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䞭囜のおっさんず京郜の店長ず癜い髪食り

倧孊時代は京郜の町䞭華の店でアルバむトをしおいた。
70歳の店長ず、その奥様ず、店長の息子出切り盛りする町䞭華。い぀だっお倧人気で、カりンタヌの垭はい぀も満垭でお持ち垰りの列も長蛇の列。町の人ず、そこで働く人を支える地域密着型のお店だった。
 ある日、友人に台湟旅行に誘われお旅行費を皌ぐためにバむトを探しおいた私はこの町䞭華のお店の前を通りかかり、おなかもすいおいたのでなんずなくのれんをくぐり、酢豚定食を泚文した。出おきた酢豚を食べながらがんやりず壁に貌っおいる異論ポスタヌを眺めおいるず、
「至急アルバむト募集䞭たかない぀き」
ずいう達筆な手曞きの匵り玙が目に入った。
 レゞでお䌚蚈の時に、
「すみたせん、あれっおただ募集しおるんですか」
ず貌り玙を指さすず、銀瞁のめがねをかけお、癜い䞭華調理服に癜い料理垜子をかぶった店長は、
「貌っおあるわけやからそりゃ募集䞭や。働いおくれるの」
ず、にかっず笑った。
そしおその堎で面接の日皋が決たった。
それでその二日埌開店前のお店にでかけた。
面接はかしこたったものじゃなくお雑談みたいなものでその堎で採甚になった。
「ほな、今日少しだけ働いおみよか」
ず、蚀われおバックダヌドに案内されお、店長から゚プロンず䞭華垜子ず長靎を枡されお。
蚀われたずおりに身に぀けおお店の厚房に入りその日は3時間ほどひたすら皿を掗い、掗い堎の進め方やお店のどこに䜕があるかを教えおもらった。
 その日から、私は結局倧孊生掻幎間、留孊に行った1幎間を陀いお4幎間ずヌっずそのお店で働かせおもらった。店を営むご倫婊ず息子さんにはいたく可愛がっおくれお、留孊のために1幎間バむトを䌑むこずになった私のこずも快く送り出しおくれた。

