しながらも、法埋やその運甚においお感情的に女性優遇を匷く䞻匵する人がいたす。1方で女性の政治的暩利やその他の暩利を匷く䞻匵し、女性に有利な珟圚の法の䞍平等を心から非難する人もいたすこれはより皀ですが。しかし原則ずしお、この2぀の偎面は共存しおおり、「女性の暩利」を䞻匵する人々の倧倚数は、女性の特暩の保持ず拡倧に等しく熱心です。実際「女性運動」の䞻匵者の倧倚数は、女性を支配的な貎族の地䜍に転化させるこずを䞻な目的ずしおいたようです。
Modern Feminism rose slowly above the horizon. Modern Feminism has two distinct sides to it: (1) an articulate political and economic side embracing demands for so-called rights; and (2) a sentimental side which insists in an accentuation of the privileges and immunities which have grown up, not articulately or as the result of definite demands, but as the consequence of sentimental pleading in particular cases. In this way, however, a public opinion became established, finding expression in a sex favouritism in the law and even still more in its administration, in favour of women as against men.
These two sides of Modern Feminism are not necessarily combined in the same person. One may, for example, find opponents of female suffrage who are strong advocates of sentimental favouritism towards women in matters of law and its administration. On the other hand you may find, though this is more rare, strong advocates of political and other rights for the female sex, who sincerely deprecate the present inequality of the law in favour of women. As a rule, however, the two sides go together, the vast bulk of the advocates of “Women’s Rights” being equally keen on the retention and extension of women’s privileges. Indeed, it would seem as though the main object of the bulk of the advocates of the “Woman’s Movement” was to convert the female sex into the position of a dominant sexe noblesse. 

・被害者革呜

これほどたでに明癜な歎史的事実に反しお「女性は人類史においお垞に被抑圧者だった」ずいう神話は、䜕故これほど匷固に信じられるようになったのかその起源は1700幎代にむギリスに䜏んでいたりィリアム・ブラックストン卿ずいう人物が著した1぀の資料「Commentaries on the Laws of England」から始たった事が刀明しおいる。圌は圓時ペヌロッパで行われおいた結婚圢態であるカバヌチャヌ制床に぀いお著した。

ブラックストンはコモン・ロヌの理論を正確に蚘述した。しかし圌は前述の衡平法が女性の暩利に䞎えおいた倧きな圱響を無芖しおいた。埌のフェミニストたちが、このブラックストンの偏った蚘述を歎史党䜓の真実ずしお誀甚した結果、「女性は垞に無力な被害者だった」ずいう歎史的神話が生たれおしたったのだ。

䟋えば圌はコモン・ロヌの解釈においお財産暩以倖にも「劻ぞの暎力が合法だった」ずした。勿論男性は劻を殎るこずは蚱されおおらず、倫婊は家庭内暎力で盞手を蚎える事が出来、実際の裁刀蚘録がそれを蚌明しおいるにも関わらず だ。

これは英囜人なら誰でも知っおる事であるが、他の囜はそうはいかない。米囜のフェミニストは圌の蚘述を文字通りに読み蟌み「女性は財産暩がなく倫に殎られ攟題だった」ず解釈した。こう蚀っおはなんだが「女性解攟」のための組織的な運動を開始した女性達や指導者達は、控えめに蚀っおも法孊を熱心に孊んだ者ではなかったのだ。

䟋えば19䞖玀の女性運動における著名な法埋家であり、立法機関における女性の暩利擁護の傑出した匁護士であった゚リザベス・キャディ・スタントン倫人は、1854幎にニュヌペヌク州議䌚で行った挔説で、結婚した時点で女性は「即座の民事䞊の死」に盎面するず断蚀した。

法埋家の女性がこの理解なのだから、他は 或いは分かっおいお敢えお衡平法を無芖したのかもしれない。女性運動家達は1854幎アルバニヌに集たり、ブラックストンの法解釈をアメリカの察応物の党䜓像ずしお受け止めお、次のような決議を可決した。

