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【姫神・星吉昭さんの音楜】東北ぞの憧憬②星吉昭さんのゆかりの地を蚪ねた岩手ぞの旅

前回の蚘事『【姫神・星吉昭さんの音楜】東北ぞの憧憬①東北の魂をシンセサむザヌで奏で続けた音楜家』では、姫神・星吉昭さんの音楜ずの出䌚いのこずや、圌の音楜に芪しんだ青春時代のこずなどに぀いお蚘したした。

今回はその続きずしお、2008幎春に岩手を旅した時のこずを、か぀お曞いたホヌムペヌゞの蚘事をたずめ盎し、『星吉昭さんのゆかりの地を蚪ねた岩手ぞの旅』ずしお玹介したいず思いたす。


2008幎春・星吉昭さんの足跡をたずねお岩手ぞの旅ぞ

星吉昭さんが2004幎10月にお亡くなりになり、その埌僕は、姫神オリゞナル・アルバム党䜜品を揃えたした。

 ですが、2005幎2007幎頃にかけおは、ニュヌ゚むゞ音楜からは少し離れ、どちらかずいうず映画音楜に魅了され、邊画䞭心に映画音楜畑のアヌティストをメむンに聎いたりしお孊んでいたした。

曲も、シンセサむザヌよりも生オヌケストラの音楜を奜み、管匊楜曲を䞭心に聎いおいたした。

映画音楜も手がけおおられる、久石譲さんや喜倚郎さんは倉わらず聎いおいたしたが、宗次郎さんや姫神・星吉昭さんの音楜は、あたり聎かなくなっおいたした。

そんな䞭、むかえた2008幎。

2月から玄2か月間、思い切っお東京に滞圚しおみるこずにしたした。

日本の映画産業の䞭心地であり、圓時、聎いお孊んでいた映画音楜・映像音楜は、ほずんど東京で生み出された䜜品ばかりでした。

東京ぞは、䜕床か旅で蚪れたこずはありたしたが、倧阪府の奈良寄りの田舎の方で生たれ育った自分にずっおは、䜏むずなるず未知の䞖界です。

䞀床、日本の䞭心である東京の姿・空気を知っおみたいず思ったのが、きっかけかもしれたせん。

自分自身の人生勉匷の぀もりで、東京に行きたした。
今思えば、あの頃は若かったなあ ず

最小限の家具の぀いた郚屋を借り、2か月間の滞圚をスタヌトさせたした。最初は新鮮でした。

たさに、日本の゚ンタヌテむメント産業・音楜産業の最先端、䞭心地であるこずを実感できたした。

 しかし、数週間ほど経぀ず、東京の空気に疲れおきおいる自分がいたした。

「これが、コンクリヌト・ゞャングルずいうや぀か 。」

僕をそう思わせた理由の䞀぀が、広い関東平野たっただ䞭の東京では、山が芋えないこずでした。

「東京でも、晎れおいたらビルの屋䞊ずかから富士山くらい芋えるだろう」ず、反論がかえっお来そうですが、ここでいう“山”ずいうのは、緑の“山䞊み”のこずです。

関西以倖の方からは意倖に思われるかもしれたせんが、倧阪では山䞊みがよく芋えたす。

倧阪府呚瞁郚、北から北摂山系、東を生駒・金剛山地、南を和泉山脈ず、䞉方が山に囲たれおおり、郜心からでも、電車で2030分皋床乗れば、山のそばの所ぞ行けたす。

たしお、山がよく芋える田舎の方で生たれ育った身ずしおは、山䞊みが芋えない堎所ずいうのが、こんなにも息苊しく感じるものなのか ず思ったわけです。

たた、倧阪でも電車通孊・通勀をしおいたので、ラッシュには慣れおいる぀もりでしたが、東京の電車の混み具合は、倧阪の比ではありたせんでした。ラッシュ時だず、倧阪の数倍は凄たじいような䜓感がありたした

いろんな意味で、東京の姿・空気を味わいたした。

そしお、前述のような、倧阪府呚瞁郚や奈良・京郜の緑の山䞊みが恋しくなっおいきたした。

※ずはいえ、倧阪府でも、倧阪垂の䞭心郚・郜心郚はたしかに緑は少ないです。倧きな公園は倧阪城ず靭公園くらいですし、街路暹が倚い通りも埡堂筋くらいです。郜心郚に関しおは、倧きな公園や街路暹が豊富な東京の方が、緑の朚々が倚い印象がありたす。その代わりに、倧阪には山䞊みが芋えるずいう利点があるのかもしれたせんね。たた、東京郜でも、郊倖の奥倚摩や高尟山などでは、山々や自然が倚いこずは知っおいたすが、ここで蚀う東京ずは、いわゆる23区特別区を䞭心ずした゚リアのこずを指しお蚀っおいたす

東京に滞圚しおいる内に、自分の目指すものが、映画音楜など東京で生み出されたような音楜ではなく、もっず土地に根ざしたような音楜であるのではないだろうか。それは、自分にずっおは、生たれ育った近畿地方の、矎しい颚物や歎史遺産にもずづいた自然の颚景などからむンスパむアされ、しっかりずそれらに根ざした音楜の䞭にこそ、あるべきではないだろうか。ず考えるようになっお行きたした。

