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妹の命日でした

7月5日は妹の命日。

「妹が突然、天国へ旅立ってしまって
 立ち直るのに10年かかった」
と、わたしは時々SNSなどに書く。

でも本当に立ち直ることなんか一生できないのかもしれない。
毎年、命日の前後には大きく体調を持ち崩している。
今日も寝込んでいた。

もう15年前になるのだろうか。
ちょうど帰省していたわたしに会いに行くと言って夜に家を出て
妹はそのまま帰らぬ人になった。
そうではない、とわかっていても
わたしのせいなんじゃないか、という想いは消えない。

わたしに会いに来ようとしてくれてたいたことなど知らず
翌朝、Eテレで「ガンコちゃん」を見ながら
「ガンコちゃんって純子みたいだね、純子ちゃ〜ん」
などと、母や祖母に妹のことを話していたら
家の電話が鳴った。

わたしが取った。

妹が死亡した、という知らせだった。
今も実家の電話が鳴るのは怖い。

憔悴している両親に代わってわたしと弟が博多署に確認に行った。
妹は笑っているような顔で眠っていた。
「なんでこんなところに寝とーと?」
とわたしは妹に聞いたが返事はなかった。

その後、妹の子どもたち、当時まだ中1と小5だったくるみと雷太が
どんなにツラい日々を送ったのか想像を超え過ぎていて
安易に思いを馳せられない。

ただ二人とも、とんでもなく優しくて穏やかな大人になった。
出来過ぎているくらいだ。

妹のことだから姿は見えなくてもきっとそばでずっと
二人のことを応援していたのだろうと思うし
今も応援していると思う。

くるみは関西に暮らしているから叶わないが
雷太は毎年、お盆や命日、ことあるごとにお墓を掃除し
お参りしてくれている。

わたしと2つ年の違う妹は、いつも姉に厳しかった。
髪がハネてても平気で学校に行くわたしのことを恥ずかしがった。
プールの授業の時、ボロボロのタオルを気にせず持っていく
わたしのことを怒っていた。

怒ってくれる妹がいないからわたしは相変わらずだ。
不精して髪を自然乾燥してたらこんな時間になってしまった。
寝ます。


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