東京ディズニーランド&ディズニーシー


東京ディズニーシーについて先ごろ書きました。
今回、東京ディズニーランドも加えて書いてみようと思います。
とはいえ、書きたいのはもっぱら東京ディズニーランドとことで、やはりランドでいきます。
冒頭はああいう雰囲気で切り出しましたが、東京ディズニーランドに行ったことはなくて、シーにもないのです。
なので、書くとは言った(言ってしまった)ものの、ここに関する知識は人づてだったり、情報媒体(経由)だったり、間接的なものになります。
それでも本論を逃がさないように、頑張って書いていきたいと思いますし、その自信もまったくないわけではありません。
それに、ここまで助走というか、長いあいだ温めていたテーマでもありますから、書くことはきっちりあります。
さて前置きはここまでにして、東京ディズニーランドについて語ること、書きたいことは2つ。
ここでは書けることといってもいいのですが、とにかく2つ。
ひとつめはロケーションのことです。
立地ですね。
このトピックスは随分、昔から知っていたことで、東京ディズニーランドは周辺に夾雑物のない開けた洋上に立地していると聞いています。
聞いているというかイメージしています。
これは外国由来というか、本邦とは異なる文化の流れを思わせるこだわりにも思えますが、とにかくロケーションを徹底して、その空間、遠景を含めて創出、演出するといいますか、そういう総合エンターテインメントに相当の配慮を施しているのだろうと捉えています。
ここついてはずっと、腑に落ちているというか、納得できています。
ずっと。
このロケーションについてもう少しキャッチアップすれば、それは空間演出の妙といえばいいのでしょうか。
市中にあって閑静を見出す、いわゆる古いまちなみ、例えば京都の町家造りり、あるいは日本庭園を限定的に再現した箱庭のような、イメージや観念で存在を拡幅していく姿勢、態度ではないということです。
ちょっとステレオタイプな物言いになってしまうかもしれないので、言い訳して続けますが、見えるモノにプライオリティを置く「西洋流である」と言い表したいですね。
長くなりましたが、ロケーションを重んじる設計態度に本邦とは違う舶来の風を感じたということです。
付け加えになりますが、日本庭園の設計においてしばしば用いられる遠景で、作庭を補足する借景というもの、そのロケーションに近似した機能を担うシンデレラ城についても、ここだは名前だけ、ありようだけにしておきますね。
それはそれだけ大きなモニュメントですから、借景に相当すると置換してもらえればいいかなと。
もうひとつは、とりわけ近年、広報に恵まれているキャストのことです。
この言葉は、ディズニーランド・ディズニーシーが引き合いに出されますね。
キャストとホスピタリティとほぼ同義であるということに、この暖かさは尽きるのだと思います。
逆算的にいえば、ホスピタリティがキャストによって表現されているといえばいいでしょうか。
これは客商売、もっぱらサービス業の本旨(本流)にあって、その主役を顧客ではなく、提供者たる従事者(一連の文脈でいえばキャスト)に定めているという点において、前稿のロケーション主義に通じるものがある気がしています。
それキャストへの理解を超えて、踏み込んで共感できる次元に引き上げられている認知といってもいいのではないでしょうか。
サービス業において、ここまでのストーリー性、ナラティブをキャストという固有名詞に付与したのは、寡聞にして知らないところです。
今回こうして稿を起こすに至った動機のひとつモにもなっています。
昔気質の職工的な誇りとは少し違う、横文字、カタカナ語の響きが持っている特別なイメージ、私たちの共同意識によってわずかに探ることのできるキャストに込められたなにか。
それは特に明らかにする必要はないのでしょう。
それはきっと職工と同じく個人の内面に帰していくもので、担い手が自己実現をはかっていくアシストになると分かっていれば、それで十分だと思いますから。
今回はこんな感じです。
好きな人はガチ勢というほど好きな世界であって、そういうテリトリーには入りきれませんが、外縁(遠巻き)にいてもそれくらい凄さはわかるよということで、ちょっと書いてみました。
行かなくても感動があるということで、ここまでにします。
ではいつかディズニーで。