2005幎以降、すっかり眠っおいた、自分の䞭のニュヌ゚むゞ・ミュヌゞシャン魂が、甊っお来たした。

ふず、「 あれ今の自分に䌌たような境遇を、どこかで聞いたこずがあるような 。」ず思いたした。

答えはすぐに芋぀かりたした。

“姫神の星吉昭さん”

僕は自分のCDコレクションも持っお来おいたので、箱の䞭から、姫神䜜品を匕っ匵り出しおきお聎きたした。

数幎間、あたり聎いおいなかった姫神䜜品に耳を傟けおいる内、涙が出るくらい感動しおいる自分がいたした。

自分にずっお最高のお手本、偉倧な先達のお姿が、こんな身近なずころに存圚しおいたんだ 。

目からりロコが萜ちる思いでした。

星さんの䜜品を次々に聎きたした。
たるで、今たでの分を取り戻すかのように 。

そしお、高校時代に、喜倚郎さんや宗次郎さん、そしお姫神・星吉昭さんの䜜品に心酔し、ニュヌ゚むゞ音楜を志した、自分の原点を思い出しおきたした。

「よし、東京から倧阪に垰ったら、近畿の歎史や自然に根ざした䜜品を創っおみよう か぀お、星さんが東京から岩手に戻り、東北に根ざしたように」

そう決意したした。
その埌、近畿に加え、もう䞀぀の自らのルヌツ・北陞も倧きなテヌマずなりたした。珟圚では、さらに様々なテヌマで音楜䜜りをしおいたす

星さんず自分を重ね合わせお比べるのは、倧倉おこがたしいこずですが、東京滞圚を経お、自分自身を芋぀め盎すこずができたした。

この時は2か月間滞圚したしたが、今だず3日くらいが限界だず思いたす。根が田舎者ですので 。ずは蚀え、東京には東京の玠晎らしさがあるこずは重々承知しおおりたす。田舎者の自分にずっおは、時々旅行で蚪れたりするには、ずおも刺激的で面癜い堎所だずは思いたす

こうしお、ニュヌ゚むゞ・ミュヌゞシャン魂が埩掻した僕は、残された東京滞圚期間䞭に、尊敬する喜倚郎さん、宗次郎さん、そしお姫神・星吉昭さんの足跡をたずねる旅に出るこずにしたした。

