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直しながら、使い続ける

茶摘みのあと、その先の工程を見せてもらいに行った。

摘んだだけでは、お茶にはならない。
むしろ、ここからが本番だった。

部屋の中には、「焙炉(ほいろ)」と呼ばれる大きな和紙の道具が置かれていた。

広島で作られた和紙を5枚重ね、
柿渋を塗って強度を出しているという。

その下から熱を送り、上で茶葉を揉みながら、
水分を飛ばしていく。

お茶のほとんどは水分らしく、
蒸した葉を何時間も手で揉み続けることで、
少しずつお茶になっていく。

半分くらいまで水分が抜けると、固まった葉をほぐしながら、少しずつ形を整えていく。

毛先を揃えるような手つきが印象的だった。

ただ乾かすだけではなく、
「整える」工程があることを、私は初めて知った。

今は機械で作られることがほとんどだけれど、
手でやってみないと、機械が何をしているのかも分からない気がした。

そして、焙炉はほとんど買い替えない。

擦れたり、破れたりした部分を、
その都度少しずつ補修しながら使い続ける。

その話を聞きながら、自分が関わっていた家づくりのことを思い出していた。

日本では、新しいものの方が価値があるように扱われることが多い。

でも海外では、古い建物が何度も手を加えられながら使われていること自体に価値があったりする。

傷や経年変化も含めて、「時間を重ねてきたもの」として大切にされている。

私は、そういう感覚がずっと好きだった。

全部を真新しくするのではなく、今あるものを見ながら、手を加え、直しながら、長く使っていく。

お茶づくりの道具の話を聞きながら、どこか、家づくりと似ているような気がしていた。

「なんでこれがお茶になる?」

あの問いが、また頭に浮かんだ。

答えはたぶん、
時間と、手間と、
そして「もう一度やってみよう」と思う人がいるから、なんだと思う。

擦れたら直して、
途切れそうになったら、また手を動かす。

まだ葉っぱみたいなのに、
もうちゃんと、お茶の匂いがしていた。

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