木曜1200#2:あの怪談を憶えているのは、もう私だけ
(毎週木曜日、1200字で #2)
三人が話したはずなのに、誰も結末を覚えていない。
語り手だけがうっすら記憶している、奇妙なエレベーター怪談。
いまも私は、この話の元ネタを探し続けています。
宮司と言う仕事の「聖」と「俗」
神社の宮司というもの、日々「聖」と「俗」の間を目まぐるしく動き回っているともいえる。
「聖」はいうまでもなく御祭神、祭事などに関わること。その一方、神社だって「俗」世間の中にあるから、世俗の論理を重んじなければならない場面も出てくる。
物事を合理的に考えられないと、この現代社会で神職はつとまらない。
だが私はこれまでに、いまだに理解不能な経験をいくつかしてきている。今日はそのうちのひとつを話すことにしよう。
思い出せない怪談のはじまり
学生時代、私のアパートの部屋に友人A、Bがきた。くだらない話が際限もなくつづき、夜も更けてきてそろそろ声のトーンを落とそうかとなった頃。
Aが私に尋ねた。
「そういえば、この前話してくれた怪談。マンションのエレベーターの話、あれってどんな話だっけ? 怖かったけど、どうしても思い出せなくて」
だが、私にはそんな話をした記憶がない。そう伝えると、Aは私から確かに聞いたと、かたくなに否定する。そのうえ、
「上の階に人を運んでるんじゃない、ただ下の階を増やしている」というフレーズが怖かったと。
するとBが割って入った。Bはその話をAから聞いたという。
そして――Bの発言で私は気づいてしまった。そのエレベーターの話とやら、私はBから聞いたのではなかったか。うっすらとそんな記憶がある。
三人で思い出した「断片だけの怪談」
そう打ち明けた結果、三人で話の内容をすりあわせてみよう、ということになった。
深夜、ある女性が仕事から帰り、自宅のあるマンションのエレベーターに乗る。
自分の部屋のある階に着いて扉が開いたところ、そこは真暗で、床一面に段ボールが敷き詰められていた。
そのひとつひとつに、マジックで書きなぐったような数字があり、手前には「-3」と書かれているのがボンヤリ見える。
不気味に感じた彼女は、扉が閉じるボタンを連打した。
すると、手前の段ボールがわずかに盛りあがり、そこから男のものらしい深い溜息の音。そして「面倒くさいなあ」という声がした……。
――と、そこまでである。起承転結の「承」の入口あたりまでしか、みな憶えていないのだ。
思い出せない部分は「忘れるべき」ものなのか
「もう……止めよう」と言い出したのは、Aだったか、Bだったか。私かもしれない。
思い出してはいけない内容が含まれている、そうに違いない。だれも思い出せず、だれが最初に話したのかも今、不明なのはそういうこと、なのだ――と。
いまも探し続けている怪談
それ以降、今に至るまで、私はこのエレベーターの話を探している。
ふと思い出したとき、ほかの怪談に触れたときなど、ちょっと注意深く探してみるのだ。
同じ話はないか。元ネタとなった話があるのではないか、と。
だが、いまだに見つかっていない。
Aはその後、実家に帰って漁師になった。Bは千葉の予備校で教室長をしている。
そしてふたりともこの夜のことさえ、今はまったく忘れている。知っているのは私だけとなってしまった。
次回予告 11月20日㈭
『吉行エイスケを探し歩いた、あの秋の憂愁』
卒論のテーマに選んだ作家。その著作を一冊も持っていなかった――
努力嫌いの私が東京中をさまよい、ある図書館で偶然救われた話です。
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