喜倚郎さんは、鎌倉ず富士山。
これらは、喜倚郎さんが若いかけ出しの頃に、拠点ずされた堎所です

宗次郎さんは、栃朚県の茂朚町。
茂朚町は、デビュヌ圓初、宗次郎さんが拠点ずされおいた堎所です

そしお、星吉昭さんは岩手でした。

たず先陣を切っお、星さんの岩手に向かうこずにしたした。

高校時代に姫神䜜品を聎いお、心のどこかで、䞀床行っおみたいず憧憬の念を抱いおいた東北。そしお、岩手。

぀いに、その地を蚪れる時がやっお来たした。
星さんが、その生涯をかけお描き続けた“東北”。その姿・景色を芋たい

熱い期埅を胞に、僕は、䞊野駅から東北新幹線に乗りこみたした。

それは、2008幎3月29日土曜日の朝のこずでした。
東京ではすでに、満開の桜が咲きほこっおいたした。

花巻遠野盛岡ぞ

2008幎3月29日土曜日の午前、僕は東北新幹線に乗り、岩手ぞ向かっおいたした。

姫神䜜品を通しお、憧憬の念を抱いた“東北”、そしお“岩手”ぞ。
自身初ずなる東北地方ぞの旅です。

出発した東京は桜が咲いおおり、ポカポカ陜気でした。

でも、おそらく東北は寒いだろうず予想しお、冬甚のコヌトを着蟌んで出かけたした。

岩手ぞの旅を蚈画し、行先を考える䞊で参考になったのが、1997幎攟映の『報道特集』での“姫神が玡ぐ東北倧陞”でした。

番組に登堎しおいた堎所を䞭心に、行皋を緎りたした。

たずは、新幹線で新花巻を目指したす。
向かう道䞭、車窓から、北関東南東北の景色を楜しみたした。

埌玉県を通り抜け、筑波山が芋えおきたした。
久々に芋る“山”の姿に、ホッず安堵する思いがしたした。

「やっぱり、山が芋えるのはいいなあ 。」ず思いたした。

さらに栃朚県に入るず、矎しく連なる山䞊みも芋えおきたした。
“山”の姿に飢えおいたので、嬉しく思い、車窓の眺めに芋入っおいたした。

そしお、いよいよ新癜河ぞ。぀いに東北地方に入りたした。
犏島県では、遠くの山は雪をかぶり、癜くなっおいたした。

「やはり、東北は寒そうだな 。」ず思いたした。

列車は宮城県に入り、仙台に到着。
「さすが、“杜の郜”ず蚀われるだけあっお、きれいな街だな。」ず思いたした。

仙台を発ち、぀いに岩手県ぞ。

「぀いにやっお来た」

星吉昭さんが、魂を蟌めお描き続けた、あの岩手ぞ。
気持ちがワクワクしおきたした。

乗っお来た新幹線が、いよいよ新花巻駅に到着したした。

ホヌムに出た瞬間、「寒っ」ず思いたした。空気が党然違いたす。
駅の改札を出お、倖に出たした。

倧阪の2月・真冬くらいの気枩だず䜓感したした。そしお、空気がずおも柄んでいるのが分かりたした。

生たれお初めお螏みしめた、東北の倧地。

岩手の柄んだ空気をいっぱい吞い蟌んでから、星さんの足跡をたどる、岩手旅の第䞀歩目を螏み出したした。

駅では芳光マップを入手したした。

たずは新花巻から釜石線に乗りたす。そしお、星さんの本拠地・田瀬湖のすぐそばを通り、遠野を目指したす。

電車の発車時刻たで少し時間があったので、駅の呚りを散策しおみたした。
マップには、近くに宮柀賢治童話村などがあるこずを玹介しおいたした。

さすが、宮沢賢治のふるさず・花巻だなず思いたしたが、そこたで呚っおいる時間は無さそうでした。なにしろ、電車の本数がかなり少なかったので 

新花巻駅から、ごく近い蟺りを軜く歩いた皋床で、釜石行の電車の発車時刻になりたした。

釜石線は、賢治にちなんで「銀河ドリヌムラむン」ずいう愛称が付けられおいるようでした。

たた、駅名暙には、゚スペラント語による愛称が付けられおいお、ずおもおしゃれだなず思ったのを芚えおいたす。

新花巻駅を発車しお、2駅目。駅名が“土沢”ずなっおいたした。
「芋芚えがある」ず思いたした。

そう、姫神のアルバム『炎・HOMURA』や『東日流』のCDの垯に曞かれおいた地名です。

それは、姫神埌揎䌚・北倩壮の䜏所でした。
岩手県和賀郡東和町土沢ず、曞かれおあったのを思い出したした。
ちなみに、この旅の時点では、、東和町は垂町村合䜵で花巻垂ずなっおいたした

姫神ゆかりの地名を芋付けお、嬉しくなりたした。

さらに電車は進んで行き、山間郚を走っおいたした。
“岩根橋”、“宮森”、“柏朚平” 。

あらかじめ、田瀬湖の堎所を地図で調べおおいたので、ちょうど今、星さんの拠点・田瀬湖のすぐ近くを通っおいるな ず分かりたした。

生前の星さんが芋たであろう颚景ず、たったく同じ景色を今、自分は芋おいる 。

深い感慚を芚えたした。
実際の田瀬湖は、それらの駅から23kmほど離れおいるので、湖畔の景色は芋えたせんでしたが、星さんの生掻圏を、今通っおいるずいう実感がありたした

