【読書】島田裕巳 『参政党の研究』── 政党も 定めなくこそ いみじけれ 朝に紅顔 夕べに白骨
宗教学者の島田裕巳による著作。2025年の参議院議員選挙後の参政党の躍進について分析されている。創価学会などの信仰運動やN党やれいわ新選組との比較、作家の橘玲との対談も収録されていて、分かりやすい内容となっている。
「参政党は大人の部活動」
「神谷宗幣は右でも左でもなく、何も考えていない」
といった意見には説得力がある。だが、重複する文章が目立つ。アカデミックな本としてはそこはちょっといただけない。AIにしっかり添削させてから出版すれば良かったのに。
“集合的無意識”というユング心理学の専門用語の用い方についても違和感がある。
だが、こういう本を書いてくれる人がいてくれて本当にありがたい。
殆ど誰にも読まれなさそうな本だし、衆議院選挙の後では既に賞味期限切れっぽくはあるけれども。

私個人としては参政党に対して気色悪さを強く感じている。どこかの広告代理店崩れが考えたような党のキャッチコピー群には、あざとさや薄っぺらさやリテラシーの乏しさを感じる。全体主義的でもあり、政治ごっこをしたいだけの集団のようでもある。
政治が露骨にビジネス化
してきたのを感じるが、その割には経済音痴ぶりも目立つ。
「ひとりひとりが日本」というキャッチコピーの裏には、
「日本人としての自覚が足りない人がいる」
「外国人を利して日本に害をもたらす人がいる」
「日本人は人それぞれ、という価値観は却下」
「参政党の支持者こそが日本的だ」
といった上から目線の思想の押し付けがましさや被害者意識が透けて見える。
政治というよりアイデンティティ運動
に近い。島田が指摘するように、ここには政策の整合性よりも、政治参加することで正しい側に立った感覚を得られる構造がある。まさに信仰運動的だ。
参政党は政治運動やポピュリズムの文脈では、かなり
王道の戦略
に近いものを持っている。陰謀論とまでは言わなくても、
「外から攻撃されている」
「見えない敵がいる」
「だから我々は団結しなければならない」
という物語構造は、宗教運動・ナショナリズム・新興政党で繰り返し使われてきた。はっきり言わなくても、
アカウント凍結
ネットでの批判
メディアの扱いの悪さ
これらを「外部勢力による不当な攻撃」のように語るだけで、支持層の頭の中では自然に
中国では?
既存権力では?
グローバリストでは?
と敵が補完される。
共通の理想よりも共通の敵を持った方が、集団はより早くより強く団結する。
だから指導者はよく、
「我々は正しい」
「だが潰されそうになっている」
「あなたたちだけが真実を知っている」
という構図を作る。
参政党の言説もかなりこれに近く、しかも証明不能なのが強い。
「中国の工作だ」と明言しないのがミソで、
証拠はいらない。
否定されても「闇が深い」で済む。
支持者が勝手に物語を補強する。
「自分たちが不当に貶められている」といった言説は、「毒ガスをまかれた」と主張していたオウム真理教を彷彿とさせる。道理で既視感があるわけだ。
「政治はロックだ」❓
ロックに対して失礼では?
「ハゲはロックだ」
というのと大差ない。
「日本をなめるな」❓
申し訳ございませんが、あなた達のような人がいるからなめられるのでは?
「ひとりひとりが日本」❓
英訳すると、We are Japan.
We are the world.のパクリだったのか。気付かなかったなぁ。ブラックジョークにしか聞こえないけども。
こうしたキャッチコピー、誰が考えているのだろう?
ゲッベルスの真似なんて、AIにでもやらせておけば良いのに。
中道改革連合にしても、あんな刺さらない党名を付ける前に、AIに相談しておけばもっとマシな党名になっていただろう。あの党名のままでは、今後は立候補者さえも集まらなくなりそう。続けるのだろうか。
2026年2月の衆議院選挙では、参政党は再エネ補助金の削減と原発推進を強く訴えていたが、この主張は大衆受けしない。ビジネス向けではない。では何故あのような主張をしていたのだろう。原発ムラの住人が上層部にいるのだろうか。
参政党の掲げる「日本人ファースト」や外国人問題は建前であり、本丸は原発推進なのかな?私はそんな勘繰りもしてしまう。原発の方が利害関係が大きく絡んでくるから。出身は原発銀座の福井県で、現在は石川県加賀市在住。
神谷宗幣は誰かの操り人形なのかな。
いっそ神谷宗幣も党員も全てAIにしてしまえ
ば大いに国益になるだろう。党勢も増すかもしれない。
参政党は防衛力強化を強く訴える一方で、再エネ補助金の削減と原発推進を掲げていて、安全保障上ちぐはぐだ。
ロシアによる電力インフラ攻撃によって停電が続き、ウクライナの人々が厳冬期に凍え、そんな様子を見れば、エネルギーの分散こそが現代の防衛そのものであることは簡単に分かりそうなものだ。原発のような集中型インフラに依存する社会は、戦争や災害に対する日本の安全保障を弱くする。
原発は廃炉に掛かる費用も含めて、次の次の世代にまで長期にわたり国の財政を圧迫し続ける。今や太陽光発電が太陽光パネルの廃棄処分に掛かる費用等を含めても、最もリーズナブルな電力となっている。
原発は超高い。金食い虫。税負担重い。
それにもかかわらず原発推進を打ち出すのは、
「国防」よりも別の利害が優先されている?
からではないかと疑いたくなる。太陽光発電が普及すれば、既存の電力会社の既得権益が損なわれてしまう。電気土木工事も減らされてしまう。
日本の食料問題に触れて、神谷宗幣は吉田兼好の徒然草の中からわざわざ言葉を引っ張って来て説明していた。私も徒然草が大好きだ。あの随筆には無常観が通奏低音のように流れている。だが、参政党からは無常の湿度が感じられない。まるで
葬式躁病の集団
のよう。彼らは化野の露や鳥部山の煙のように立ち消えてしまうのかもしれない。盛者必衰。
花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。
ひとりひとりの散り際にも、ひとりひとりの趣があるのだろう。
「仁和寺の法師はあなたかもしれない!」
などと野暮で間の抜けたことは吉田兼好は書かないし、言わなくとも分かるのが大和心なのだろうし、分からない人には言っても分からないから最初から言わない、というのが日本的なのかもしれない。
因みに、参政党の公式キャッチコピー「I am Japan」には
「俺様こそが日本人だ」
「私こそが日本そのものだ」
といったニュアンスが含まれている。
I am Japan と I am Japanese では意味が多少違ってくる。彼らは
ジャイアンを自認している
わけだね。
神谷宗幣は「I am Japan」を和製英語と説明しているが、和製英語とも言えない。文法的に間違いというわけではない。ただしジャイアンだけどね。
I am the law
と文章の構造は同じ。
参政党はせいぜい持ち上げられてから落とされると良いと思う。普通に落とされるよりもダメージが大きいのだから。
今後は議員定数削減も控えていて、少数政党が生き残るにはますます厳しくなる。参政党にとって党運営は課題だが、無理な資金集めをして自ら墓穴を掘るようなことになりはしないか。いや、なって欲しい。どうせそうなるのなら、いっそド派手に。期待感しかない。
参政党に違和感を覚える人にも、支持する人にも、『参政党の研究』は一度読まれてよい一冊だろう。
少なくとも、感情的賛否だけで語る前に、この現象を構造として眺める視点は持っておきたい。
それにしても、参政党の支持層は今後どう動くのだろう。ハゲハゲになるのかな。
