タイ北部の旅 – その2−1 (チェンライ・デイトリップ - その1 タイの天然温泉とカレン族の村)
心地よい朝
タイ旅行2日目の朝の目覚めはうるさいくらいの小鳥の囀りによってもたらされた。昔ここへ来た時もそうだった。チェンマイは自然豊かで、朝は本当に心地が良い。まっ、朝はね。
まずはカフェも兼ねたホテルのウェイティング・ルームで朝食を摂る。
この日は3つくらいの選択肢の中からお粥を注文した。ただ、お粥と言っても下味にチキンと思われる肉の味(おそらくスープ・ストックで)がほんのりと付いていた。まぁポークの可能性もあるが、信仰の理由からビーフは絶対に無い。それに加え、ハニーデュー・メロン、豆乳と何だか分からないタピオカっぽい一口スィーツ。西洋式のビュッフェも良いが、そればっかりだと正直飽きるので、この素朴だが落ち着くチョイスは本当に正解だったと思う。
僕はお粥を一口啜り、「こういうので良いんだよ」と呟きたくなった。
そして、食事も終わりインスタントのコーヒーを啜っていると、一人の中年女性がそこへ入って来た。
「ミスター・アズキ・スミス(実際は本名を呼んでいます)……」
「はい、僕です」
彼女は僕がこれから向かうチェンライへの旅のガイドだった。

この日の旅程
この日は某大手航空券 & ホテル予約サイトで、チェンライ行きのデイ・トリップを予約しておいた。そのガイド僕を迎えに来たのだ。
そして、このデイ・トリップで向かう先は以下の通り:
1)温泉(だが足湯のみ)
2)カレン族の村(観光客向け)
3)白の寺院
4)青の寺院
5)黒いミュージアム
6)ゴールデン・トラインアングル

こうして振り返ってみると、この日の後半はイロモノばっかりだ。
この投稿では(1)と(2)ついて書き、残りについては次の投稿で書く予定となっている。
旅行者をピック・アップ
ガイドは僕を2番目に拾ってくれたため、デイ・トリップの足として使用するミニバンには、既に二人が乗車していた。それからチェンマイの各ホテルを回って、ガイドは旅の参加者を拾っていく。
彼らの大半は、僕も含めて、英語のガイドで予約を入れていたようだが、一組だけ中国語でのガイドで予約していた。この旅の道中、かの女性ガイドは英語と中国語を器用に切り替えて行き先について案内していた。
僕は英語での会話はできるが、そのガイドのように器用に日本語と英語を切り替えることはできない。日本語だったら日本語、英語だったら英語と、喋りはじめたら一呼吸おかない(脳をリブートする)と切り替えることができないのだ。きっと言語の切り替えができるということは、ある種の才能と訓練の賜物なのだろう。
とは言うものの、その女性ガイドの英語は、アクセントとかなりくだけた文法のせいで、半分くらいしか理解することができなかった。
そんな事を考えていると、最後の参加者である一組の夫婦(ひょっとしたら恋人かもしれない)が乗って来た。そして、その夫がわはバンに乗るやいなや席の配置についてガイドと揉めはじめた。それを見かねたのか、前方に座るインド人(パキスタン人かもしれないけど見分けはつかない)と思しき青年が席を譲ろうと声をかけた。すると「お前には話していない!(I don't ask YOU) 」と揉めている男性がやや強い口調で反応した。
そこで僕は悟った。彼はアメリカ人だ。
もちろん英語を話す国は世界中にたくさんあるが、僕はこれまでアメリカ人の傲慢さを嫌というほど見てきた。かつて僕がアメリカの会社で働いていた時は、そんな連中と毎日やりとりしていたほどだ。今思うと本当にゾッとする。
だがせっかくの旅で、夫婦同士が離れて座るのはたしかに悲しい。結局、最初に声を掛けたインド人の青年が席を譲り、その場は丸く納まった。はじめからインド人の提案に耳を傾け、大人しくすれば早かったのに。
こうして、そのアメリカ人夫婦が僕のとなりに座った。
天然温泉
どこからチェンマイを出たのか分からないが、アメリカ人を拾ってから3、40分走ると最初の目的地の温泉に到着した。その入り口にはタイ語、英語と共に漢字で「天然温泉」と書かれている。まぁ井戸水を汲み上げて温めているんじゃないよと言っているのだろう。
また、そこまでは道のりは延々と山道をアップ・ダウンしていて、気分としては高速道のサービスエリアに立ち寄ったような感じだった。
それにしても、温泉なんて日本人の僕にとってはあまり珍しくない。温泉卵が売られているのも日本と同様だった。ここは正直なところ「ふーん」くらいの感想しか浮かばなかった。
それにお湯に浸かっている時間など無いので、足湯だけ楽しんでこの場を後にした。

