鳥たちは、美しく、めんどくさい


目覚まし時計が鳴るより早く、私はまどろみの中でそれを聞いた。



朝の静寂を切り裂くのは、いつもの瑞々しいさえずりではない。

街路樹の梢から、妙に澄み切ったソプラノが降り注いでいた。



「……さい」

「めんどくさい」

端正で、心地よく響く発音だった。 

電線を見上げれば、一羽のスズメが可愛らしく羽を繕いながら、再び喉を震わせている。


遠くのビルからはカラスのバリトンが重なり、やがて世界中の空気が気怠い単語で満たされていった。



スズメも、ハトも、名もなき野鳥たちも一斉に、神妙な面持ちで同じ諦念を歌い上げている。

耳を疑うような異常事態のはずなのに、不思議と恐怖はない。


リビングのテレビをつけると、キャスターが冷や汗を流しながら

「現在、全世界の鳥類が一斉に人語を……あ、鳥が、窓の外で『もうやめたい』と言っておりますが……」

と原稿を放り出しているのが見えた。



私はテレビを消し、フッと息をつく。

脳の奥の最も疲弊した一角が、ひどく納得していた。
——まったく、その通りだ。



私は掛け布団を押し退け、冷えたフローリングに足を下ろす。
窓を開けると、初秋の乾いた風と一緒に

「めんどくさい」

という美しい合唱が流れ込んできた。



山積みの書類も、朝礼の挨拶も、すべて鳥たちが代弁してくれている。

なんだか少し、肩の荷が下りた気がした。

ふと、階下のベランダに目をやる。



毎朝几帳面にラジオ体操をしている隣人が、ジャージ姿のまま固まっていた。

その頭の上で、一羽のハトが彼の額をじっと見つめながら、こう言い放つ。

「……ハゲてきたな」

「うるさいよ」

隣人は小さくつぶやき、そのままそっとカーテンを閉めた。



私は思わず吹き出しながら、キッチンへと歩を進める。

トースターのレバーを押し下げ、チン、と乾いた音のあと、きつね色のパンを取り出す。
バターをひと塗りし、マグカップにたっぷりの珈琲を注ぐ。



外では相変わらず、気高い鳥たちが優雅に地球の面倒くささを讃え続けている。

——まあ、いい。

私はトーストを一口かじり、苦い珈琲でそれを流し込んだ。

世界のすべてが放棄を告げる朝に、ただそれだけを味わうことは、案外悪くない贅沢だった。


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                               あとがき

世界のすべてが鮮やかに投げやりになる朝があっても、きっと悪くはありません。
名前のない億劫さを鳥たちが完璧なソプラノで歌い上げてくれるのなら、私達はただ、目の前の温かいトーストと珈琲の香りに身を委ねていればいいのです。
人生という途方もなく長い、しかし短い道のりの途中で、たまにはそんな優雅な朝を迎えてみたいものです。

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