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余命〜帰省2日目(日記エッセイ 4/29)

4月29日(水)
実家に帰省した時はいつもそうなのだが、朝まで全く気づかずにぐっすり眠れる。今回ももれなくそうだった。たぶん、帰省に至るまでの準備などで慌ただしく前の日も寝るのが遅くなったり、出発する朝も早起きになるというだけのことだと思うが。

母は今日はデイサービスの日。私がいるときは休ませてあげるほうがいいのかなと思うのだが、リズムを崩さないで行くほうが良いらしい。お迎えにみえた職員さんに、義姉が私を「娘さんが帰省してはるんです」と紹介してくれた。「いつも母がお世話になってありがとうございます。遠方にいてなかなか来れないのですがよろしくお願いします」と気持ちを込めて丁寧にお礼を言った。フランクで飾らない方だったのだが「ああそうか、連休だから帰ってこられたんですねえ。世間は連休でええわなあ。私ら連休とか関係なしや」と大きな声で言われ、どう返したら良いかわからず「ありがとうございます」としか言えなかった。こういう嫌味を言う人は、母に対してももしかしてキツい言い方をなさることあるのかななどと、普段お世話になっていることはありがたいけど、ちょっといろいろ考えて胸の奥がギュッとなった。


今日は、父の主治医の先生から家族への説明もあるとのこと。ちょうどこのタイミングで帰省できたことで、私も一緒にお話を聞けるのでよかった。兄が仕事を中断して戻り、義姉、私の3人で車で病院へ向かった。約束の時間より少し早く着いたので先に父の顔を見に行く。今日も喜んでくれた。昨日の阪神の試合は見なかったらしいが、兄が「ボロ負けやったし見なくてよかったぞ」などと父に言っていた。今日はデーゲームだから昼間の退屈がしのげるだろう。


先生とのお話。詳しいことは割愛してシンプルに書くが、癌の転移が著しいこと、父の状態は芳しくなくリミットが迫っていることを告げられた。もしかするとここ1ヶ月。もちろん人間の生命力は何を秘めているかわからないけれど、検査の結果と本人の様子から診断すると、そういうことなのだ。「会いたい人には会わせておいてあげるといいかもしれません」と先生。そして一度退院して家で過ごす時間を持てるかどうかなどの相談なども行われた。だとしても連休に入るので少なくともその段取り(訪問看護など)の話ができるのは連休明け。それまでに急変するかどうかはわからないけれど、とにかく段取りだけはつけておこうということになった。


ああ、とうとうその時がやってくるのかという思い。もちろん覚悟はしていたけれどね。父が病気を発症してからずっと思っていたのだが、主治医の先生がとてもいいかたで感謝している。話がわかりやすくて温かいのだけれど、きちんと言うべき厳しいことも言ってくださるのでストレートに話が入ってくる。そして納得ができる。人間としても見習うことが多い先生だ。


先生との話を終えて、もう一度父のところへ。髭を剃りたいと言って、電気シェーバーを取り出し自分でバリバリと剃り始めた。その姿が何やらユーモラスで微笑ましくなった。こうして見ている分にはもう少しでお別れになるとは思えないのだけどなあ。

帰りに3人で昼ごはんを食べに行き、今後の相談など。私は息子が3月に帰省した時に「関西方面に行くことがあったら一度じいちゃんとばあちゃんに顔を見せに行ってあげてよ」と言っておいた。息子は小さな頃からじいちゃんとたいそう仲が良くて、そう言った時に「うん、じゃ次に関西方面に行く時は必ず寄る」と言っていたのだ。しかしこれはもう待ったなしなので、すぐにLINEを入れ「この連休中に関西方面に来ることある?」とだけまず聞いたら「ないっすね」といたってライトな返信が来た。来る予定があるのならそれに引っかけて来てもらおうと思ったのだが、私の聞き方が普通だったので返信がライトなのも無理はない。それでなぜそんなLINEをしたのかの経緯を書き送ると「3日に行きます。新幹線も予約できるか今からすぐやります」と速攻で返事が来て、また数分後、「取れた」と。さすがじいちゃんっ子。なので、多分私ももう一度3日に実家に来ることになろう。


悲しみが押し寄せてくると同時に、やれることはどんどんやっておかないといけない、という活発なモードに入り、人の思考や感情は不思議なものだなと思う。できるだけ自分も悔いの残らないように、そして一番大切なのは父ができるだけ残りの時間を楽に過ごせたり、少しでも嬉しい気持ちを持てることに心を尽くしたいと思う。

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