カレン族の村
僕が子供の頃、フジテレビ系列で俳優で司会業の愛川欽也とフリーアナウンサーの楠田枝里子が司会の『なるほど!ザ・ワールド』というテレビ番組が放送されていた。この番組は1980年代、航空機による海外への渡航が急速に増えるなか、フジテレビのアナウンサーが世界の各地に行って、日本の常識は異なる世界をクイズ形式で紹介するという番組だった。
ある日、そのテレビ番組でタイの首長族が紹介されていた。それがカレン族だった(のだろう)。それを見た幼い僕は「僕もいつか会ってみたいなぁ」などと考えていた。
そのカレン族は首の長い女性が美しく、幼少時から矯正器具をつけて首を長くするという独自の文化を形成している。
カレン族の棲息地域はミャンマーとタイの境界にある山間部で、四方を海で囲まれている日本では考えられないことだが、種族の境界が国境が一致していない。これは残念なことではあるが、人間が部族の単位を超えてはるかい大きな国家という単位で存在する以上、どうしようもない。
しかし、実際の本格的なカレン族の村は、僕が訪れた場所よりもかなり山間部に位置しているので、簡単にはアクセスする事ができない。このチェンマイの郊外は、観光客向けの小規模な集落なのだ。

このチェンマイ郊外の小規模なカレン族の村には、派手な帽子を被った異なる部族も含まれているが(下記の写真の右端)、概ねカレン族の女性達で占められていた。プライバシーの観点から顔にはぼかしを入れているが、何か商品を購入したり、チップを払えば、一緒に写真を撮ることも可能である。
それにしてもここの女性は多くはとても美しい(もちろん全員ではない)。だが、美人ばかりを集めているのか、それとも元々美人の多い部族なのか僕には分からない。

この村のメインストリートは女性ばかりだったが、裏に回れば少ないながら男もいる。そんなところ、誰も見向きをしないけれどね……。

倫理的な観点からみたカレン族の村の存在
カレン族の村のように、少数部族を一ヶ所に囲って有料で観光客に紹介することに「これじゃぁ人間動物園だ」と思われる人がいるかもしれない。カレン族だって山間部に篭って、昔ながらの自給自足の生活を送るということも可能だっただろう。
しかし現代においては医療、教育、その他の消費文化から隔離して生きていくことはとても難しい。そうすると、カレン族と言えど何らかの形で貨幣を稼ぐ必要がある。
それでは、生活を営むための貨幣を稼ぐ方法としてカレン族が提供できるものは何だろう? それは彼らの独自の文化を紹介し、そこから観光収入を得ることしか手立ては無い。でもそれはカレン族に限らず、他の観光地で行っていることと何ら変わりは無いのだ。ならば、自分達の文化を世界中からやって来た観光客に紹介し、強かに生きる彼らは賢いのではないだろうか?
当然、この地を楽しむ観光客側にも、カレン族に対する尊厳の念は持たないとならない。そしてその為に僕ができることは、その地のルールに則ることと、正当な対価を払ったうえで可能な限り全力でその地を楽しむことだ。それは日本語では “郷に入りては郷に従え” ということであり、英語では “When in Rome, do as Romans' do” という格言に集約される。
今回、僕はお手軽な方法でカレン族に接したが、次に来る時はアクセスの大変なカレン族の村に行き、より自然な形で彼らの文化に接してみたいと思う。でもそれは何時になることになるのだろう?
次回予告
次の投稿ではチェンライで訪れた白、青、黒、ゴールデンについて報告する。