2018幎12月。
䞀幎の䞭囜留孊を終えた私は、倜着の飛行機で垰囜しお、次の日の開店時間ず同時にお店に駆け蟌んで「店長」ず叫ぶず、
奥のスペヌスから䞭華垜をかぶった癜い料理着姿の店長が
「あらたあ蒌子ちゃんお垰りなさい」
ず顔をくしゃくしゃにしお笑った。
「今日は、たた働かせおいただきたくお願いに来たした。」
ずいうず、
「あらヌ。そうなのどうしようかなあ」
ず茶化す店長を぀぀きながら、奥から出おきた奥さんが私の名札ず゚プロンず長靎を持っおきお、
「みんな垰っおくるのを埅っおたのよヌ。い぀から入れるの」
ず蚀っおくれた。
息子さんずシフトの盞談を始める私の暪で店長は少し考えお突然いたずらを思い぀いた子䟛のような顔になっお、
「そヌやセンセむやセンセむに連絡せんず」
ず叫ぶように蚀っお倖ぞ飛び出しおいった。
結局その日センセむずいう人物ずは連絡が぀かなかったらしく、しょんがりず店長は垰っおきお。でもすぐにころりず気持ちを切り替えおシフト管理係の息子さんに
「蒌子ちゃんは次い぀働きにくるの」
ず聞いおいた。
センセむ。それっお誰のこずだろうず思った。
だっお私は倧䜓の垞連さんの顔も名前も呌び名も把握しおいたのにセンセむなんお存圚は聞いたこずがなかった。
その次の日私は1幎ぶりのバむトに出かけるこずになった。
その日1幎ぶりのバむトでおんおこ舞いになっおいる間に1人のお客さんがカりンタヌににこにこ笑っお座っおいた。倧仏さんのような顔をしたその男の人は、なんだかひどくワクワクした顔をしおいた。倧急ぎでお氎を持っお行き、
「ご泚文はお決たりでしょうか」
ず、問いかけた私にその人はひどく困った顔をした。
「あ、蒌子ちゃん。その人䜠奜(にヌはお)しかわからぞんよ」
ずなぜか店長が教えおくれる。
「ごめんなさい、このお店は䞭囜語のメニュヌがないのですが、どんなものが食べたいですか」
ず䞭囜語で聞いおみるず、その人は写真付きのメニュヌからニラ玉を指さしながら、
「ここの店い぀もご飯が倚すぎるからい぀もの半分にしおくれっおお願いしおほしい。」
ず䞭囜語でお願いをしおきたので
「店長、ニラ玉定食でご飯は半分ですっお。店長がよそうご飯がい぀も倚すぎるっお蚀っおたすよ」
ず蚀うず、
「なあなあセンセむどうやうちの蒌子ちゃん。いたのおうおる」
ず店長はその人のずころに走っおいっお目をキラキラさせお質問した。事態が読めない私に、その人は少し申し蚳なさそうに笑いながら蚛りひず぀ない流暢な日本語で
「こんにちは。゜りです。店長が䞭囜語が話せる日本人の女の子がバむトしおるっおい぀も私に自慢しおお、あなたず䞭囜語で話しおほしいっおお願いされたんですよ。」
ず気たずそうなその人ず、いたずらが成功した子䟛のようにケラケラ笑っおる店長ずのテンションの差になんだか和んでしたっお私も笑っおしたった。
「それにしおも、よく勉匷したしたね。発音は正確さに欠いおいたすが、倧䞈倫です。完党に分かりたしたよ」
ず、率盎に感想をぶ぀けおくれた。
話を聞くにその人は、京郜の某倧孊に1幎間研究員ずしお広東省の倧孊から掟遣されおきおいる准教授ずのこずで、ひょんなこずから店長の持っおるアパヌトに䞋宿するこずになったらしい。
1960幎代に店を開いた店長は、それ以来高床経枈成長期の日本の䌁業戊士や劎働者たちを支えに支えおほが無䌑で働き、そのお金で店からほど近いずころに孊生甚のアパヌトを建おお、昔は物件を芋぀けるのが難しかった倖囜人の孊生や実習生に積極的に郚屋を貞し出すずいうこずを行っおいた。そしお珟圚もそれを続けおいる本圓に玠晎ら人だった。かねおから、日本の平均的な䞋町で珟地の人ず関わりながら暮らしおみたいず思っおいたセンセむにはこの物件はうっお぀けで、少し幎季の入った孊生アパヌトを1幎間の日本滞圚での䜏凊に決めたらしい。
センセむの出向先の倧孊が自分の倧孊だったこずから、その日私ずセンセむは連絡先を亀換しお、暇になるずセンセむの研究宀に遊びにいったり、開店前店のカりンタヌで䞋拵えをする店長を暪目にセンセむの論文のネむティブチェックを行ったりした。2019幎の倏たでの任期の先生ず私ず店長はほが毎日䌚っおいたし、倏䌑みの繁忙期にはセンセむも店長に皿掗いに駆り出されお店内を駆けずり回っおいた。
「䞭囜の自分の孊生が日本でバむトする話を聞いおずヌっず矚たしかったんですよ。たさかこの歳で叶うなんおね」
ず笑いながら、めちゃくちゃ忙しかった倏の日の閉店埌に店長からもらった葡萄を店内に広げお食べながらセンセむはおかしそうに笑った。
「先生は日本に留孊しおた時バむトずかしおなかったんですか」
「留孊そんなものしたこずないですよ。私は広東省にある広州の倖囜語倧孊で日本語を勉匷したあず、ずヌっず広州で日系䌁業で働くずころから始めお通蚳者になっお働きながら倧孊院に行っお今の倧孊で教職っお仕事にたたたた぀けただけなんです。だから、今回の日本の倧孊ぞの出向の話が決たったずきは本圓にうれしかったんですよ。」
ず、目を现めおいた。圓時40代も䞭盀だったセンセむにずっおは日本での今回の滞圚は初めおの完党独り暮らし。初めおの自由な生掻だったのだ。センセむはい぀も店長や私ずいろんな話をしたがったし、店長の叀兞萜語に出おくるようなきれいな䞊方匁を興味接々でメモしたり、質問したりしおいた。
「店長の倧阪匁はアニメやドラマずはもちろん違うし、広州にいる関西人の関西匁ずも党然違いたすね」
「圓たり前や。倧阪の人やら兵庫の人の話さはる蚀葉ず䞀緒にされたらかなわんわあ。
私は生たれも育ちも京郜ですぅ」
ず、たんたず京郜人の地雷を螏みぬいお店長にこれたた聞き取りにくい京郜匁で投げ返されおいるセンセむをみお倧笑いした。
センセむのいる毎日は楜しかった。
い぀も論文執筆の合間にご飯を食べにくる先生に、
「たたニラ玉かいな。うちの店ぎょヌさん他にメニュヌあるんに」
ず、店長は蚀うけど、先生はい぀もい぀もニラ玉を食べおいた。倧量のニラず玉ねぎず卵を店長しか補造方法を知らないずいう調味料で炒めるニラ玉はめちゃくちゃ矎味しかった。やさしくお毎日食べられる味で、お店でも人気のメニュヌだった。

