見出し画像

🌸 調べるほど、わからなくなる桜餅の葉っぱの話

 桜餅の葉は、オオシマザクラなのか、
それともヤマザクラだったのか…?

6月20日のnote記事
🌸「オオシマザクラ」〜薪炭から桜餅へ、歴史をつなぐ初夏の青葉〜に貴重なコメントが寄せられていました。

🍃塩漬けの桜葉はオオシマザクラだったのかヤマザクラなのか、興味深いですね。長命寺の桜餅以前にもすでに桜葉の塩漬けはあったそうです。塩漬けの桜葉の香りはクマリン由来です。
そして、オオシマザクラにはクマリンの含有量が多いというデータがすでにあります。
つまり、ヤマザクラの葉を塩漬けにしても、クマリンの含有量が少ないため、あの香りはないので、香りを楽しむならオオシマザクラ、ということになります。
次に、江戸時代の隅田川に、どのような桜が植えられていたか、ですが、エドヒガン(ヒガンサクラ)の可能性が高いのではないでしょうか。
ただし、エドヒガンの葉にも、オオシマザクラほどのクマリンは含まれていないそうです(略)
     〜「Akizukisayaka」さんより〜🍃

迷いながらも、ずっとオオシマザクラだと思っていました。
でも、念のために複数のAIに依頼しました。

一昨日までオオシマザクラとされていたものが、
ヤマザクラとなっていたのであわてました💦

そのあと、次々と疑問が出てきました。

確かなことは、
・長命寺桜もちの始まりは、享保2年(1717年)。

・創業者の山本新六が、土手の桜の葉を塩漬けにして桜餅を考案したと伝えられています。

・現在、長命寺桜もちで使われているのは、西伊豆松崎産のオオシマザクラです。

・葉が大きく、やわらかく、塩漬けに向いていて、あの独特の香りも豊かです。

・その香りのもとになっているのが「クマリン」です。

・オオシマザクラには、このクマリンが多く含まれているそうです。

ここまでは、比較的わかりやすい話でした。

Akizukisayakaさんのおっしゃるように、
江戸時代、隅田川沿いに植えられていた桜は、
どんな種類だったのでしょうか…?

本当にヤマザクラだったのでしょうか。

それとも、すでにオオシマザクラが使われていたのでしょうか。

江戸の人々は葉を「香り」として楽しんでいたのでしょうか。 単に保存や再利用の知恵だったとは思えないのですが…

さらに気になったのは「落ち葉」という言葉です。 長命寺桜もちの由来としてよく語られるのは、 大量に落ちた桜の葉に困り、それを塩漬けにしたという話でした。

けれど、ここでも疑問が生まれます。

本当に落ち葉だったのでしょうか…

桜餅に使われる葉は、一般的には若葉に近いものです。「 落ち葉」になる葉では硬すぎるようにも思えますが…

「長命寺桜もち資料室」の
当時の錦絵もとても興味深いものでした。

「江戸自慢三十六興 向島堤ノ花弁二さくら餅」を見ると、描かれている枝には桜の花ばかりで、葉はほとんど見当たりません。

「向島長命寺前朧月夜観桜図」では、桜の花と葉が同時に描かれていました。

江戸の人々が見ていたのは、満開の花。
桜餅を口にしたときに感じるのは、葉の香り。

調べるほど、
問いのほうが増えていきます。

けれど、一つの和菓子から、 江戸の風景や、人々の感性や、植物の香りの記憶へとつながっていくことがとても豊かな時間でした。

結局のところ、 オオシマザクラだったのか、 ヤマザクラだったのか、 今のところ、はっきりとはわかりません。

でも、わからないからこそ、想像が広がる…

桜餅の葉をめぐる小さな謎は、 まだ静かに、春の香りの中に残っているようです。

読んでいただきありがとうございます☘️

いいなと思ったら応援しよう!