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見えない心の痛みを非難する資格が誰にあるのだろう

金曜日、腹痛が収まらない。微熱と頭痛。立ち上がると立暗みで尻もちをつく。これは外には出られない。かと言って休めない会議もあるから、休暇は取れない。急遽、在宅勤務に変更した。
在宅勤務の変更を頼むのは、3年間で初めてのことだった。周りは、顎関節症、ぎっくり腰、風邪で頻繁に変更している。私は熱が38度の時も出社した。それでも疑われた。「それくらい我慢しろ。」「サボり。」と。
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症状が変わったのは翌週の水曜日。鼻水と咳が止まらない。1日1回の薬を3回飲んでも症状は乗り越えてくる。ここで周りが気づく。耐えられない状況だろう。本当に風邪だったんだと。
「月曜日の様子を見たら風邪じゃないと思ったんだけど、ぶり返したの?」
「症状が腹痛、頭痛から鼻水、咳に変遷したんです。ずっと辛いです。」
声が途切れ途切れになる。
「痩せた?」
「はい。」
喉がガラガラで絞り出すように二文字を言った。
「お大事に。」
きっと誰もが風邪を引いたことがあるだろう。そして誰もが頭痛と腹痛の苦しみを分かっているだろう。見えないのは、見せない心配りをしていることくらい分かるだろう。しかし、見えない症状はないものと決めつけてかかる。だから風邪だとしてもそれくらい我慢しろとなる。人の頭脳は一体どうなっているのか。
私は、周りの人々に、君も風邪を引いたことあるよね?分かるよね?と心の中で唱えた。
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私は、ロースクール時代に、トイレでの盗撮やスカートめくり、ハグといった過度なボディータッチ等によるセクハラをされ、逃げても拒否してもつきまとわれた。時には真夜中、家まで。
セクハラを辞めるように訴えた後、始まったのは誹謗中傷だった。受任しろと言わんばかりに、罵倒とセクハラが過激さを増した。10年経つが、未だに人に触れられると悪寒が走る。満員電車は人に触れるから避けてるし、場合によってはバスや徒歩を使う。
腕を組もうとしてくる女友達や同僚には、
「汗かいてるから、近寄らない方が良いよ。」
というし、婚活でボディータッチしてきた男性には即お断りをする。

彼らには見えない心の痛みを話す必要はない。だけど痛みはある。それは風邪の腹痛の症状と同じ。
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彼らにはない心の痛みを分かってもらいたい。と私は思ったことがない。誰かと共感を求めるものではないからだ。
だけど、そこに触らないで欲しいと願う。正確には、汚損しないでください。と思う。何も知らないくせに、「なかった。」「それくらい。」「我慢しろ。」「そして俺にも触らせろ。」これくらい良いだろうと立証するかのようにスカートに手を入れてきた先輩。
セクハラを訴えたことに対する見知らぬ同校の人々からの誹謗中傷。私と交流のない相手からの罵倒とセクハラの言葉を何億回聞いただろう。まるで私の被害を取り下げろと言わんばかりに、勉強中に後ろから抱きしめて、耳を舐めてくる同期。強烈だった。

そして、二次被害を見知らぬ日本中の人々から受けてしまう。痛む心はどれほどだろうか。
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勿論、トラウマがあるのなら夫婦役を引き受けるなとの見解に乗せた容姿への誹謗中傷も一利ある。しかしそれは個人の価値観として一利あるというだけで、表現活動として外に出たのなら、ただの侮辱罪の構成要件に該当する行為。トラウマを抱えた人間が、仕事をどうセーブするかはその人自由で、周りは意思を尊重する他ない。
人の意思を支配できるのは、法であって、あなたの価値観ではない。法の支配を離れて、誹謗中傷で他人を支配しようとすれば、法治国家においては当然のことながら、刑法上の法的構成要件に該当し、証言の信憑性を調査すらしていない一般Peopleは違法性を阻却できない。よって、処罰される。
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誹謗中傷に熱心になっている方にはぜひともそれを刑務所内で繰り広げていただければと思う。沢山時間があるだろうから。
人のトラウマを、虎の首を掴んだかのように高々と公共の場で暴露した、被害者ぶった加害者には、出過ぎた主張につき、しっかり名誉毀損罪で処断いたたきたい。
日本は、世界屈指の法治国家なのだから。
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そして、何よりターゲットとなった美しき才能のある女優さんが、前を向けるように、深く願っている。

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