50幎近く厚房に立ち続けカりンタヌ越しに䞖界を芋぀める店長は、自分の䞭にしっかりずした栞ず䞖界芳を持っおいた。
だから店長の蚀葉は特有の力を持っおいお私はこの店長からいろんな圱響を受けた。い぀もお店が暇になる16時頃の時間垯には静かな店の奥で新聞を広げお隅から隅たで目を通しおいた。そしお、バむトに来た私に
「蒌子ちゃん。今日こないなこずあっおんでヌ」
ずその䞭でも自分が面癜いず思ったこずやびっくりしたこずを話しおくれた。 
そしおそれはセンセむに察しおでも同じで、センセむもたた店長の話には興味接々で新聞の蚘事を頌んで切り取らせおもらったり持ち垰ったりそんなこずをしおいた。
あっずいう間に時間は過ぎ去り、センセむは垰囜の日を迎えた。垰囜が近くなるに぀れ店長が寂しそうに
「論文曞き終わらんかったら垰らんでええんず違うか」
などず子䟛っぜいこずを蚀い、センセむは困った顔をした。
それでも最埌の日はやっおきお。
9月のある日、センセむは借りおいた郚屋の鍵を店長に枡しお関西囜際空枯から広州ぞず垰っおいった。最埌にお店にあいさ぀に来お倧きなスヌツケヌスを抱えた先生が乗り蟌んだ車が芋えなくなるたでい぀たでもい぀たでも店長は長靎のたた店先に立ち尜くしお埮動だにせず芋぀めおいた。

センセむが京郜を去ったあずもい぀も店長ずセンセむの話をした。
広州からきれいな広東の倜景を切り取った絵葉曞も届いた。
はがきの裏にはびっしりず「ぜひ広州にきおほしい」ずいうセンセむの思いが曞き蟌たれおいた。店長はその絵ハガキをお店に食っお、時々黙っお芋぀めおいた。
そしおある日、バむトが終わっお賄いを食べおいた私の目の前に、ドン、ずいきなり2人前の逃子を出しおきお
「なあ、蒌子ちゃん。センセむに䌚いに行かぞんか」
ず芚悟を決めたように蚀っおきた。毎週月曜日定䌑日。店長は䞀週間に䞀回しか䌑めない。
そんな店長が連䌑を取るのは1幎間に盆ず正月だけである。
カレンダヌは11月。
店長はお正月䌑みに䞭囜にいるセンセむに䌚いに行きたいのだずわかった。圓時すでに70を超えおいた店長にずっおそれはすごく勇気が必芁な決断だったに違いなくお、それほどたでに店長はセンセむに䌚いたかったのだ。

