母の“生きがい”に触れるということ ── 布と毛糸の山の前で、私は少しだけ怖かった
前回、母の判断に寄り添いながら片付けを進めていることを書きました。
その中で、どうしても簡単には手をつけられない場所があります。
母が長く続けてきた、洋裁や編み物のものが置かれている場所です。
無造作に重なった布や毛糸を前にすると、
それはもう、ただの材料には見えませんでした。
そこには、母の時間や気持ちがぎゅっと詰まっている。
そんなふうに感じていたからです。
だから、見直そうと決めたとき、
少し怖さのようなものがありました。
大切なものに触れるときの、
あの独特の緊張感。
もし向き合い方を間違えたら、
母の大事なものを奪ってしまうかもしれない。
そんな思いも、正直ありました。
だからここは、必ず母と一緒に確認をしようと決めました。
しかも、母の気持ちに余裕があるときに。
母のペースに合わせて、ゆっくり。
「いる・いらない」ではなく、
使えるもの
思い出として残すもの
役割を変えていくもの
そんなふうに分けていこうと思いました。
片付けというより、
母の“好き”をもう一度確かめる時間にしたかったのです。
家の中の布ものは、
気づけばほとんど母の手作りでした。
カーテンも、座布団カバーも、布団カバーも。
私が小さかった頃の服も、帽子も、バッグも。
毛糸にも、同じように母の時間が詰まっています。
編み物をしていた母の姿を思い出すと、
この布や毛糸は、ただの材料ではなく、
母が人生の中で育ててきたものなのだと感じます。
量が大きく減ったわけではありません。
見た目が劇的に変わったわけでもありません。
それでも、
母が自分の手でひとつずつ選んだことで、
その場所の空気が、少しだけ軽くなったように思いました。
そして母がぽつりと、
「これは誰かに使ってもらってもいいかもしれないね」
とつぶやきました。
その言葉を聞いたとき、
私は、何かが少し動いたような気がしました。
無理に手放したわけでもなく、
説得したわけでもなく、
ただ、母が自分でそう思えたこと。
それが、私にとっては大きな一歩でした。
片付けは、
減らすことよりも、
気持ちが動く瞬間を待つことなのかもしれません。
ここからまた、
物が外へ出ていく流れが生まれていくのかもしれない。
そんな小さな変化を、
今はそっと見守っています。
そんな日々の中には、そっと立ち止まる日もあります。
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