…白の余白 鍵
「自分にしかわからないはずなのに、心当たりがない」

引き出しに、
鍵があった。
小さな鍵。
いつからそこにあるのか、
何を開けるものなのか。
考えてみても、
心当たりがない。
不思議だった。
こんなものなら、
誰かに聞くこともできない。
きっと、
自分にしかわからないはずなのに。
自分だけが、
わからない。
鍵を手のひらに乗せる。
冷たい。
けれど、その冷たさだけが
どこか遠い記憶につながる
唯一の糸口のような気がした。
もしかしたら、
忘れているのは
鍵ではなく、
この鍵を持っていた頃の
自分なのかもしれない。
何を開けたかったのか。
何を閉じ込めたかったのか。
あるいは、
何かを失くしたあとに
鍵だけが残ったのか。
答えは、
引き出しの奥にもなかった。
小さな金属の冷たさを確かめ、
それでも僕は、
鍵を捨てなかった。
理由はわからない。
ただ、
そう、なんとなく、
心当たりのないものほど、
自分の一番深い場所に
眠っているような気がした。
引き出しを閉じる。
カチャリ。
今度は、
鍵ではなく、
時間が閉じたような音がした。
見つけてくれてありがとうございました

※作品note
鍵の向こうにあるもの、あるいはその場所に沈んでいるものは、具体的な「形のある何か」ではないのかも。
言葉にしてしまった途端に消えてしまうような、名前のつかない感情や記憶。
あるいは、傷つかないように自分自身の手でそっと沈めておいた、過去の時間のひと欠片。
触れようとすると指をすり抜けてしまうからこそ、冷たい鍵の感触だけが、そこにある確かな「遠い記憶」「冷たい欠片」として残っているのかもしれない。
触れられないからこそ、僕たちはそこに愛おしさや切なさを覚えるのかもしれませんね。
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