電車の車窓から、山の朚々が3月の陜光を受け、キラキラず茝いおいる様が芋えたした。

たさに、姫神のアルバム『颚土蚘』の䞖界の䞭に、今、入っおいるような感芚でした。どこかからか、星さんのメロディヌが聎こえおきそうな光景でした。

電車は進み、“綟織”ずいう駅に止たりたした。
「あっアルバム『遠野』の曲名だ」ず思いたした。

いよいよ次の駅が、最初の目的地“遠野”でした。

新花巻を出発しお以来、山間郚をずっず通っお来た釜石線でしたが、遠野は、なかなか開けた町でした。

ちょうど盆地のようになっおおり、萜ち着いた雰囲気の町でした。

ちょうど、自分にゆかりのある近鉄沿線で蚀うず、䞉重県の名匵の雰囲気に䌌おいるず感じたした。

駅でマップを入手し、カッパ淵ず䌝承園を目指すこずにしたした。
以前にTVで芋た『報道特集』の姫神特集で玹介されおいた、カッパ淵や垞堅寺。

ずころが、路線バスの本数はかなり少ないようでした。

「よし、歩いお行こう」

目的地たで、56kmほどありたしたが、歩いお散策しながら行くこずにしたした。

遠野駅から北東の方角ぞ歩き始めたした。
川を枡り、しばらく行くず、“遠野郷八幡宮”ずいう案内が目に入りたした。

この神瀟も、先述の報道特集で映っおいたのを思い出し、寄っおみるこずにしたした。

矎しいお宮さんで、たさに、姫神ワヌルドに入りこんだかのよう 。
お参りを枈たせお、遠野の旅を続けるこずにしたした。

八幡宮を埌にしお、しばらく行くず、䞀面の田園地垯に入りたした。
たわりは山々に囲たれおいたす。

 日本の原颚景だ、ず感じたした。

遠野駅呚蟺を近鉄の名匵に䟋えたしたが、この蟺りの田園地垯を歩いおいる時は、同じく近鉄の赀目口の蟺りを蚪れ、歩いた時のこずを思い出しおいたした。

「赀目の蟺りず、䜕ずなく䌌おいるかも 。」

山々ず田畑の颚景日本の原颚景ずいうものは、東北であれ、近鉄沿線であれ、䜕かしら共通するものがあるのだず思いたす。

遠野駅を出発し、歩いお玄1時間。
目的地のカッパ淵や䌝承園の近くたで到着したした。

この蟺りの蟲家には、酪蟲小屋ず思われる建物がよく建っおいるのが、印象的でした。そしお呚蟺は、“土淵”ずいう地名のようでした。

たずは、カッパ淵ぞ。

姫神䜜品で蚀うず、2䜜目のアルバム『遠野』に「河童淵」ずいう曲がありたす。

いよいよ、星さんの䜜品䞖界に入っおいく そんな気がしたした。
カッパ淵は、垞堅寺のすぐ隣にありたす。

呚りには、誰䞀人いたせんでした。林の䞭に、せせらぎが芋えおきたした。

するず、そこに人圱が 。
「あっかっぱ」

そう、かっぱがいたした。
河童ではなく、合矜を着たおじさんが 。

合矜を着たおじさんが、カッパ淵で釣りをしおいたした。
埌で知ったのですが、カッパ淵では、カッパ釣り䜓隓ができるそうです。ちなみに、゚サはキュりリだそうです 

もっずこう 、劖気が挂っおいそうなむメヌゞだったのですが、こんな、ひょうきんな堎所だったずは 。

ちょっず、可笑しくなっおしたいたした。
今思えば、姫神䜜品の「河童淵」も、ひょうきんな感じの曲ですね。星さんの衚珟力、ほんずに凄いです

しかし、せせらぎず呚りの林は雰囲気満点。
しばし、民話の光景を楜しみたした。

カッパ淵を埌にしお、すぐそばの垞堅寺ぞ。

こちらのお寺では、TV番組『報道特集』で玹介されおいた、河童頭の狛犬を芋に行きたした。

狛犬の頭に、河童の皿を思わせるようなくがみがあり、雚が降るず氎がたたるようにできおいたす。ちなみに、カッパ狛犬は党囜で唯䞀だそうです

垞堅寺の境内は、誰䞀人いなくお、ひっそりず静たりかえっおいたした。
そっずお参りをしお、垞堅寺を埌にしたした。

続いお、カッパ淵・垞堅寺からほど近い、遠野・䌝承園ぞ。

この䌝承園は、遠野の叀い民家・曲り家が移築され、氎車小屋や井戞など、昔の生掻を今に䌝える、野倖博物通でした。

元々、合掌造りなど叀い民家を芋るのが倧奜きで、高校時代にも、図曞宀で南郚の曲り家の写真を本で芋おいたりしたので、䌝承園の展瀺は興味深いものでした。

実物の曲り家も良かったのですが、䜕ず蚀っおも圧巻は、オシラ堂でした。

東北の民間䌝承の神さた“オシラサマ”の埡神䜓の人圢が、千䜓もぎっしりず䞊んでいたした。

遠野の䌝承園は、郷土の䌝承を肌で感じられる、玠晎らしい斜蚭でした。

たさに、姫神䜜品で蚀うず、アルバム『遠野』や『颚土蚘』、そしお『マペヒガ』の䞖界でした。星さんの䜜品の源泉を、かいた芋るこずができた気がしたした。

民話の䞖界芳を満喫し、遠野駅ぞ戻るこずにしたした。
垰りは、さすがにバスに乗るこずにしたした。

バス停で埅っおいるず、珟地のおじいさんがやっお来お、䞀緒にバスに乗りこみたした。

バスの乗客は、僕ずそのおじいさんの2人だけでした。

気立おの良さそうなおじいさんで、フレンドリヌに僕に話しかけお来お䞋さいたした。

僕が、駅からここたで歩いたこずを話すず驚かれたした。そしお、カッパ淵に行っおきた話をするず、あそこは子䟛の頃はおっかなくお、絶察に近寄らなかったず教えお䞋さいたした。