私ず店長はその幎末12月30日関西囜際空枯から䞭囜に向けお飛び立った。店長にずっおは30幎ぶりの䞭囜だった。
空枯からの移動はセンセむが手配しおくれおいたタクシヌに乗るこずになっおいた。
ギラギラず光るビル矀に圧倒されながら、窓に匵り付くように倖を芋おいる店長は、あれはなんだこれはなんだず私に質問を投げ぀け続けた。そしお、䞍意に車が止たり
「぀きたしたよ」ずぶっきらがうに蚀われた。
荷物を持っお車から降りようずするず、
遠くから、子䟛を抱いおものすごい勢いで走っおくる人がいた。
「店長店長」
センセむの声だった。
28床の暑い暑い12月の広州で、コヌトを着お車を降りた私ず店長。センセむは近くたで来るず、抱いおいた子䟛を䞋ろしお、店長の手を取り力匷い握手をした。
「店長店長ようこそ広州ぞ本圓に来おくれたしたね。うれしいです」
「センセむ本圓に来ちゃったよ。ほんたに遠かったわあ。」
ず店長は照れ隠しをするようにそんなこずを蚀いながら笑った。
「センセむに持っおきたものがあるんよ」
そういうず店長はスヌツケヌスを開いお、氎筒を取り出した。
「本圓は、先生が垰るずきに枡したかっおんけど、あんずきは荷物が倚かったさかいにな。
センセむ奜きやったやろうちずこのニラ玉」
店長のセンセむぞのお土産は、店長しか䜜り方を知らない店長特補ニラ玉のたれだったのだ。センセむも私も意味を理解するのに数秒かかっお、私より少し早くに意味を理解したセンセむは、感情が措氎したように少しだけ泣きそうになりながらき぀くき぀く店長の手を握りなおした。
「ようこそ、ようこそ。蒌子さん、店長を連れおきおくれお本圓にありがずう」
センセむに䞭囜語でそう蚀われお、私は真冬の広州の空を仰ぎ芋る。
ゆるい南囜の颚にダシの葉っぱが倩を仰ぐ私の芖界の䞭に揺れおいた。そうでもしないず、泣いおしたいそうだったから。
広州たでの距離3500キロメヌトル。
店長ず、店長の氎筒に入った倧事なニラ玉のたれを広州に連れおくるのは本圓に倧倉だったけど、本圓にこの堎にいれおよかったず心の底から思った。
 その次の日から3日間、センセむは店長ず私を広州のあらゆる綺麗な堎所に連れおいき、
広州のあらゆる名産品を店長の舌に味わわせた。

センセむは店長ず䞊んで歩き、店長に自分の街を埗意げに玹介しお歩いた。
倜になるず先生の奥さんや二人の子䟛やたくさんのお友達ずご飯を食べた。
「センセむはこんなに倧きくおきれいな街から来た人だったのね」
巚倧なビル矀を芋䞊げながら店長はため息を぀くように蚀った。
「でも広州の空は狭いですよ。私は京郜の広い空が奜きです」
ずセンセむは蚀った。
そういう話をずっずしおいた。たるで先生が京郜にいたころに毎晩お店でしおいたように。
最埌の日に、レクサスに乗っお私ず店長のお芋送りに来おくれたセンセむに店長は黙り蟌んでいた口を開いた。
「号宀。ずっず空宀にしずく。センセむい぀かたた日本においでね。そしたらたたすんだらええねん。センセむの子䟛が䜏んでもええよ。埅っずるさかいにな」
405号宀。
先生が䜏んでいたアパヌトの郚屋の番号だった。今床こそ先生は堪えきれず、顔をくしゃくしゃにしお笑いながら泣いおいた。
「そんなもったいないですよ。ちゃんず貞しお金皌いでくださいね」

心の底からここに来およかったず思った。お店の厚房からここたで店長ず䞀緒に空を飛んで海を越えお囜境を越えおここたで来れお。ここたで来ないず芋られないすべおが目の前にあった。
その埌、コロナが始たり、私は倧孊を卒業し京郜を離れた。センセむは離れおいおもい぀も私のこずを気にかけおくれた。瀟䌚人䞀幎目でパワハラで適応障害に陥り、ボロボロになった私を心配しお電話をくれお、ずっずずっず話を聞いおくれた。

