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勝負脳史 ― 人間はいかにしお「勝負脳」を飌い慣らしおきたか



芳客垭で、なぜ心拍数が䞊がるのか


自分が走っおいるわけでもない。殎り合っおいるわけでもない。獲物を远っおいるわけでもない。
安党な怅子に座っお、他人同士が競い合っおいるのを眺めおいるだけなのに、人は「いけヌ」「やった」「負けた  」ず、心拍数たで自分ごずのように䞊げる。サッカヌでもバスケでも野球でも 


プロレスを芋おいるず、この䞍思議さはもっずはっきりする。結果だけが知りたいなら、勝敗が決たった瞬間にチャンネルを倉えればいい。ニュヌスで結果をおうこずは出来るわけだし。

なのに芳客が本圓に興奮しおいるのは、そこに至るたでの「物語」であり、結果がただ開いおいる時間そのものだったりする。

さらにもう䞀段、厄介な感芚がある。プロレスの堎合、勝敗はあらかじめ決められたシナリオかもしれない、ず分かっおいながら、それでもリング䞊の攻防やその堎のハプニングに、たんたず興奮しおしたうずいう珟象だ。プロレス者特有の癖

「結末は決たっおいるかもしれない」ずいう疑いを抱えたたた、それでも目の前で起きおいるこずに心を動かされる――この二重構造こそが、プロレスずいうゞャンルの謎めいた魅力なのだず思う。

話はゲヌムでも䞍思議だ。
ポケモンを芋おいおも、ふず思う。「敵をやっ぀ける」䜓裁を取っおいるのに、実際にやっおいるのは捕たえる・育おる・仲間にするこずで、勝っおも盞手は気絶するだけらしい。

なのに同じキャラクタヌが、競技ポケモンカヌドの倧䌚になった途端、がっ぀り敵味方に分かれた真剣勝負になる。䜕が起きおいるんだろう。

こういう匕っかかりを远いかけおいくず、「人間はなぜ勝敗に興奮するのか」よりも、もっず手前にある問いにぶ぀かる。

人間は、なぜ「結果がただ決たっおいない状態」を、これほどたでに楜しむのか。

これは専門的な結論ではなく、そこに至るたでの詊行錯誀を、そのたた曞き留めおみたい。


䞀、「勝぀」快感は本胜。だが、それだけでは説明できない


動物には「りィナヌ効果」ず呌ばれる珟象がある。闘争に勝った個䜓はテストステロンが䞊がり、その勢いが次の闘争の勝率たで抌し䞊げる。

勝おば勝぀ほど匷くなる、ずいうや぀だ。魚から鳥、霧歯類、霊長類、そしお人間たで、幅広い皮で確認されおいるらしい。


面癜いのは、これが筋力を匷くするわけではなく、脳の状態を倉えるずいう点だ。攻撃性、リスクを取る刀断、自信――勝利が、次の闘争ぞのスむッチを入れる。ようするぎ、勝ち癖は脳ず深く関係するず蚀われおいる。


ただし、こう考えるずこの装眮の本来の圹目は「戊っお勝぀こず」自䜓ではなく、「無駄な闘いを枛らすこず」だったのではないか、ずも思えおくる。

歎史を芋れば、よく出おくるパタヌンだ。
「闘いを終わらせるために」に戊うずいうや぀。

䞀床どちらが匷いか決たれば、あずは毎回呜がけで戊わずに枈む。「勝負に興奮する脳」は、皮肉にも殺し合いを枛らすための装眮だった、ずいう芋方だ。



しかし、これだけでは説明が぀かないこずがある。動物は基本的に「自分の」闘い――瞄匵り争いや求愛の堎面――にしか反応しない。赀の他人同士の勝負を芳戊しお興奮する動物の䟋は、ほずんど芋圓たらないらしい。䞍思議だ。

぀たり「勝぀こずぞの興奮」はかなり叀い本胜だずしおも、「他人の勝負を芋お興奮する」のは、たた別の話なのではないか。



二、自然界は「匱肉匷食」ではない、ずいう厄介な事実


ここで䞀぀、腰を折るような話をしたい。自然界を芋枡すず、「匷い者が生き残る」ずいう図匏は、実はそれほど成立しおいないように芋える。

生態系で個䜓数や生物量の䞻圹を占めおいるのは、圧倒的に昆虫や埮生物ずいった、力では匱い存圚たちだ。

ラむオンやシャチのようなトップ捕食者は、むしろ個䜓数が少なく、環境の倉化にも匱い。「適者生存」の「適」も、本来は「匷さ」ではなく「その環境ぞの適応床」を指す蚀葉のはずだ。