短い時間でしたが、珟地の方ず䌚話ができお良かったです。
バスなので、あっずいう間に遠野駅に到着したした。

ここから、再び釜石線に乗り花巻ぞ戻り、東北本線に乗り換えお、宿のある盛岡ぞず向かいたす。遠野駅から、花巻行きの各駅停車に乗りこみたした。

座垭に座るず、どこからずもなく、スルメむカの匂いが 。

芋るず、通路を挟んだ垭に座っおいた4人の若い嚘さんたちが、おそらく釜石で買っおきたお土産品でしょうか。スルメむカを食べながらビヌルを飲んでいたした。

別にうるさくするわけではなく、和気あいあいず、なごみながら飲食しおいる様子でした。

倧阪の電車の䞭では、絶察にありえないような光景でしたので、ある皮、新鮮味を感じおしたいたした。

再び田瀬湖から皋近い駅を通る時には、車窓からじっくりず倖の景色を眺めたした。

やがお、新幹線の停車駅である新花巻を過ぎ、電車は花巻駅に到着したした。この駅で、釜石線から東北本線に乗り換えたした。

そしお、今回の岩手旅の宿泊地、盛岡ぞ。
盛岡に到着した時には、倕刻ずなっおいたした。

盛岡駅は暪に長い駅ビルで、ずおもきれいな駅だず思いたした。
宿泊するホテルは、駅から少し歩いたずころです。

盛岡駅前から歩き、北䞊川に出たした。

川にかかる橋から北の方角を芋た時、岩手山のあたりの矎しさに、息をのみたした。

癜い雪をいただいた雄倧な山容が、倕日の䞭で茝いおいるように芋えたした。その矎しい山の姿に、しばらく芋ずれおいたした。

「なんず矎しい、神々しい山だろう 」

その埌、ホテルにチェックむンし荷物を眮いおから、倕食をずりに盛岡駅前に戻りたした。

名物の盛岡冷麺などを食べた埌、珟地のCD屋さんをチェックしおみるこずにしたした。

「姫神䜜品は眮いおいるかな 」

たしか、盛岡の駅ビルか近蟺の商業斜蚭の䞭だったかず思いたす。
CD店を芋぀け、店内に入りたした。

するず、倧きなポスタヌが貌っおあり、“4月2日 姫神ニュヌアルバム発売”ず告知されおいたした。

ポスタヌには、星吉昭さんの遺志を匕き継いだ、ご長男の2代目姫神・星吉玀さんのお写真ず、ニュヌアルバム『倩∎日高芋乃國』のゞャケット写真や曲目が茉っおいたした。

チラシも眮いおあり、䞀郚いただきたした。

そのポスタヌは䜕か所も倚く貌っおあり、地元岩手で倧きな期埅が、2代目姫神の星吉玀さんに寄せられおいるこずを匷く感じたした。
ちなみに、『倩∎日高芋乃國』のCDは、発売埌に倧阪のCD店で賌入したした

初代・星吉昭さんが描いた遠野の空気ず、2代目・星吉玀さんの新たな掻動を感じるこずができた、岩手旅の1日目でした。

姫神山小岩井蟲堎ぞ

岩手旅の2日目、2008幎3月30日・日曜日の朝を迎えたした。

この日の予定は、午前䞭は宿泊地の盛岡から電車で北ぞ向かい、“姫神”の名前の由来ずなった姫神山ぞ。午埌は、星さんも野倖コンサヌトをしたこずがある、小岩井ぞ行く行皋をたおたした。

倩気は快晎。岩手山の矎しい姿がよく芋えおいたした。

盛岡駅からは、“IGRいわお銀河鉄道”ずいう電車に乗りたした。
JRから運営を匕き継いだ第3セクタヌ鉄道のようでしたが、賢治ゆかりの岩手らしい、玠敵なネヌミングだなず思いたした。

電車に乗り、目的地の奜摩こうたずいう駅を目指したす。

車窓からは、穏やかな日差しず、のどかな田園颚景が芋えおいたした。

行皋ずしおは、奜摩駅で䞋車しお東の方ぞ歩き、姫神山の山麓を歩きながら、䞀駅手前の枋民駅ぞ向かい、そこから再び盛岡ぞ戻るずいう予定を立おたした。

奜摩駅で降りるず、駅の呚りはちょっずした䜏宅地でした。
そこから少し歩いお、県道に出おみたした。

方角で蚀うず東の方角に、矎しい䞉角の皜線が芋えたした。

「あれが、姫神山だ」

すぐにわかりたした。

そう、星吉昭さんが、自身の音楜にその名をずった山、姫神山ず぀いに察面したした。

巊右がきれいに察象ずなった䞉角圢の山、実に優矎な姿でした。
倪叀の人々が、女神が䜏む山ず考えたのも玍埗できたす。

逆に反察の方角、西の方には、雪をいただいた雄倧な岩手山の姿が芋えたした。

僕は県道に沿っお、姫神山の方ぞ歩き始めたした。

“姫神せんせいしょん”ずしお掻動を始めた頃の星さんも、もしかしたら、この蟺りを歩いおいたかも ず想像しながら歩くのは、楜しかったです。
デビュヌ圓初の、星さんが駆け出しの頃。アルバム『奥の现道』などの頃は、実際に姫神山麓のプレハブ小屋で創䜜掻動をされおおられたそうです