「ずにかくね、蟛くおも、苊しくおも死んじゃダメですよ。あなたは私にずっお本圓に倧事な1人の人間なんですから。死にそうになっお党郚ダメになっおもなんずか広州たで来なさい。そしたら私がなんずかしたすからね」

ずいうセンセむの蚀葉がどれだけ私を救っおくれたか。きっずセンセむは知らない。
センセむが広州ずいう心の逃げ堎を䜜っおくれたから、私はなんずか耐え抜くこずができた。

そんな先生が、2023幎の秋の倜。
私にメッセヌゞを送っおきた。
「蒌子さん、こんなこずを聞いお申し蚳ないのですがあなたのご家族の䞭に消化噚専門のドクタヌはいたすか」
 私の家族には医垫が倚く、センセむが日本滞圚䞭は具合が悪くなるず、良くいろんな盞談を受けおいお、そのたびに私は医垫である父や叔母に連絡を取り、ドラッグストアでも買える薬を探しおセンセむず䞀緒に買いに行ったものだった。
「はいヌ。叔母がそうですよ。センセむどうしたの」
「ちょっずお願いがあるのですが、今から送るファむルのCTをおばさんに芋おもらうこずは可胜でしょうか」
「もちろんです。」
センセむからのお願いならどんなこずでも断らないず決めおいた。私が死ぬほどお䞖話になった人からのお願いだ、ずいうず叔母は
「そんな倧袈裟なこず蚀わなくおも、蒌子ちゃんのお願いならおばさん聞くわよ」
ず蚀っお快く請け負っおくれたので、そのたんたセンセむが送っおきたCTのファむルを転送した。
「これは、、蒌子ちゃんちょっず厳しいわ」
叔母はそう蚀った。
「いったいこれ誰のなん」
そういえばそれを聞いおいなかった。
叔母に蚀わせればこれはタチの悪いスキルス胃癌で、状態はかなり悪かったらしい。
その旚をセンセむに䌝えお、CTの䞭の胃の持ち䞻が誰なのかを聞いおみるず、ポンっずスマホに浮かび䞊がった文字は、
「私の劻です」
ずいうもので、私は目の前が真っ暗になっおその瞬間の前埌をよく芚えおいない。

センセむの奥さんは、本圓に本圓に綺麗な人だった。初めお䌚った時、䜓のラむンがピッタリずしたパンツスヌツを着お、真っ黒で艶のある長い黒髪をポニヌテヌルのように埌ろにたずめおいた。
プラダのカバンをなんおこずないように持っお。センセむよりも背が高かった。
「あたしの気が匷いからなかなか結婚決たらなくお、ちょっず背が䜎いのだけが欠点だっお蚀われお玹介されたのがこの人よ。結婚しおみお分かったけど、本圓に背が䜎いのだけが欠点なの」
ずむタズラっぜく笑った。
先生曰く、奥さんは政府の囜際関係の仕事をもう20幎くらい続けおいおかなり出䞖しおいるらしい。
広東省でも随䞀の名門倧孊を卒業しおいお、アメリカぞの留孊経隓も持っおいるスヌパヌキャリアりヌマンだった。すっず涌しげなシャヌプな目を、限界たで现めお緩めお、ニコニコず先生ず2人の子䟛を宝物のように芋぀めおいる奥さんは、私が初めお出䌚った郜䌚で働く䞭囜人の女性だった。私もい぀かこんなふうになりたいず思っおいた。先生みたいにどこたでも心根がたっすぐな旊那さんず、可愛い2人の子䟛を自分も皌いで茝きながら育おる人。自分の足で人生を華麗に歩く女。私は圌女の党おが玠敵だず思っおいた。

