見出し画像

空っぽの冷蔵庫と、母の暮らしの跡。実家で私が見つけた「つながり」の正体

「ただいま」と言っても、返ってくる声はない。

この連休、私は1年半前に他界した父と、現在はリハビリ病院に入院している母の家、つまり私の「実家」へ行った。母が緊急入院してから約2ヶ月。親が誰もいない実家に、自分で鍵を開けて足を踏み入れるのは、これが初めてのことだった。

いつもなら父と母が笑顔で出迎えてくれた玄関。今はただ、5月の静かな光が廊下に落ちているだけだ。そのあまりの静まり返り方に、胸が締め付けられるような思いがした。

冷蔵庫の中に残された「止まった時間」

夫に付き添われ、私が最初に向かったのは台所だった。 主(あるじ)を失った台所で、私は冷蔵庫の整理を始めた。扉を開けると、そこには2ヶ月前の「日常」がそのまま残されていた。

賞味期限の切れた納豆、しなびてしまった野菜、いつか食べようと大切に取っておいたであろう、お取り寄せのお菓子。

一つひとつ手に取り、ゴミ袋へ移していく作業は、母がこの家で一人、懸命に生きていた時間を一つずつ消していくようで、たまらなく切ないものだった。父がいなくなった後、母はこの小さな台所で、どんな思いで自分のために食事を用意していたのだろうか。

哲学を専門としている私は、普段、大学教授として「尊厳」や「QOL(生活の質)」について学生に講義することもある。しかし、目の前にある「傷んだ食品」を片付けるという身体的な作業を前にしたとき、それらの言葉がいかに抽象的で、遠い場所にあるものだったかを痛感させられた。

届かない手と、抱えきれない罪悪感

遠方に住んでいる私は、仕事に身を費やし、さらには適応障害を抱えている。かつてのように120%の力で駆け抜けることはできず、今は20%の力をどこに注ぐかを見極めるだけで精一杯の日々だ。

「もっと早く来られたのではないか」
「なぜ、母の異変に気づけなかったのか」

ゴミ袋が重くなるたびに、行き場のない罪悪感が心に積もっていく。エネルギーのない自分を責め、娘としての役割を果たせていない不甲斐なさに、呼吸が浅くなるのを感じた。

垣根を越えて届いた、思いがけない涙

そんな作業の最中、何度も玄関のチャイムが鳴った。 近所の方々が、入れ替わり立ち代わり訪ねてきてくださったのだ。

「お母さん、どうしてる?」「ずっと心配していたのよ」

母の今の様子を伝えると、何人もの方がその場で泣き出した。
「〇〇ちゃん(母)がいないと寂しくて」「いつもここで立ち話をしていたのよ」「また元気な顔が見たいわ」

その中の一人の方が、庭の隅にあるシャクヤクの株を指して、こう教えてくれた。

「ずっと気になっていたの。風が強い日が続いて、つぼみの重みで倒れそうだったから。家族に無断で庭に入るのは悪いと思ったんだけど、どうしても放っておけなくて……ひもでくくらせてもらったのよ。勝手なことしてごめんなさいね」

見れば、まだ固いつぼみをつけたシャクヤクの茎が、丁寧に、けれどしっかりと支柱に結びつけられていた。

その紐の結び目を見たとき、私はハッとした。

私は、母の生活を、そして母の「幸せ」を、自分ひとりの肩に乗せようとしすぎていたのかもしれない。

私が不在の間、母は私には見えない豊かな「つながり」の中で生きていた。近所の方々の何気ない挨拶や、支え合いの中に、母の確かな居場所があったのだ。家族という小さな枠組みを超えて、母を想い、涙を流してくれる人がこんなにもいる。

それは、孤独だと思っていた母の暮らしの中に、光が差し込んだような瞬間だった。

迷いの中に、そっと置いておく思考

実家の冷蔵庫は、すっかり空っぽになった。
そこにあるべきはずの「日常」をすべて運び出し、ガランとした空間に5月の風が通り抜ける。

罪悪感が消えたわけではない。
これからも、私は「遠方の娘」として、そして「エネルギーの限られた一人の人間」として、解決のつかない問い——哲学で言うところの「アポリア(行き止まり)」——の中で悩み続けるのだと思う。

けれど、それでいいのだとも少し思えるようになった。

倫理とは、あらかじめ用意された「正しい答え」をなぞることではない。むしろ、答えの出ない葛藤の中に踏みとどまり、そこで不意に出会う誰かの涙や、シャクヤクを結ぶ紐のような小さな優しさに、敏感に応答していくこと。その「応答の連鎖」こそが、ケアの真髄ではないだろうか(私の専門の一つはケア倫理)。

「思考を生活の隣にそっと置く」

それは、理論で現実を裁くことではなく、割り切れない現実を抱えたまま、それでも思考を止めないという意志である。

今の私にできるのは、空っぽになった冷蔵庫に新しい風を通すように、また明日から、自分にできる精一杯の「20%」を積み重ねていくことだけだ。その20%の余白があるからこそ、私は誰かの優しさに気づくことができた。

母の愛したこの街の、そして人の心の底流にある優しさを信じて。
私はまた、自分にしかできない「問い」を抱えて、自分の暮らしへと戻る。

💫本当は書くのが少し怖かったのですが、今の私の精一杯の『20%の言葉』を置いておきます☺️

いいなと思ったら応援しよう!