全然勉強しなかったけれど、それでも大学に行ってよかったこと
最所あさみさんのnoteを長年読んでいる。あらゆるジャンルの本を引用しながら消費や文化について独自の視点から書かれていて、とても読み応えがある。
最近ニュースレターを始められたので、すぐに登録してみた。
毎日5000文字近くのレターが送られてくるのだけど、熱量の高さと視点の面白さでいくらでも読めてしまう。こんなふうに世界が見えたら、これだけの文章が書けたらどんなに楽しいんだろうと羨ましくなる。
とあるニュースレターが刺さったのでそれについて書いてみる。
端的に言うと、「大学生になった瞬間に勉強しなくなる」「その先の学び方が身についていない」という話。
本の中にも書かれていましたが、日本は高校までの教育は本当に優秀で世界的に見ても学生の知的レベルは高い。なのに大学生になった瞬間に勉強しなくなり、自分で問いを立てて調べて研究した結果を論文に書くという方向の知的レベルが伸びていない。
そして大学でこの知的訓練を受けていないからこそ、大人になってからも学び方が高校レベルで止まっているのではないかと思います。講座に行ってただ話をふんふん聞くだけで満足してしまう。自ら問いを立て、疑問をぶつけ、自分なりに考えたことをアウトプットするところまでいってやっと大人の学びになるんじゃないかと私は思います。質問したいことすら浮かばないくらいの解像度や理解度なら、まず自分なりに問いや仮説を立てられるまでまず自分で勉強した方がいい。「勉強した気になる」が一番危ないと思うので。
先進国としての知的資本の向上のさせ方をインストールする、というのがこれからの日本の大きな課題になっていくのではと、この本を読んで改めて思いました。
わたし自身がまさに「大学に行った途端に勉強しなくなった」人間なので、耳の痛い話だった。
「三国志と水滸伝が大好きだから、大学に行ったら中国文学の研究をしたい!」という夢はどこへやら、もうひとつの夢だった「学生オーケストラに入ってバイオリンを弾く!」方だけに入り浸って勉強は完全にそっちのけだった。
ただ、卒業論文だけはがんばった。専門は東洋史だけど、英語が好きで、イギリスという国も好き。それをなんとか絡められないかと思って19世紀の福建省とイギリスの紅茶貿易をテーマに決めた。
不真面目な学生だったのでまったくのアウェーだった東洋史の資料室(院生のたまり場)にそーっと入り、当時の福建省に駐在していたイギリス人外交官の文書を紐解く。目ぼしいページを何十枚もコピーして、自宅に持ち帰る。中国語は読めなかったが、中国の論文も読む必要があったのでなんとか気合いで読んだ。
「ああきつい」「むり」「やばい」。半年近くそんな感情に苛まれながらなんとか2万文字書き上げた。
グラフが無くて不親切だったり、ページ数が書かれてなかったり(やばすぎ)もしたが、なんとか教授たちの講評を経て無事に卒業できた。(「導入が小説みたいだね」と言ってもらえて嬉しかった。褒めてくれてるっぽかった)
まったく勉強しない学生生活だったけど、卒業論文のおかげで「大学以降の学び」を辛うじていったん体験はできた。
そして思ったのは、「学問、全然わからん」ということ。
半年間、あれだけの資料を探して、調べて、読んで、考えたのに、わかったのはほんの1つの地域、1つの産業のせいぜい数十年の衰勢だけ。
それだって、深堀りしようとすればいくらでもできる。切り取り方も無限にある。茶農家の実態、茶産業が栄えた背景、イギリス側の戦略などなど…
「学問、マジで果てしない!!」
そう実感して、卒業した。
全然勉強しなかったけれど、「学問、全然わからん」と身を持って思い知れただけでも大学に行ってよかったと思う。
おかげでなにかをすぐにわかった気にはならないし、何事もまずは「本当にそうなの?根拠は?出典は?」とまずは疑うようになった。
特に歴史に関しては一つの事実に対して複数の解釈があって当たり前だし、そもそもその「事実」はどの史料から来ているの?と考えられるようにもなった。
そのうえで、やっぱりもっといいものを書きたい。最所あさみさんのように、ひとつのテーマについて深く学び、日々生きる中で出会った風景や人々と絡めながら、独自の視点から、ユーモアも交えながら読み応えのある、面白い文章を書いてみたい。
そのためにはまずたくさん本を読むこと。読んで、考えて、書いてみること。田舎暮らしや農業、新規就農、子育てあたりがわたしのいまの人生で、そことうまく絡めながら考えを深めて、アウトプットをしてみたい。していきたい。
子育てに忙しくて時間が限られてはいるが、まずはそんな矢印を自分の中に持っておく。暇さえあれば本を読んでみる。
それがどう実を結ぶかはわからないが、その道を歩きはじめてみる。そんな気持ちを自覚できたニュースレターだった。