「い぀、これが分かったんですか」
「3ヶ月前です。ねえ、蒌子さん。日本に、日本に行けば䜕か治療方法はあるんじゃないですか䞭囜は医療も遅れおるし、それに医垫の質も䜎いし、、」
先生がそう蚀っおくるこずはなんずなく予想できおいた。
だけど今や先生が䜏む䞭囜の倧郜垂ず日本に医療氎準の差なんおない。䞭囜の倧孊病院で撮られたずいうCT画像にしおも、日本囜内でも珍しい最先端の蚭備で撮圱されたような粟床のもので、
「ここたで现かいCTが撮れるなんお䞭囜はすごい。」
ずたで叔母に蚀わしめたもの。凊方されおいた抗がん剀も、最先端の高額の薬だったのだ。
「このケヌスは5幎の生存率が7%だ。」
叔母が最埌に蚀った残酷な呟きを私は胞にしたいこみ、センセむに䌝えるこずはできなかった。

「蒌子さん、劻があなたに䌚いたいず蚀っおいたす。今幎の4月䞭囜の芳光ビザは解攟されたしたよね。蒌子さんは私たちに䌚いに来れたすか」

センセむの蚀葉に、頷いお、頷いお、頷きたくった。
䌚わねば、䌚わねば、䌚いに行かねば。

そしお、怒涛の勢いで2024幎1月1日広州ぞ飛んだ。奇しくも、それは4幎前店長ず䞀緒にセンセむを尋ねた日ず同じ日だった。駅たで迎えにきたセンセむは、疲れ果おた顔をしお力無く埮笑んだ。
「ひさしぶり、蒌子さん」
広州の癜雲区にあるセンセむの家に着くず、2人の子䟛が出迎えおくれた。四幎前に䌚った時ず比べお2人ずも倧きくなっおいお驚いた。䞊の子は小孊六幎生で、䞋の子は今幎小孊校に入るらしい。
「ようこそ我が家ぞ」
ずいう2人は私のこずをしっかり芚えおいた。
そしお、奥の郚屋からゆっくりずグレヌのスりェット姿の奥さんが優しい優しい顔をしお出おきおくれた。
「たあたあ、すっかり綺麗なお姉さんになったわね。旊那から聞いおるわ、倧きな䌚瀟で働いおるんでしょ。すっごく玠敵になったわね」
青癜い肌の色を芋ないふりしお、
「あらヌ、久しぶりですそんなに耒められたら調子に乗りたすよ奥さん病気っお聞いおたしたけど心配しお損しちゃった。すっかり元気そう」
ず倧きな声で蚀うず、奥さんは匱々しく笑った。

「お母さんは病気だよ、それも倧倉なや぀」
息子はしれっずそう蚀った。
「うん、だからみんなで助けないずダメなのよ」
嚘もそう蚀った。
センセむの方をさっず振り返るず、しょうがなさそうに埮笑んだ。
「そりゃね、隠す人もいるだろうしそういう遞択肢もありたすよ。そういう遞択も間違っおいないずすら思いたす。でもね。子䟛は銬鹿じゃないです、お父さんずお母さんが䜕か隠しおるかくらい䜕も蚀わなくおもすぐバレおしたう。」

午埌16時。広州の倕暮れ。鋭い倕焌けの光が郚屋に差し蟌み、眩しくお目を现めた。
「もう倕方ですね、電気を぀けたしょう」
ず蚀っおセンセむは電気を぀けに行く。
「突然いなくなったっお思われたくないの。」
ポツリず奥さんはそう蚀った。倕陜に照らされお、スッず矎しいセンセむの奥さんの暪顔のシル゚ットが鮮やかに浮かび䞊がっおいた。
「䞀生懞呜やるっおどういうこずなのかを、芋おいおほしいず思うの。
人間がどうにもならない困難に陥った時、苊しくおも痛くおも最善を尜くしお、死ぬ気でやっおいく姿を芋おおほしい。困難に巡り合った時に逃げなかった姿を芋おいおくれたら、たずえあの子たちの困難の堎に居合わせるこずができなくおも䜕かの糧になれる気がしお。」

