差し出された手を握り返す。八村塁選手のエピソードと『ここは今から倫理です。』から考えたこと。
テレビで八村塁さんが『しゃべくり007』に出演しているのを見た。
中学時代、不良グループからの勧誘や待ち伏せを受けていた八村さん。そんな彼を守ったのは、熱心にバスケへ誘い続けてくれた同級生やコーチ、そして当時3年生の先輩だった馬場雄大選手だったという。まさか日本代表として共に戦う馬場選手が同じ中学の先輩で、当時不良グループに話をつけて守ってくれていたとは驚いたけれど、それ以上にその温かい繋がりと「人生の分岐点」に胸が熱くなった。
周りの人が諦めず声をかけ続け、差し出してくれた手。その手を八村さんが握り返したからこそ、今の姿があるのではないでしょうか。
この話を聞いて、漫画『ここは今から倫理です。』のあるエピソードを思い出した。
裕福で優秀、周囲からは恵まれているように見える女生徒が、鬱屈した感情を抱えて万引きに手を染めていくお話。主人公の高柳先生は彼女を諦めず注視し、言葉をかけ続ける。けれど、退学になった元友人との繋がりや自暴自棄な感情に引きずられそうになる彼女に、先生は「あまり深いところに行きすぎると、誰も手を差し出すことができなくなる」といった趣旨の言葉を伝える。
手を差し出してくれる人がいることに気づくこと。
そして、その手を握り返す勇気を持ち続けること。
翻ってみれば、私にも「心から思っていないこと」を口にし、「心からやりたいと思っていないこと」を選んで生きていた時期があった。
自分自身に失望し、自己嫌悪の夜の中にいた日。
言葉と、思いと、行動がちぐはぐになっていた私。
それでも、私の中にある「本当の望み」や「本当の在りたい姿」を信じ、ずっと見守り続けてくれた人たちがいた。
あの渦中にいたときは必死すぎて、その温もりに気づく余裕すらなかったかもしれない。
けれど、トンネルを通り抜けた今ならわかる。
あの時、私は差し出されていた手をしっかりと握り返したんだということ。
そして、彼らは絶え間なく信じ、見守り続けてくれていたんだということ。
人生の分岐点で差し出された手を見逃さないこと。
そして今度は、私が誰かにそっと手を差し出せるような、そんな人でありたいと思う。