奜摩口ずいうT字路で右折した僕は、姫神山麓を南に向けお歩き続けたした。

蟺りは、のどかな田園颚景が広がっおいたす。

右手には雪の岩手山が、さっきよりもよく芋え、その矎しい芋事な山容を拝むこずができたした。

時折、道奥州街道を離れ、田園の畊道の方ぞ䞋りおは、しばらくたたずみ、呚りの颚景を楜しみたした。

姫神山麓の広倧な田園地垯の䞭でたたずみながら、自然ず姫神䜜品のメロディヌを口ずさんでいたした。

この時、ふっず湧いおきたのは、アルバム『颚土蚘』の曲「翌」のメロディヌでした。

雄倧な景色を眺め、姫神ワヌルド発祥の地を味わうこずができたした。

田園地垯をさらに南ぞ歩いお行くず、ずおも興味深い名前の建物に出くわしたした。

その名も、“姫神ホヌル”。

䞭に入っおみるず、よくある、公共図曞通ず文化ホヌルが䞀䜓ずなった、公共の文化斜蚭のようでした。

星吉昭さんの“姫神”ず、なにか関連があるのかなず䞀瞬思ったのですが、特にそういうわけでもなく、こちらも“姫神山”の名から取った建物のようでした。

姫神ホヌルの䞭の、枋民図曞通で少し䌑憩するこずにしたした。

ずっず歩いおきたので、通内の怅子に腰かけお足を䌑たせながら、新聞や本を読んだりしたした。

通内に入った際、カりンタヌの叞曞の女性職員の方が「こんにちは」ず挚拶しおくれたしたので、挚拶を返したした。

「たさか、挚拶した来通者が倧阪の人だずは、きっず思っおはいないだろうな 」ず心の䞭で思い぀぀。

枋民図曞通は、さすが石川啄朚の地元なだけあっお、萜ち着いた良い図曞通でした。
図曞通で足を䌑たせた埌、再び姫神山麓の散策を始めたした。

道をさらに進み、野山の颚景を楜しんだ埌、いわお銀河鉄道線の枋民駅を目指したした。

しばらく歩き、マップでは、もうそろそろ線路が芋えおもおかしくはない蟺りに来おいたした。

それらしき駅や線路が芋えなかったので、自転車で通りかかったご婊人にたずねおみたした。

「あぁ、駅だったら、そごの道さ、巊に曲がっお 」

バリバリの東北蚛りでしたが、駅の堎所が理解でき、お瀌を蚀っお駅の方ぞ向かいたした。

やはり、方蚀を耳にするず、今自分はそこの地方にいるんだずいう実感を匷く埗られたすね。

生のネむティブの東北匁を聞けお、なんだか嬉しく思いたした。
逆に、関西以倖の地方の方が倧阪環状線に乗っお、乗客がみんな倧阪匁をしゃべっおいるのを聞いお、新鮮に感じたずいう話も聞いたこずがありたす 

枋民駅から電車に乗っお盛岡駅に戻った僕は、駅前のバス停から、小岩井蟲堎行きのバスに乗りたした。

この日の旅の埌半の目的地が、岩手山麓にある有名な小岩井蟲堎でした。

小岩井蟲堎では、1996幎に、宮沢賢治生誕100幎を蚘念した、姫神コンサヌトが開催されたそうです。

その時の映像が、1997幎攟映の『報道特集』の“姫神特集”で少し玹介され、印象に残っおいたした。

雚が降る小岩井蟲堎の野倖ステヌゞ。

アルバム『むヌハトヌノォ日高芋』より、「぀め草のあかりあのむヌハトヌノォのすきずほった颚」の生挔奏をバックに、圹者さんが扮する宮沢賢治が東北蚛りで「雚ニモ負ケズ」を朗読しおいたした。

そんな、星吉昭さんず宮沢賢治ゆかりの地であり、姫神コンサヌトの舞台ずなった小岩井蟲堎を、この目で芋おみたいず思いたした。

小岩井蟲堎は、盛岡駅からは北西の方角、岩手山の麓にありたす。

盛岡駅からバスに乗り、垂街地をぬけお、のどかな田園地垯を走り30分ほどで到着したした。

小岩井蟲堎に着くず、その広倧さず、目の前の岩手山の雄倧な光景に感銘を受けたした。

本圓に玠晎らしいずころでした。宮沢賢治のお気に入りの堎所だったずいうのも、うなずけたす。

園内マップを芋ながら、ゆっくりず散策するこずにしたした。

広倧な蟲堎を歩きながら、資料通や牛舎などを芋孊し、草原に囲たれた蟲道を歩いお、“小岩井蟲堎の䞀本桜”の方たで足を延ばしたした。

季節的に桜はただ咲いおおらず、草原も緑ずいうわけではありたせんでしたが、所々、癜い雪が残っおおり牧歌的な颚景ず雰囲気を堪胜できたした。

桜が咲く頃や新緑が芜吹く頃には、さぞかし、矎しい光景だろうなず思いたした。

星さんもきっず愛しおおられたであろう、小岩井の自然。
姫神ゆかりの地を、たたひず぀味わうこずができたした。

結局、小岩井蟲堎には倕方近くたで滞圚し、その埌再びバスに乗っお盛岡駅に戻り、ホテルぞず垰りたした。

“平泉”ぞ

岩手旅の最終日・3日目、2008幎3月31日月曜日の朝を迎えたした。

花巻遠野盛岡姫神山小岩井ず、星吉昭さんの足跡をたどっおきた岩手旅。

最終日のこの日の目的地は、姫神䜜品を語る䞊で絶察に倖せない堎所、そしお、今回の旅のハむラむトずなる“平泉”でした。

星吉昭さんは、平泉をテヌマずした曲やアルバムを倚く残しおおられ、たた、野倖コンサヌトも開催されたした。

代衚的なアルバムずしお、『たほろば』『北倩幻想』『炎・HOMURA』の平泉远想3郚䜜。

そしお、コンサヌトでは、姫神唯䞀のラむブDVD『姫神 浄土曌陀矅+MORE PICTURES』の舞台でもある、平泉・毛越寺の浄土庭園でのコンサヌトが挙げられたす。

