介護サービス、もしかして余計なお世話なのか?
91歳の認知症義母。だんだんと認知症が進み、この間受けた介護認定では要介護2とのこと。今までは、ディサービスに週一度通えますというステータスだったのだが、もっと色々なサービスが受けられるようになった。ところが、当人は大丈夫だから放っておいて欲しいというスタンス。本人曰く、まだ大丈夫で必要ないが、もっとうんと年をとってどうしても必要になったら、その時はしょうがないとのこと。もっとうんと年をとるって、一体何歳のこと?今でしょ!
周りから見れば、十分にヘルプが必要な段階。ケアマネジャーさんは、訪問入浴、看護師の訪問などもいろいろ使えるようになります、いつでも手配します、ディサービスもいけますと色々薦めてくれるが、本人はそんな必要はないと言う。
家族としては、ありがたい。家族が全部やって当然で、家族というよりもお嫁さんがやって当たり前だった時代からすればなんと有難いことかと思う。私は実際訪問ヘルパーとして働いてもいるので、利用する側からしても有り難いし、仕事にしている側からしても役に立って喜んでもらえてありがたい。事業者は利益になる。介護保険サービスは、Win-Winなのではと思っているが、当の本人は、私はまだ大丈夫なのに、何の制度かしらないけど、みんながやたらとお節介をしてきて鬱陶しいと思っているようだ。せっかく色々サービスが受けられるようになったのに、ディサービスも出かけるのが億劫だ、訪問入浴など必要ないとどれも嫌がるおばあちゃんに、まだ元気だけど、体調チェックの為に看護師さんの訪問だけは受けてもらいましょうと、訪問看護サービスだけは受けてもらう事になった。
家族からしたら、毎回毎回ご飯はどうしようと狼狽え、大丈夫、用意してあるからと宥め、お風呂に入っていないのに、自分では毎日入っているつもりだったり、同じ服をずっと着ていて着替えろというと怒るうちのおばあちゃんは、もう全然大丈夫じゃないから、言うこと聞いて家族の手伝いを素直に受け入れてほしい。外注出来るものは利用したいと思う。でも、それは私達家族の思うことで、本人は特に何も困っていないのだ。家族がフォローしている事に気づかず、自分はしっかりしていると思っている。やってもらったことを片っ端から忘れていくので、本人的には、誰にも世話になってないけど毎日なんとかなっている、まだ大丈夫というわけだ。一人暮らしだったら、とっくに破綻している。
だけど、おばあちゃんの言うこともわからないでもない。
1日3回ご飯をたべて、きちんと着替えて入浴し、部屋もそこそこ片付いて、シーツや下着も定期的に洗濯して清潔を保ち、それが出来なくなっている高齢者はヘルプが必要という事になるんだけど、じゃあ、それを若い人達みんなホントにやってますか?実際のところ、そんな事出来てない場合も多々あり、出来てないからあなたはダメです、助けてあげましょうと言われたら、誰だって、放っておいてと言いたくなるのではないか。風呂に入ろうが入るまいが、ワシの勝手じゃ。と言いたくなる気持ちもわからないではない。
お風呂にしても、同居家族が耐えられなくなるか、本人がたまにはお風呂にでも入ろうかと思うまで、放っておいても、もしかして差し障りないんじゃないだろうか。散らかった部屋が居心地良くて、コンビニ弁当で好きな時間に自由に食べたっていいし、風呂も時々でいい、あれこれ言われるよりも、気楽でいいという人だっているだろう。義母は元はキチンとした人だったけど、だらしないのが好きな人もいる。極端な話し、清く正しい健康的な毎日を、みんなが送らないといけないなんてことはない訳だ。
おばあちゃんは、よく寝ている。寝たきりで動けなくてベッドに寝ているのではなく、全然動けるのに自ら炬燵に潜り込んで寝ている。もう5月も終わるというのに、まだ暑くはないらしく、電気入ってない炬燵に半分埋まって寝ている。正しい介護生活では、起こして散歩したり会話したりして活性化した方がいいのかもしれない。だけど、起こして活性化してもしょうがない気もする。無茶苦茶眠い人に、寝るなと言って揺さぶり起こすより、そっと寝かせて置いてあげた方がいい気がする。それがたとえ、認知症を加速させてしまい、もしかしたら、寿命が縮んだとしてもだ。90歳越えと言うのが、体力的に精神的にどのくらいもう無理なのか無理でないのか、私には分からない。
私だったら、どうして欲しいかと想像すると考えると、やはり義母と同じように、もうほっておいてと言うんじゃないかと思う。好きなように昼寝させて欲しいし、そして、ご飯だけは美味しいのが食べたい。なので、もうおばあちゃんに対してもそれでいいかなと思っている。せめて夕飯は美味しいモノを作ろうと思う。残念なことに、おばあちゃんは、夜ご飯をうちのお嫁さんは作ってくれないので、自分で支度していると思っていて、他の人にもそのように言っておりますが。笑。そう言っていることを知った時はキレそうになったが、なにぶん本人はそう思い込んでいるのでしょうがない。認知症って不思議な病気だ。認知症というと、なにやらシリアスな感じになってしまうけど、まあ要するにボケているからしょうがない。切ないと思えば切ないが、なんか笑っちゃうと思えば笑える。この間は、訪問してくれた看護婦さんに、こちらの肩が凝っていますねと言われて、私は左利きだからねーともっともらしく言っていたが、右利きである。もう言っている事が殆ど出鱈目なのだ。もう笑うしかない。
初めのうちは、こちらも動揺して、主人や義姉と、またおばあちゃんがこんな変なこと言っていると眉を寄せ合って深刻に話していたが、今では、またこんな事言ってた、やれやれ、と報告しあい、まあしょうがないと笑ってすませるようになった。いいのか悪いのかわからないが、いちいち真剣に対応していたら身が持たない。
介護サービスを使える分めいっぱい利用するもよし、必要な分だけ利用するもよし、何が正解かはホントにわからない。ただ、私も夫も義姉も、これは近い将来の自分事でもあると思っており、正解はないとはいえ、複雑な心境だ。
