可愛く見える内にあるもの〜中身は恐ろしい
和紙に描かれた細やかな線は桜になる。精密に計算されたデッサン。便箋の中から春が訪れた様だ。
振り返る女性の姿。長い髪、簪にスカート。淡い色で描かれてはいるが、少しキツメの目つき。凛としたふるまいに見える。
当時、画期的と言われた竹下夢二の絵。大正後半から明治初期の時代に色とりどりの花が咲いた様に、元気が湧き上がる。袴姿の女性は、今にもかけっこでもしそうだ。モダン。私は絵の中の彼女たちを私は可愛いと思った。
美術館を出た後に、柔らかい塊が湧き出て、スッキリと晴れ晴れした心持ちにになれた。沢山の女性や便箋のデザインが夜中まで脳裏に絵が浮かんだ。
素敵だった。
しかし、この時代、軍事クーデター、シベリア出征、第一世界大戦で日本は他国を攻めている。その状況は、今、戦時中の某国と何が違うのだろうか。恋人や息子たちを送り出す女性。だが、袴を着てモダンな格好の彼女たちを見ると、人によっては人殺しに加担している者であることを感じさせない。平和な日常をおしゃれに生きる普通の人に見えてしまう。
もっとも時代が戦争に向いていたと言えばそこまでかもしれない。だが、時代を理由に、人殺しに加担している人たちが、時代の先端をいく可愛い人に見えるのが、総毛立つ。
⋯⋯⋯⋯
話はそれる。
クリクリの目に、小じわがいくつも寄った笑顔。人の話に耳を傾け、相槌を入れる。私は彼を普通のいい人と思っていた。
だが、本性は人の話しを横取りし、自分の発言にすり替える。地位を手放したくないから、土日にこっそりと他人の仕事を自分がやったように、メールで送る。
彼にぴったりな言葉は、良い人ではなかった。
笑顔で答える彼は、働かずして地位を築いていた。見た目は普通の人だった。
⋯⋯⋯⋯
話は戻る。勿論、竹下夢二の芸術は素晴らしく、美しい。
ただモチーフとなった素晴らしく美しいものの背後を思うと、人間の底知れぬ闇に、ただ身震いした。
見える美しさを追求し、儚い若さに、瑞々しい色で彩り、百年以上も人を魅力し続ける芸術。天晴な緻密な計算と、精巧な設計。人の心に、春の麗らかな香りをもたらす。
だが、戦火が燃える昨今の報道の中にいると、そのモチーフの内を思わずにはいられない。
人の内にある、戦争を許せない熱がない女性たち。美しく色づいていてもそれは、幻想かもしれない。
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