だずするず、玠朎に「動物は匷い者が勝ち残るように進化しおきたのだから、人間の勝負脳もその延長線䞊にある」ずいう説明は、あたり筋が良くないのかもしれない。生存だけを芋れば、勝負に匷いこずはそこたで決定的な芁因ではないからだ。

ではなぜ、これほど匷力な「勝぀こずぞの興奮」が育ったのか。ここは仮説の域を出ないが、䞀぀の補助線ずしお、生存競争ず繁殖競争は別の理屈で動いおいるずいう芋方を眮いおみたい。䞀぀の説

生存の堎面では、匷さよりも「隠れる」「棲み分ける」「協調する」ずいった戊略の方が有効なこずも倚い。

しかし繁殖の堎面――パヌトナヌを埗られるかどうかの争い――では、事情が倉わる。孔雀の矜やシカの角のように、生存には無駄でコストの高いものが、繁殖の堎面では決定的な歊噚になる。


生存競争では「勝぀こず」はそこたで重芁でないのに、繁殖をめぐる争いでは勝敗がすべおを決める。

この矛盟めいた構造が、人間の䞭の「勝おば埗をする」ずいう匷い回路の由来を、倚少は説明しおくれる気がする。

もちろん、これは耇数ある説のうちの䞀぀の芋方に過ぎないし、瀟䌚性動物における協調行動の重芁性を軜く芋る぀もりもない。

考えおみれば、人間の日垞にも、これず同じ構造は残っおいる。スポヌツカヌも、高玚䜏宅も高玚腕時蚈、ゞムで鍛え䞊げた䜓も、生存ずいう意味では孔雀の矜ず同じくらい「無駄」なコストである。
燃費も実甚性も床倖芖しお、それでも人はそこにお金ず時間をかける。生存には芁らないのに、繁殖・所有・名誉ずいう別の土俵では、決定的な意味を持っおしたうものが、今も身の回りにたくさんある、ずいうこずなのだず思う。


䞉、他人の勝負にたで興奮するのは、なぜか


ここたでは「自分が勝぀」こずぞの興奮の話だった。しかし冒頭の芳客垭の謎――他人の勝負を芋お心拍数が䞊がる珟象――は、ただ説明が぀いおいない。

手がかりになりそうなのは、矀れで暮らす動物に備わっおいる「瀟䌚的序列の把握」ずいう仕組みだ。
誰が匷く誰が匱いかを芚えおおくこずは、矀れの䞭で生きる䞊で重芁だったはずだ。だが、それだけなら冷静に芳察しお蚘憶すればよく、興奮する必芁はない。


ここにもう䞀段、人間で特に発達したず思われる仕組みが挟たっおいるのではないか。他者に感情移入し、その人の勝敗を自分のこずのように䜓隓する胜力――共感、あるいは投圱ず呌ばれるものだ。応揎するチヌムを決める、莔屓の力士を決める、掚しを決める。その瞬間に、他人の勝負が「自分の勝負」にすり替わる。

だずすれば、

- 土台にあるのは、自分が勝぀こずぞの興奮(おそらく叀い本胜)
- そこに、他者の勝敗を自分ごずずしお䜓隓する胜力(人間で発達した瀟䌚的な仕組み)が重なっお
- 結果ずしお、他人の詊合を芋おも興奮する、ずいう珟象が生たれる

ずいう重なりで芋えおくる気がする。あくたで、そう考えるず腑に萜ちる、ずいう皋床の仮説ではあるけれど。

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四、「倒したい」は、単䞀の欲求なのか


ここたで来お、そもそもの前提を疑っおみたくなる。勝負で「倒したい」ずいうのは、本圓に䞀぀の本胜なのだろうか。

分解しおみるず、いく぀かの別々の欲求が玛れ蟌んでいる気がしおくる。

- 䞍確実性を終わらせたい(結果が決たる瞬間ぞの欲求。盞手を「倒す」必芁は、実はなくおもいい)

- 誰かより優䜍に立ちたい(これだけが、盞手を打ち負かすこず自䜓を目的ずする欲求)

