海辺の街のカフェへ行った
娘と予定していたドライブに出た。
毎年のように春先は海辺の街へ行く。
そこにはおいしいパン屋さんがあって、そのパンを買ってから
海を見晴らす高台の公園へ行く。
海風はまだ冷たい。見下ろす浜辺には誰もいない。
パンをほおばり、風に声を飛ばしながらとりとめないおしゃべりをする。
今年はなかなか娘の日程が決まらず、まあまあ春が進んでからになった。
行きたいパン屋さんは、週3で休みだ。
この日はあいにくの休店日だった。
もう一つの目的である珈琲豆焙煎所併設のカフェへ。
長年、この街で焙煎所を営んでいる。
道路を挟んで倉庫があり、外には珈琲豆の樽がずらっと並んでいる。
パンパンに詰まった麻袋もいくつか積んであった。
焙煎所には、70歳代くらいの男性がいる。明るく軽やかで愛想がいい。
その息子さんなのかどうか定かではないが、50歳代くらいとおぼしき男性が、併設(2階)カフェのマスターをしている。この方も、控えめそうな外見に似合わず軽やかに接客してくれる。
俳優の野間口徹さんのイメージ。
時間が早く、まだあまり混んでいないからということで、奥の4人掛けの席に通される。ほかには年配の女性客がひとりカウンターにいるだけだった。
私の目当ては以前来た時の「神山(シンザン)」だったが、今はそれがなく、それと似たコクと苦味ということでケニアを勧められた。
ぼってりした厚手のカップで出てきた。
ろくろでバランスよく作った感じではない、手びねりのごつごつした風合いに暖かみがあった。惜しいことに把手がないタイプで、私は珈琲カップに把手がないと物足りなく感じてしまうのだ。
いつぞや行ったお店でも、二重ガラスのタンブラー(ボダム、とかいう)で出てきて、うれしさが数%減ってしまったことを思い出した。
でも、おいしかったからいいです!
思ったよりもパンチが弱く、おかわりしたいくらいだった。
量も、家やカフェチェーンで飲む大きいマグカップに比べれば物足りない。
こういう昔から愛されている喫茶店という所は、珈琲はもとより、空気や雰囲気が満足感を与えてくれる場所だと、つくづく思う。
おいしかったらそれでいい、というものではない、積み重ねた時間の中に身を置く満足感を味わえる、なかなかに貴重な場所だと思う。
神山が入荷したらまた来たい。東ティモールという豆を買う。
せっかく山の中から海辺の街へ出てきたので、海を見に行くことにする。
まず目に入ったのが原発だったけれど、それは視界の右の隅っこに押しやった。
春の海は穏やかで、防波堤やテトラポッドに白波が立っているだけだった。
春先の浜辺に散らばる漂流ゴミも、まったくと言っていいくらい見当たらない。いつもの年より遅く来たから、すでに清掃活動があったのかもしれない。


砂浜を歩くのは大変で、波打ち際までよたよた歩いた。
波打ち際に着くと、途端に波音が大きくなって、怖いくらいだった。
砂浜遠くに、ハキリアリみたいに、自分より大きな三角形の帆のようなものを運ぶ人発見。
あれはなんだ?
ヨットの帆かな?
サーフィンする人を「サーファー」というから、ヨットに乗る人は「ヨッター」かな?と言いかけたらもうおかしくて娘と二人げらげら笑った。
chatさんにきくと、「ヨッター」と言いたい気持ちはわかるが(笑)それは一般的ではなく、帆船を操る人は総じて「セイラ―」だ、と教えてくれた。
海辺でひとつ賢くなった。
海をあとにして、私たちは物足りなかった。
さっきのカフェは早い時間だったので、今日はまだうろつける。
まだ帰りたくない。
「甘いものが食べたいねぇ」
「もう一軒行こか?」
ということになり、娘がささっと検索してくれる。
そこは一駅くらい離れた場所にある、昔からの和菓子屋だった。
(多分)若手の代になって、楚々とした感じのカフェに改装したのだろう。
白い麻の暖簾が掛かっていて、中には靴を脱いで上がる。
そこそこ席が埋まっていたが、窓際のカウンターに並んで座れた。
珈琲も紅茶も一種類、日本茶は玉露、ほうじ茶。ほかにソフトドリンクあれこれ。
和菓子屋ということもあり、白玉あんみつや大判焼きなどが人気らしい。
通年決まったメニューではなく、季節ごとに変わるようで、今はいちごや「せとか」という柑橘を使ったものが出ていた。

台はシナモンたっぷりザクザクのビスケット
トッピングは「せとか」

焼きメレンゲやクリーム、フルーツをまぜまぜして食べるらしい
イギリス発祥のお菓子だそうです
どれも丁寧な作業が想像できるもので、大事に大事に食べる。
落ち着きという点では、開店して間がない、若い人ばかりの店内は初々しい感じで、先に行ったカフェとは正反対くらいの違いがある。
しかし出されるスイーツの丁寧な感じ、繊細な味という点では、「来てよかったね」と言い合ったほどの満足感があった。
パティシエが慎重に、息を止めるようにしながら作業をする様子まで、想像できた。
今回、玉露を飲んでみたが、甘みがあってさっぱりしていておいしかった。
「日本の北限の茶所」である新潟県村上市産の茶葉を使っていた。
さっきまで、今日はまだ時間があるね、なんて言っていたのに、すでに遅い午後になっていた。天気は下り坂、朝のピーカンが遠い過去のことみたいにどんよりしてきた。
二人でドライブすると最後に必ず「今日はご飯何作ろうかなぁ」と口に出してしまう。珍しくこの日はメインはもう決まっていたのに、それでも「今日はご飯・・・」と言いかけるのが悲しい(笑)。
あとから行ったカフェのカウンターには、カフェめぐりのスケッチが置いてあった。九州編、飛騨高山編の2冊。それぞれ30ページくらいの綴りになっている。
スケッチ帳の最後に一軒一軒のQRコードが載っていて、ホームページに飛べるようになっている。
トレーラーハウスを改装した、移動できるカフェがあり、広場に停めて切り株の椅子やテーブルを出しているお店があった。
「やりたい」という思いが強ければ、こうしてどういう形ででも自分でできる形で、実現できるんだなぁと、少しうらやましい気がした。
そういう気持ちはすぐにパパっと畳んでしまうようになったなあ。
お客を楽しめるのもしあわせなことだ。
