果心居士ーローハン?
松永久秀、織田信長、豊臣秀吉、明智光秀といった綺羅星のような戰國スター達との逸話がある奇妙な人物を妄想しながら、台湾グルメのまがい物を作ってみた記録。

蕪 2個
油揚げ 1枚
葱 適量
八角 2欠片
醤油 大匙3
味醂 大匙2
水 大匙2
片栗粉 適量
筑後國(福岡県)に誕生したと言われる果心居士(かしんこじ)。ファンタジー系の物語に時々、登場。
大和國(奈良県)に上り、興福寺で僧侶として修行。しかし佛法よりも外法(げほう)にのめり込む。
外法とは何かというと、
果心居士が笹の葉を數枚、猿澤の池に投げ入れると、それらは忽ち魚になって泳ぎ出したという。
つまり魔術とか幻術の類い。
怪しげな術にばかり耽溺して、佛法を疎かにしていると言われて、ついに興福寺を破門。
居士というのは現代人の感覚だと戒名みたいに見えてしまいますが本來、在家で佛教の修行をする人のこと。
破門になって市井に出てから果心居士を名乗り始めたのではないか。

生活に困っていたのか商人に借金。のらりくらりと逃げていたが、或る日、道端で出くわす。
「今日こそはお金を返してもらいます」
がっちりと腕を掴まれたが、果心居士がちょっとそっぽを向いてから振り返ると顔が変化。
「これは人違いでした」
こうしてまんまと逃げおおせた。
芝居を見ようとやって來たら、ものすごい人で舞台が見えず。果心居士は顎を撫で始めたが、するすると顎が長く伸びて顔が変わっていく。
「芝居なんかより、こっちの方が面白い」と人が集まる。前方で場所取りしていた者達まで参集。
どさくさ紛れに果心居士は帽子で変装。ちゃっかりと前の席を取ってしまった。

大和國の支配者、松永久秀は評判の幻術師となった果心居士を城に招く。
「儂は今まで戰場に何度も出た。そのせいか怖いと思うことがなくなった。儂を怖がらせてみよ」
「わかりました。それでは万一の用心に刃物を遠ざけて人払いを」
その通りにすると、俄かに暗くなり、果心居士の姿は見えなくなり、すすり泣く女が出現。
「誰か」
数年前に亡くなった久秀の正妻。
靑くなった久秀、本当に怖がらされた。
都に上った果心居士は見事な地獄繪図を廣げて辻説法。人々から喜捨を得て生活。
評判を聞いた織田信長、
「その繪を献上せよ」
果心居士は對価として百両を要求。

信長は家臣に命じて、夜陰に紛れて果心居士暗殺。繪を奪った。
早速、繪図を廣げたら、まっちろ。
数日後、果心居士は何喰わぬ顔で繪図を廣げて辻説法。
再度、繪を要求する信長の使者に
「相應の對価を払えば、繪は渡しましょう」
ぐぬぬと思いながらも信長は百両支払う。すると奪い取っていた白紙に地獄繪図が浮かび上がった。
明智光秀に招かれた時、海が描かれた屏風を前にして幻術を見せてみよと命じられた。
筆を手にした果心居士は波間に船を描き足す。
屏風から水があふれ出して部屋は水浸し。
果心居士は繪の中の船に乗って繪の中に消えた。

もう一人、果心居士にしてやられたのは豊臣秀吉。
松永久秀同様、
「今や怖い者などない。そんな儂を怖がらせてみよ」
この時は人払いも要求せず、果心居士はまたもや女の姿に。
顔面蒼白の秀吉は震え上がる。
若氣の至りで昔、暴行の上、殺した女だった。
旧惡を家臣達の前で暴露された秀吉は怒り心頭。
「磔にせよ」
捉えられた果心居士だったが、磔柱に向かう途中で鼠に変身。空から飛んで来た鳶が鼠を咥えて飛び去った。

慶長十七年(1612)駿府城に現れた果心居士は德川家康と對面。
「幾つになった」
「八十八になりまする」
これから逆算すると生年は大永四年(1524)ということになる。
果心居士が使ったという外法とは催眠術とか奇術の類いではないか。
巧みに人の虚を突いたり、氣を逸らせて変装したり驚かせたり。
私は手品に詳しい訳ではないので、どういうトリックなのか解説は出來ませんが、何らかの手妻で人を驚かせる技術だったと考えると腑に落ちる。
そして果心居士とは何者だったのか?
恐らく忍者。それも伊賀者。
筑後出身というのも眞の出自を胡麻化すための虚言。
故郷である伊賀を蹂躙した信長、その麾下だった秀吉や光秀に痛棒を食らわせた。
松永久秀は大和の支配者であり、興福寺に隣接した東大寺の大佛殿を焼いた人物。
所縁あった大和で争乱を起こした久秀にも恐怖を味わわせた。

ご飯の上に蕪と油揚げを乗せてタレと葱。
見た目だけはジーローハン?
蒸した蕪が柔らかく、蕪から出た水分や旨味は油揚げが吸収。
濃い味のタレが淡白な蕪に合う。葱がさっぱり感。八角を入れると一氣に中華風味。
蕪にはカリウムやビタミンCやKが含まれる。油揚げからたんぱく質が頂ける。
德川家康のみは怖がらされることがなかったのは、家康の家臣には伊賀忍者の頭領、服部半蔵がいたから。つまり果心居士は家康に仕えていた。
家康が年齢を尋ねたのは長年、陰働きをしてくれた果心居士を労ったと考えられる。
家康の意を受けて、信長や秀吉、光秀らの動向を探り、時には驚かせてやった。果心居士とはそうした存在でなかったか。
実は私、ジーローハンなる物を食べたことなし。私が住むド田舎に台湾料理の店などあろう筈なし。
ということでネット上の画像と内容から鶏肉ではなく蕪で何となくそれっぽく見える物を作ってみた次第。
これも果心居士の幻術で本物に変えられないかなあと妄想しながら、果心居士ーローハンをご馳走様でした。