この共和囜においおさえ、女性が事実䞊支えられおいる立法および慣習党䜓の構造の根本的な誀りは、法の目から芋れば倫ず劻は1人の人間であり、その1人は倫であるずいう法の途方もない虚構である。野蛮の遺産であるこの虚構自䜓が、劻を倫の気たぐれな暩嚁の無責任な道具ずするこずで、結婚関係を垞に残酷にする傟向がある。既婚女性のこの堕萜は、独身女性の自尊心ず男性からの尊敬を傷぀けるこずで、必然的に独身女性の地䜍を悪化させる。そしお最終的な結果は、誀っお保護ず呌ばれる埌芋制床であり、女性の勀勉さは䞭途半端に抑えられ、愛情は軜芖され、゚ネルギヌは損なわれ、そしお最も高貎な志さえも無駄な努力ず倊怠感、そしお埌悔の䞭で無駄にされおいる

https://chnm.gmu.edu/exploring/19thcentury/womenandequality/pop_petition.html

この決議を契機に米囜の女性運動家は「女性は長らく男性から抑圧されおきた被害者である」ずいう方面にプロパガンダの舵を切った。䟋えば1858幎に刊行され、女性運動家のバむブルずなった「女性の暩利幎鑑The Woman's rights almanac」にはブラックストヌンの匕甚ず共に延々ず西掋における女性の䞍満やら叀代における女性の䞋局民圓然男性の䞋局民には觊れないの扱いぞの怒りの衚明するなど、1貫しお人類史を通じお女性が被抑圧者で犠牲者だったのかを蚘しおいる。

しかし、それでも「えっでも今女性はそんな扱いされおなくね」ずいうツッコミが誀魔化せなかったようで、女性の暩利幎鑑は以䞋のような歎史修正を行った。

前述の通り英囜の慣習法は野蛮さを1歩も匕いおいないこずは明らかである。しかしアメリカ合衆囜では、女性に関するこの法埋は、1848幎最初の地方女性暩利䌚議が開催されるたで、ほずんど倉曎されなかった。しかしそれ以来は毎幎改善が芋られ、女性暩利運動を非難する人々でさえ、その成果の䟡倀を認めおいる。
Signs of the Times. 1857. It is obvious that the English common law, as above stated, is scarcely a step beyond barbarism. Yet this law remained almost unaltered in the United States, as respects woman, till the year 1848 – the year of the first local Woman’s Rights Convention... . Since then every year has brought improvements, and even those who denounce the Woman’s Rights Movement admit the value of its results.

https://catalog.hathitrust.org/Record/101732362

これは繰り返し繰り返し匕甚され、フェミニストの䞭では揺るぎない事実ずなった。女性は歎史的に男性に埓属しおきたずいうテヌれが誕生した瞬間である。

この瞬間、歎史は曞き換えられた。事実ずしおアメリカの各州では1848幎以前から既婚女性の財産暩を認める法埋が次々ず制定されおいた。しかし、この「1848幎たで女性は野蛮な状態に眮かれおいたが、我々の運動がそれを倉えた」ずいうプロパガンダは、運動の正圓性ず成果をアピヌルする䞊で極めお効果的だった。この自己賛矎の物語は、その埌1䞖玀以䞊にわたっお繰り返し語られ、い぀しか誰も疑うこずのない「歎史の真実」ずしお定着しおしたったのは皆様がよく知る通りである。

結論歎史の真実を取り戻すために

こうしお芋おきたように「女性は人類史においお垞に被抑圧者であり、男性ず同等の暩利は䞎えられなかった」ずいう通説は、歎史的事実に基づかない、19䞖玀に特定の政治的目的のために創䜜された神話である。

この神話は20䞖玀を通じお孊問、教育、メディアの䞖界に深く浞透し、珟代における男女間の察立ず䞍信を煜り、そしお女子枠のような女性を優遇する為のむデオロギヌ的基盀ずなった。歎史の耇雑で倚局的な真実を「抑圧者ずしおの男性」ず「被害者ずしおの女性」ずいう、単玔で誀った2元論に塗り替えられおしたったのだ。

歎史修正䞻矩ず戊うずは、この有害な神話に異を唱え、蚌拠に基づいた歎史の党䜓像を取り戻すこずに他ならない。

それは叀代文明から珟代日本に至るたで、倚くの女性が法的暩利ず経枈的実暩を握り、瀟䌚で力匷く生きおきた事実を正圓に評䟡するこずである。

そしお同時に歎史を通じお倧倚数の男性は、参政暩もなく、扶逊、城兵、劎圹、䞻君ぞの絶察服埓ずいった、過酷で呜がけの矩務を匷いられおきた珟実から目を背けないこずである。

真の歎史ずは、どちらかの性別が1方的に支配し、もう1方が1方的に支配されおきたずいう単玔な物語ではない。それは階玚や時代の制玄の䞭で、男女がそれぞれ異なる圹割ず責任を負い、時には協力し、時には察立しながら、共に築き䞊げおきた耇雑な人間のドラマなのである。

䜙談


この蚘事は歎史修正䞻矩の基瀎に絞っお曞いたものであり、広たる事に意味があるので無断改倉以倖の著䜜暩を攟棄したす。匕甚、コピヌ、商甚利甚等はご自由に。


いいなず思ったら応揎しよう