女子になった俺に、犬と狼が懐いてくるんだが。⑥
前回はこちら!
都会の良くないところは、地味に坂道が多いところだ。
そして良いところは、電車のダイヤが短いところだ。
難点は、どの電車に乗れば間に合うのか、又は間に合わないのかが、簡単に予測できてしまうところだが、逃げるように家を飛び出てきた俺の足は、まるでターボでもついているんじゃないかと思うくらい、軽やかに回る。
ここまで死に物狂いで自転車を漕いだり、とんでもない形相で走り去っていく女子高生など、俺以外にいないだろう。
少なくとも、生まれてこの方見たことがない。
この鬱陶しい前髪も、本来なら綺麗にセットされているのであろうが、今やバラバラと乱れ、霰もない状態になってしまっている。
少しモヤっとするが、そんなことは知ったことではない。
だって男だから。中身が。
学校の校門に着き、見回してみると、ぽつりぽつりと生徒たちが、特に急ぎもせずに、スマホ片手に門を通っていく。
「よしっ!」
小さく喜びの声を上げ、軽くガッツポーズをする。
どうやら間に合ったみたいだ。
スマホの時計を見てみると、時刻は8時10分。
ギリギリだが、多少遅れたとて、なんとか言い訳ができる範囲内だろう。
というか、他の奴らもっと焦れよ!
何をトボトボ歩いてんだ!
お前らもっと走れ!
こんなんじゃ、あちこちにへばりつく髪を、振り乱しながら走ってきた俺がバカみたいじゃないか!
恥ずかしいので、走る速度を緩め、歩きながら息を整える。
スクールバッグからいつも愛用しているのであろう、少し年季の入った櫛を取り出すと、ボサボサになってしまった髪が、少しでもマシに見えるよう、頑張って整えた。
その一連の動作に、またもや苛立ちを感じ、少し立ち止まってから櫛を眺め、嫌気が刺したかのように目を細めると、ため息をつきながら櫛をスクールバッグに戻す。
まぁ、もう考えるのはよそう。
キリがなさそうだ。
仮にも体裁的には女子なのだし、条件反射で違和感なくこれらが出るのなら、ありがたいことだと思っておくとしよう。
しかし、あれだな。
馴染みのない学校に入るのって緊張しない?
昔、高校で別れてしまった、中学時代の友達の学園祭にお邪魔した時があったけど、あの時の気まずい感覚に似ている。
本当に入ってもいいんですか?
そんなふうに思えてきてしまう。
もし呼び止められたら、このブレザーの内ポケットに収まっている生徒手帳を、印籠のように出せばいい。
この生徒手帳が目に入らぬか!とね。
「あ、悠香ちゃん!おはよ!」
「ひぁっ!?」
急に話しかけるなよ!ビックリするから!
そんな憤りをおくびにも出さないように、最新の注意を払って、なるべく笑顔で振り返る。
「おはよー。」
なんて返したらいいかわからん。
女子ってどんな会話してるんだ?
てか、この子誰だ。
「なんか今日、悠香ちゃん反応面白いね!」
「そっちがビックリさせるからでしょ?まったく。」
「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくて〜。」
恐らく、友達なのであろう目の前の女の子は、小柄で可愛らしい子だった。
少し明るい茶色い髪の毛が、ゆるりとウェーブを描いていて、丸くて大きい、二重瞼の印象的な目には、天然で長いのであろう睫毛が、主張は激しくなく綺麗に生えている。
クソ、羨ましい。
じゃなかった。
いや違うんだ、今のは忘れてくれ。
「ところで、皆んなのんびりしすぎじゃない?遅刻ギリギリだと思うけど。」
「悠香ちゃんいつも早いもんね〜。私も見習わなくちゃ!」
「えっと、始業時間8時15分からじゃなかったっけ?」
そんなふうに尋ねると、目の前の子は不思議そうに首を傾げる。
「ちょうど去年、始業時間が遅くなったはずだよ?なんか、生徒の平均睡眠時間が少なかったとかなんとかで、…よく覚えてないけど、とにかく今の始業時間は8時30分だよ!あ〜悠香ちゃん、まだ寝ぼけてるでしょ〜?」
挑発的に上目遣いで覗き込まれ、居心地の悪さにドギマギする。
というか、あの詐欺ホームページめ!
更新怠ってるな?
きっと担当者はちゃらんぽらんに違いない。
エンジニアとして……元か?それとも未来か?
どっちでもいいけど、許せん。
「そういえば、確かそうだったよね〜。まだ頭が起きてなかったみたい。」
バツの悪い笑みを添えて答えると、目の前の子は、ふふんと得意げに胸を張った。
一々仕草が可愛いなこの子。
「悠香ちゃん、いつもしっかりさんだからね。レアなところ見ちゃった!」
なんとなくコミュニケーションを交わしてみるものの、相手の名前がわからないまま接していることに罪悪感が湧いてくる。
一体この子が誰で、自分がなんて呼んでいたのか、どうやって探ろうか。
そんなふうに悩みながら、二人で並んで校門を通り抜け、他愛もない会話をヒヤヒヤとこなしながら、しばらく歩いていると、コロコロと目の前にサッカーボールが、力無く転がってきた。
何気なくトラップし、最後にサッカーやったのっていつだったかな、と想いにふける。
そういえば、高校生の時くらいだったよな、恐らく。
そんなふうに、ボールを持ったまま立ち止まっていると、遠くの方で、茶髪パーマの男子生徒がこちらに手を振っているのが見えた。
「おーい!こっちこっち!!」
朝練のサッカー部だろうか?
朝練、俺もあったなぁ。
授業前からヘトヘトで、何かとブー垂れていた俺とは対照的に、手を振っている男子は、疲れた様子もなく、にこやかに手を振り続けている。
「あ!乾くんだ!おはよー!」
隣で……とりあえずA子ちゃんとしておくか。
A子ちゃんは、晴れやかな笑顔で、同じく手を振りながら乾くんとやらに挨拶をしている。
とりあえず、ボール返して欲しそうだし、蹴り返してやるか。
そう考えると、俺はボールを前へ少し押し出し、自分とボールのスペースを空けてから、助走をつけ、勢いよく乾くんへ蹴り返した。
すると、ボールは鋭い放物線を描きながら、乾くんの足元へジャストで吸い込まれていく。
トラップを難なくこなした乾くんは、ポカンとした様子でこちらを見ていた。
よし、と小さくガッツポーズを決めると、隣でA子ちゃんが、はしゃいだ様子で手をパチパチと叩きながら声をかけてくる。
「え!すごい悠香ちゃん!かっこいいね!」
でしょ?
今度は俺が、ふふんと胸を張る番だった。
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