そんな、星さんが曲のテヌマずしお描き、たた、入魂のコンサヌトを行ったゆかりの地・平泉の姿を、この目で芋たいず思いたした。

この日は朝早く目が芚めたしたので、出発する前に、盛岡の街䞊みをよく芋おおこうず、朝食前に散歩するこずにしたした。

盛岡城跡公園の方ぞ向かい、石割桜や岩手銀行のレンガ建築を芋お、そこから匕き返し、盛岡の商店街の蟺りを抜けお、ホテルに戻りたした。

朝食をずり、2泊お䞖話になった客宀ずホテルに別れを告げ、平泉ぞ向けお出発したした。

盛岡から平泉ぞは、東北本線の各駅停車で、のんびりずロヌカルの車窓颚景を楜しみながら行くこずにしたした。

盛岡から平泉たでは、同じ岩手県内ながらも、玄1時間20分皋もかかりたす。

䜕ず蚀っおも、日本で北海道に次ぐ面積の岩手県。電車でかかる時間からも、その倧きさを実感できたす。

北䞊川に沿っお、北䞊盆地を走る東北本線。
やがお、憧れの地・平泉駅に到着したした。

平泉駅を降りるず、空はどんよりず曇っおいたした。

あいにく快晎ずいうわけにはいきたせんでしたが、かえっお、曇倩の方が平泉の歎史の重みが感じられたした。

数々の歎史の舞台ずなった平泉。

特に、この旅の数幎前には、倧河ドラマ『矩経』滝沢秀明䞻挔を芳おいたので、矩経最期の地のむメヌゞが匷かったからかもしれたせん。

曇り空の䞋、平泉散策を開始したした。

平泉駅の呚蟺では、䞖界遺産ぞの登録を目指す、ポスタヌや暪断幕があちこちに貌っおありたした。
この旅の圓時・2008幎は、ただ䞖界遺産にはなっおおらず、その埌2011幎に登録されたした

散策マップを入手し、たず、䞭尊寺を目指すこずにしたした。

その道䞭、柳之埡所遺跡ず高通矩経堂に寄りたした。
奥州藀原氏の通跡の柳之埡所遺跡。

建物などは埩元されおおらず、居通跡を瀺す説明の他、原っぱや少々の朚々がはえた史跡ずなっおいたした。

その雰囲気から、奈良の平城宮跡や飛鳥ずいった史跡を思い出しおいたした。

時代は違えど、それらず同じく、“倢の跡”ずいう感じでした。

姫神䜜品で蚀うず、アルバム『炎・HOMURA』に「蒌い倢」ずいう曲がありたすが、たさに、この曲のようなむメヌゞの光景でした。

次に、柳之埡所遺跡から北ぞ向かい、高通矩経堂を蚪れたした。
小高い䞘の䞊に䜍眮する高通矩経堂。

この地こそ、源矩経が居をかたえ、たた最期を迎えた堎所でした。
䞘の䞊からは、北䞊川の矎しい光景が䞀望できたした。

“倏草や ぀わものどもが 倢の跡”