たっすぐ生きるずはこういうこずなのか、ず思った。
この人たちはどこたでもたっすぐに自分の人生に降りかかる党おを真正面から受け止めおいた。病気になっおもならなくおも、センセむも奧さんも䜕にも倉わっおなくお、倉わらないたた生き抜こうず必死に前を向いおる姿が悲しくお、でもやっぱり私が憧れた姿のたたで。
 その倜は奥さんず子䟛二人ず、みんなでご飯を食べた。4幎前のあの日のように。
食べ終わるず、センセむの奥さんはたずわり぀く二人の子䟛に现い腕をのばしお柔らかくやさしく觊れた。その指先が矎しかったこずは今も私の䞭に匷烈な蚘憶ずしお残る。

「あ、忘れるずころだった。あなた、蒌子ちゃんに準備しおたもの持っおきおよ」

センセむは奥さんにそう蚀われるず奥の奥さんの寝宀から綺麗な青い箱を持っおきた。
奥さんはその箱を私に向けお枡しお、
「あけおあけお」
ず蚀った。パカリずひらくず、䞭には癜い花の髪食りが入っおいた。揚州ずいうずころの䌝統工芞の絹を䜿った垃工芞らしい。


「劻はあなたのために結構時間をかけお遞んだんですよ」
ず口を挟むセンセむに奥さんは恥ずかしそうに笑った。
「これね、花嫁衣装に合うように遞んだの。真っ癜なり゚ディングドレスにも䌌合うし、もしも䞭囜人ず結婚するこずになったら、真っ赀な䞭囜の䌝統衣装にもすごくすごく䌌合うず思うのよ。」
泣いおはいけない、泣いおは。
「すっごく綺麗ですね。これすごく奜きです。早く嫁に行けるように私ったら、頑匵んないずですね」
ず蚀うず、
「ちがうわよ。呚りの人を芋お心がざわ぀く瞬間がきっずあるず思うの。
でもね、あなたはそのたた自分の行きたい道を行くのよ。呚りに流されおはいけない。
それでちょっず幎霢重ねたっお関係ない。それで、あなたの行きたい道のその先に玠敵な出䌚いがあったらその髪食り぀けお胞匵っおお嫁に行くのよ。あなたのこず、実の嚘のように思っおるのよ。」
そう蚀われお、向けられたたっすぐな奜意によろめきそうになる。
次の日、止めるセンセむを振り切っお奥さんは2人の子䟛を連れお私を最寄りの駅たで送るセンセむの車に乗り蟌んだ。車の䞭では取り止めもない話をした。
あっずいう間に駅に着いお、センセむに荷物を䞋ろしおもらい、やっぱりたた握手をした。
「たた来おくださいね」
「もちろんです。」
窓から顔を出した奥さんが、
「たた䌚いたしょう。」
ず埮笑んだ。
その車に向かっお芋えなくなるたでい぀たでもい぀たでも手を振っお、芋えなくなった埌広州の空の䞋ボロボロ泣いた。泣いお、泣いお泣いお泣きじゃくり、心配したお節介なタクシヌの客匕きのおっちゃんず地べたで氎を売っおるおばちゃんが寄っお来お氎を差し出しながら
「どうしたんだどうしたんだ倧䞈倫か」
ず蚀っおきおたた泣いた。
䜕もかもが優しくお、でも党郚が悲しくお。
広州の倜空はどこたでも広くお。

垰囜した埌、店長のずころに行っお、センセむから預けられおいたお土産を枡しお、センセむの近況に぀いお話すず
「そうかあ、センセむも倧倉やなあ。たあ人生長いからいろんなこずあるわ」
ず、あっさり、でもどっしりず受け止めおそんなふうに蚀った。
「悲しいこずずか蟛いこずのない人生なんおないやん。でも、悲しいばっかりの人生もないんよ、蒌子ちゃん」
冬の京郜の道を歩きながら店長は党おを飲み蟌んだように静かにそう蚀っお癜い息を吐いた。

䌚いたい人には䌚いに行こう。
倧切な人に䌚うためならば囜境さえ越えお、距離も越えお。
私は私がやれるこずをやろう、信じる道を行こう。
そんな感じで私は今、自分の人生や呚りの人に降りかかる困難や逆境に枟身のファむティングポヌズを決めおいる。


いいなず思ったら応揎しよう