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緊急地震速報が鳴ってから、恐怖までの30秒

震度5強。そして、恐怖に一気に飲み込まれました…。
こんな経験は今までありませんでした。
似たような経験は十数年前、アルマトイでありました。たしか2012年頃だったと思います。あの時もかなり大きな地震でした。
今日はニュースもこの地震のことばかり。震源地では震度7相当の揺れがあり、被害も出ています。映像を見ていると少し怖くなります。しかも、そこは決して遠くありません。車で3時間ほどの距離です。
日本では緊急地震速報が鳴ると、揺れが来るまで20秒くらいあります。その時、私たちは少し遅めのお昼寝をしようとしていました。
「いつものように少し揺れるだけかな。そのまま寝よう。」
そう思っていました。でも今回は違いました。
想像以上に大きく揺れ始め、私は娘を抱き上げて玄関へ走りました。娘をぎゅっと抱きしめたまま、その場から動けませんでした。床は激しく揺れ続け、「もし天井が落ちてきたら、私が娘を守ろう」と考えていました。そして、その瞬間だけは、自分のことまで少し可哀想になってしまい、涙が出そうになりました。
でも娘を怖がらせたくなくて泣きませんでした。
きっと体はパニックになっていたのでしょう。声も出していないのに、喉が強く締めつけられ、その苦しさは1時間近く続きました。
その後、夫と息子が帰ってくると、不思議なくらい安心しました。「これで娘を一緒に守れる」と思えたからです。すると、喉の苦しさも自然に消えていきました。
そして改めて思いました。
家にテレビがなくて、本当によかった、と。
日本ではこういう時、同じニュースや被害の映像が何度も何度も流れます。気づけば画面から目が離せなくなってしまいます。
昔の人たちは、今よりもっと静かにこういう出来事を乗り越えていたのかもしれません。揺れがおさまったら、また自分の生活に戻っていく。
でも今の私たちは画面の前で立ち止まり、不安な投稿やストーリーをシェアします。(私もその一人ですが。)
情報を共有するのは数分でできます。でも、人の不安を受け止めながら、自分までその不安に飲み込まれないようにするのは、ずっと難しいことです。
もちろん情報は必要です。でも、ある時点を過ぎると、不安を和らげるよりも、その不安を長引かせてしまうことがあります。
大きな出来事のあと、心には「もう危険は過ぎた」と理解する時間も必要なのだと思いました。

このたびの地震で亡くなられた方々のご遺族に、心よりお悔やみ申し上げます。被害に遭われた皆様が、一日も早く安全と心の平穏を取り戻し、力を取り戻されますよう、心よりお祈り申し上げます。

@アシェル 🙏

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