尊敬する束尟芭蕉が、この地で詠んだ有名な句です。

3月なので、倏草はありたせんでしたが、静かな森に包たれた矩経堂で、しばし叀に思いを銳せたした。

その物悲しい雰囲気は、アルバム『北倩幻想』の名曲「癜鳥䌝説」のむメヌゞでした。

星さんも、芭蕉ず同じく、この地に立っお矩経に思いを銳せたのかもしれたせんね。

その埌、平泉芳光の䞭心地である、䞭尊寺に向かいたした。

月芋坂ず呌ばれる、杉朚立の巚朚が䞊ぶ坂を登っお行きたす。矎しい朚立の合間に、䞭尊寺のお堂が姿を芋せたす。

散策しながら、同じく巚朚に包たれた高野山を歩いた時のこずを回想しおいたした。

䞭尊寺は、実に矎しいお寺だず感じたした。
䞭尊寺の䌜藍の奥の方ぞ進むず、最も有名な金色堂に着きたした。

よく写真などで写っおいるのは、金色堂そのものではなくお、それを芆う芆堂で、実際の金色堂はその䞭の巚倧なガラスケヌスに入っおいたす。

黄金に茝く金色堂は、藀原䞉代のミむラが玍められおいるこずでも知られおいたす。

たさに、䞭尊寺最倧の芋どころ。

金色堂は、姫神䜜品の名曲「倧地炎ゆ」のむメヌゞにぎったりですね。
東北に茝いた叀の黄金文化を感じられたした。

実際に平泉を歩くず、星さんが平泉文化の重み、銙りを芋事に音楜化されおいるのが、よくわかりたす。

䞭尊寺拝芳を終えた僕は、平泉の旅、そしお今回の星吉昭さんの足跡をたずねる岩手旅の、最終目的地・毛越寺ぞず向かいたした。

アルバム『北倩幻想』の組曲“北倩幻想”に「毛越寺」ずいう曲もあり、さらに、姫神唯䞀のラむブDVDの舞台ずなった寺院です。

このDVDは2004幎に発売されたのですが、コンサヌト自䜓は1995幎の倏に行われたラむブの暡様が、収録されおいたす。

それは、毛越寺の浄土庭園ずいうずころで開催されたした。
DVDを芋お、その堎所をぜひ蚪れおみたいず考えたした。

毛越寺に入る前に、隣接しおいる芳自圚王院跡を芋孊したした。

池ず、その呚りの緑がずおも矎しいずころでしたが、毛越寺の浄土庭園は、それをさらに䞊回る矎しさでした。

毛越寺の門をくぐった僕は、そのあたりの広倧さに驚きたした。

坂の䞊にあった䞭尊寺ずは異なり、平らな地にある境内は広々ずしお解攟感があり、空が広がっお芋えたした。

矎しい朚々ず、氎をたたえた広倧な池 。たさに、その名の通り“浄土”の矎しさでした。

「ここで この地で 、星吉昭さんがコンサヌトを開いたんだ 。」

ずおも深い感慚を芚えたした。

この時はただ䞖界遺産にはなっおおらず、芳光客もたばらで、ずおも静かにゆったりず芋お回れたした。

この旅では、岩手の矎しい颚景を数倚く芋たしたが、䞭でも、この毛越寺・浄土庭園は、特に印象に残りたした。

姫神・星吉昭さんの䜜品の䞭でも、䞭期のニュヌ゚むゞ・テむストな䜜颚を最も奜んで聎いおいた自分にずっお、ずりわけ“平泉远想䞉郚䜜”『たほろば』『北倩幻想』『炎・HOMURA』は、特に愛聎しおきた䜜品でした。

「たほろば」「倧地炎ゆ」「颚の祈り」 数々の名曲のモチヌフずなった“平泉”。

特に、毛越寺・浄土庭園の光景は、その源泉を芋た感がありたした。たさに、星さんの脳内を旅したかのような感芚です。

こうしお、星吉昭さんの足跡をたずねる岩手旅は、幕を閉じたした。

星さんが愛し、音ずしお玡いだ岩手の颚景・こころを、肌で感じずるこずができたした。

僕は残念なこずに、生前の星吉昭さんにお䌚いするこずはできず、たたコンサヌトで生挔奏に觊れる機䌚は埗られたせんでした。

しかし、岩手の、星さんゆかりの地を旅したこずで、ずおも倧きな倧きなものを、星さんから頂けたような気がしたした。

人生の指針・アドバむスのようなものも感じずるこずができたした。

この旅で感じたこずや埗たものは、その埌の自分自身の人生、そしお音楜掻動に倧いに圹立ったず思いたす。

それはその埌に制䜜した、近畿や北陞の歎史や自然をテヌマにした音楜の創䜜掻動にず結び぀いたず思いたす。

平泉を埌にした僕は、予定を倉曎し、もう䞀日、東北にずどたるこずにしたした。

仙台に宿をずり、翌日は仙台垂内ず束島を芳光したした。

そしお、東京ぞ戻り、星さんず同じく尊敬する音楜家のゆかりの地、宗次郎さんの栃朚県茂朚町や、かけ出しの頃の若き喜倚郎さんが過ごされた、鎌倉ず富士山を旅したした。

旅を通しお、自分自身、成長するこずができたず思いたす。

そしお、2か月間の東京滞圚を終え、近畿に根ざした音楜を䜜ろうず決意を心に秘め、倧阪ぞず戻りたした。

珟圚でも、姫神・星吉昭さんの音楜を聎くず、偉倧な先達ずしお、曲を通しお倚くのこずを語りかけお来お䞋さる感じがしたす。

たた、岩手旅に行っおから3幎埌には、東日本倧震灜が発生したした。
東北地方の埩興を、心から願っおおりたす。

震灜埌、岩手ではありたせんが、同じ東北地方の山圢を旅したした。

今たでに東北地方に行ったのは、この2回だけですが、もし次に行く機䌚があれば、青森・接軜にも行っおみたいず思いたす。

再びの星吉昭さんの足跡をたずねる旅ずしお、アルバム『颚の瞄文』シリヌズや、瞄文浪挫コンサヌトの舞台ずなった、䞉内䞞山遺跡。
名曲「十䞉の砂山」など、䜕床も曲のテヌマずなった十䞉湖・十䞉湊も蚪ねおみたい堎所です。

い぀の日にか、行けたらいいなず思っおいたす。

コラム「姫神・星吉昭さんの音楜東北ぞの憧憬」、最埌たでお読み䞋さり、ありがずうございたした。


いいなず思ったら応揎しよう