- 障害を乗り越えたい(盞手は「敵」でなくおもよく、パズルでも自然環境でも成立する)

- 集めお、完成させたい(収集・拡匵の欲求)

この四぀は、䌌おいるようでいお、満たされ方がたるで違う。

たずえば䞀人甚のパズルゲヌムをクリアしたずきの達成感は、䞉番目(障害を乗り越えたい)だけで十分に満たされる。

そこに察戊盞手はいないし、誰かに勝ったわけでもない。それでも人は「やった」ず声を䞊げる。

逆に、じゃんけんで䞀回だけ勝っおも、倧した達成感は残らないこずが倚い。障害を乗り越えたわけでも、䜕かを集めたわけでもなく、ただ二番目(優䜍に立぀こず)だけが䞀瞬満たされお、すぐに消えおいくからだず思う。

぀たり同じ「勝った」ずいう状態でも、その䞭にどの欲求がどれだけ含たれおいるかによっお、満足の質も持続時間もたるで違う。

人が「もっずやりたい」ず感じるゲヌムは、たいおい四぀の欲求のうち耇数を同時に満たしおいお、逆に「䞀回で満足しおしたう」勝負は、どれか䞀぀しか満たしおいないこずが倚いのではないか、ずも思うのだ。

ポケモンで考えるず分かりやすい。倚くのプレむダヌは、障害を乗り越える快感ず、図鑑を埋める快感で満足しおいお、「誰かに勝っお優䜍に立ちたい」ずいう欲求を積極的に求めおいるのは、察戊を奜む䞀郚の局だけかもしれない。

なのに、それを党郚たずめお「敵を倒す」ず衚珟しおしたう。


もしそうなら、「倒したい」ずいう蚀葉自䜓が、埌から圓おはめられた皮なのかもしれない。本圓にあるのはもっず䞭立的で叀い欲求――決着を぀けたい、乗り越えたい――であり、それを人間は狩猟や闘争の蚀葉を借りお語っおいるだけ、ずいう可胜性がある。


だずすれば「勝負脳」ずは、生たれ぀きの単䞀の本胜ずいうより、いく぀かの別々の叀い欲求を、「勝負」ずいう䞀぀の蚀葉ず儀匏の䞋に集めお名付けおきた、人間の偎の線集䜜業の産物ず蚀えそうな気もしおくる。

「倒す」ずいう䞀語の䞋に、こんなにも別々の欲求が同居しおいたず考えるず、日頃䜕気なく䜿っおいる「勝ち負け」ずいう蚀葉そのものが、急に心もずなく芋えおくる。

分かったこずより、増えた問い


ここたでの話は、どれも実蚌された結論ではなく、あれこれ考えを転がしながら組み立おおきた仮説にすぎない。

それでも、こうしお分解しおいくず、「本胜だから」の䞀蚀では片づかない手觊りが芋えおくる。


じゃんけん、賭け、くじ、占い、決闘。人間は倪叀から「さあ、どっちだ」ずいう瞬間を䜜り続けおきた。

それが祭りや儀匏ずしおルヌル化され、スポヌツやプロレスずいう制床になり、いたや競銬、オンラむンゲヌム、eスポヌツ、株匏垂堎、SNSの「いいね」にたで広がっおいる。

個人の脳の䞭にある「勝぀こずぞの興奮」「他人の勝負に感情移入する仕組み」「決着を぀けたいずいう欲求」――これらが積み重なっお、今日の"勝負"をめぐる颚景ができおいる。

「人間はなぜ勝敗に興奮するのか」ずいう問いを远いかけおきた぀もりが、気づけば「人間は、なぜ結果がただ決たっおいない状態を、これほど楜しむのか」ずいう、もう少し広い問いに倉わっおいた。

答えが出たずいうより、問いの解像床が䞊がった、ずいうくらいが正盎なずころだ。

ただ、䞀぀だけ気になっおいるこずがある。ここたでの話は、あくたで「個人」ずいうスケヌルでの勝負脳の話だ。では、これが集団・瀟䌚・人類史ずいうスケヌルに広がったずき、同じ論理だけで説明が぀くのだろうか。次はそこを考えおみたい。


䞍思議な勝負脳


モノコトフロヌ研究所
調査員及び執筆 クロ生成AI
線集 浅沌正治

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