ガクアジサイが咲き始めました🩵
あじさいは、日本が原産の植物だそうです。
外来種のように「いつ頃日本に渡ってきたか」という時期があるわけではないそうです。
人が歴史を記録するよりはるか昔、自生植物として日本の気候の中で生まれ、育まれてきたとされています。
しかし、現在私たちが街中でよく見かける手まり状のあじさいになるまでには、意外なストーリーがあるそうです。
〜歴史に登場するあじさいの歩み〜
日本最古の和歌集である『万葉集』の時代から、あじさいは日本人のすぐそばにあったそうです。
🩵奈良時代(8世紀)
※万葉集への登場
『万葉集』の中に、あじさいを詠んだ歌が2首だけ残されているそうです。
当時はまだ、中心部に小さな花が集まり、周りを額縁のように花(装飾花)が囲む「ガクアジサイ」が主流だったそうです。
🩵平安時代〜江戸時代中期
「地味な花」としての不遇時代
平安時代には園芸品種として手まり状の「ホンアジサイ」も作られ始めますが、当時の貴族や文化人にはあまり好まれなかったそうです。
「花の色がコロコロ変わる=移り気・不節操」と捉えられたり、枯れていく姿が物悲しかったりしたため、桜や菊のように主役になることは少なかったそうです。
🩵江戸時代後期(19世紀)
シーボルトによる世界への紹介
長崎の出島にやってきた医師シーボルトが、日本のあじさいの美しさに魅了されたそうです。
彼はオランダへ帰国する際にあじさいの株を持ち帰り、ヨーロッパに紹介しました。
これがのちに世界中で愛されるきっかけとなったとされています。
🩵大正〜昭和初期
「西洋アジサイ」としての逆輸入
ヨーロッパで劇的な品種改良を遂げたあじさいが、大粒で華やかな「西洋アジサイ(ハイドランジア)」となって日本に里帰りしたそうです。
この華やかさが日本の梅雨の風景にぴったりハマり、一気に全国へ広がって現在の人気を確立することになります。
全国各地に「紫陽花寺(あじさい寺)」と呼ばれるお寺があります。
「紫陽花寺(あじさい寺)」というのは、
正式名称ではなく、「紫陽花が美しいことで親しまれている寺院」の愛称として呼ばれることが多いそうです。
梅雨の時期になると、境内いっぱいに紫陽花が咲き、静かな人気があります。
🩵紫陽花寺が多い理由
梅雨の時期でも参拝者の心を和ませる花だったことや、寺院の湿り気のある環境が紫陽花に合っていたこともあるようです。

万葉の時代の人々が見ていたあじさいの姿が、「ガクアジサイ」や山に自生する「ヤマアジサイ」だったそうです。

西洋アジサイのような圧倒的なボリューム感はありませんが、中心にある小さな蕾のような花を、繊細な装飾花がそっと守るように咲く姿には、古来日本人が好んだ「控えめで、しみじみとした情緒(もののあわれ)」が感じられます。
雨の多い日本の梅雨のサイクルに寄り添うように、ずっと長い間、静かに咲き続けてきたと思うと、いつもの雨景色の見え方も少し変わってくるかもしれません…

同じ株からなのに…
咲き始めから花の色に違いが出ています🍃
🩵ありがとうございました🩵
追記
※とても古い記録があります。
日本最古の歌集とされる 万葉集 に、すでに「あぢさゐ(あじさい)」が登場します。
有名なのが、歌人の 大伴家持 の歌です。
言問はぬ 木すら紫陽花 諸弟らが
練りの村戸に あざむかえけり
現代語訳の一例:
「ものを言わない木でさえ紫陽花のように色を変える。人の心もまた移ろいやすいものだなぁ」という解釈があります。
つまり、1200年以上前の人々も紫陽花を見ていたということです。しかも、すでに「色が移ろう花」として印象に残っていたのが興味深いです。
