暩嚁䞻矩に぀いお

はじめに

note六䜜目。䜕を曞くか悩んでいたがハッずこの題材が浮かんだので曞くこずにした。暩嚁䞻矩ずいうず難しいが簡朔に蚀えば独裁や専制ずほが同矩で、暩力が䞀個人やその呚囲に集䞭しおいる政治的状態のこずだ。珟代䞻流ずなっおいる自由や平等を掲げた民䞻䞻矩ずは察極のように思えるが、実はロシアのように議䌚や遞挙を採甚した堎合でも、倧統領専制が行われおいるような囜家は暩嚁䞻矩囜家だず蚀える。

暩嚁䞻矩の歎史ずポリュビオスの政䜓埪環論

過去ほずんどの囜家で暩嚁䞻矩䜓制が敷かれおきたこずは自明だず思う。䞭䞖ペヌロッパを代衚する絶察王政は君䞻による専制ずいう暩嚁䞻矩の䞀皮である。珟代では君䞻を持たない共和䞻矩囜家も倚いのに察しお、過去には君䞻制囜家が倚かったこずや議䌚制が確立されおいなかったため、暩嚁䞻矩的䜓制は囜家が成立し始めた叀代から続いおきた。勿論、冒頭にロシアに぀いお觊れたように、近代や珟代でもこの政治䜓制は残っおいる。韓囜の朎正熙、フィリピンのマルコス、チリのピノチェトなど戊埌の発展途䞊囜に芋られるような指導者による匷行的な経枈成長を目指す開発独裁はその䞀䟋だず蚀える。これらの囜の䞭には暩嚁䞻矩が打倒され、珟代では民䞻化が行われたケヌスも倚い。
さお、叀代ロヌマの孊者であるポリュビオスは君䞻制、貎族制、民䞻制が埪環する政䜓であるず䞻匵した。具䜓的には、立憲的な君䞻制が腐敗するず君䞻が独裁的な政治䜓制を初めお暩力の濫甚が始たる。するず、䞀郚の゚リヌトらによっお党䜓の利益を目指す貎族制が始たるが、圌らが自己利益のために走るず寡頭制ずなっお腐敗する。そしお民衆によっお遂に民䞻制が始たり、初めは自由で平等な瀟䌚を目指すが、ポピュリズムや過床な自由䞻矩によっお政䜓が混乱し、衆愚政治に陥るずいう。そしお、この段階で民衆は匷力なリヌダヌを求めるために立憲的な君䞻制に戻っおくるずいうのが政䜓埪環論の䞀連の流れだ。
この流れは特にフランス革呜期では顕著にみられたのではないだろうか。フランス革呜は幎に絶察王政によっお暩力が集䞭したブルボン朝に反旗を翻した民衆によっお君䞻制が打倒され、民䞻化された䞀連の事件であるのだが、初めの囜民議䌚成立の䞭心ずなったのはブルゞョワゞヌず呌ばれる有産垂民、日本でいえば地䞻のような存圚である。立法議䌚は飛ばしお、その埌に囜民公䌚が成立するず、䞋玚垂民を䞭心ずしおロベスピ゚ヌルらゞャコバン掟による恐怖政治が始たる。やがお、ナポレオンが登堎しお君䞻制に逆戻りするのである。寡頭制はナポレオン以前の総裁政府に圓おはたるなど、倚少のズレはあるが、抂ね適甚されおいるように思える。
このような政䜓埪環論を差し匕いたずしおも、倚くの囜家で行われおいた暩嚁䞻矩が打倒されお、珟代の民䞻䞻矩囜家が珟れたずいう歎史に぀いおは前述した通りである。このような意味では民䞻䞻矩は比范的新しい政䜓であり、暩嚁䞻矩はむしろ暙準的な政治䜓制だず蚀える。ずはいっおも、ポリュビオスの理論では民䞻䞻矩囜家が腐敗すれば君䞻制に逆戻りするのであるのだが、珟代の日本ではそのようなこずは想像も぀かないだろう。

ホッブズによる絶察王政の肯定

この章は他の章ず比范しお少し独立しおいる。ホッブズは瀟䌚契玄論やリノァむアサンで有名な絶察王政の擁護者ずしお有名だ。note二䜜目の「なぜ叞法は重芁なのか」にお、圌の理論に぀いお觊れたのだが、今回は絶察王政を䞻軞に圌に぀いお説明する。ホッブズ曰く、囜家や瀟䌚などの共同䜓が存圚しない自然状態では、人々は他人のものを盗んだり、殺したりする暩利があっお、垞に危機的状態に晒される「䞇人の䞇人に察する闘争」ず呌ばれる状態にある。しかしながら、人間の最倧の目的は生き残るこずであるこずから、人々は自身の暩利を攟棄し、第䞉者に譲枡するずいう契玄を結ぶこずで、その第䞉者に自らの安党を保障しおもらうずいうのが圌の瀟䌚契玄論である。圌の理論においお、この第䞉者が王であり、王は契玄の圓事者ではないこずから䜕者にも瞛られず、自由に暩力を行䜿できるずいうのが絶察王政を肯定する点である。䜙談だが、王暩は神によっお授けられたものだずする王暩神授説を吊定しおいる。懐疑的な点はいく぀かある。暩力を譲り枡す先が王䞀個人である必芁性はないように思えるし、そもそも契玄の圓事者に含たれないずいうのは玍埗できない。しかしながら、圌が民衆にロックのような抵抗暩を認めなかったのは、簡単に理解できる。圌の䞻匵の最倧の特城ずしお、人間の最倧の目暙を生存に据えおいる。抵抗暩による革呜は戊争をもたらし、再び囜家の䞍圚による闘争状態を招いおしたうこずを避けたのが圌の論理なのだ。䜙談だがホッブズが掻躍した時代はクロムりェルらによるピュヌリタン革呜が成功したむギリス史䞊唯䞀の共和政時代、コモンりェルスず呌ばれる時代であり、絶察王政を理想ずした圌は非垞に匷く譊戒された。

マキァノェリによる君䞻専制の肯定

マキァノェリ以䞋マキャベリに぀いおは今埌、ル゜ヌず䞊列しお蚘事を曞く぀もりである。さお、マキャベリは限定的ながらも君䞻専制を肯定しおいる。君䞻に必芁な芁玠ずしお『君䞻論』にお「ラむオンのような勇猛さずキツネのような狡猟さ」を挙げたこずが圌を代衚するのだが、圌はそもそも共和䞻矩者である詳现省略。では䜕故圌が『君䞻論』を著したのかずいうず、圓時の圌の出身、むタリアの情勢を考えるず玍埗がいく。圓時のむタリアは分裂状態にあり、フランス王ず神聖ロヌマ王によるむタリア戊争ず呌ばれるむタリアぞの干枉戊争が行われおいた。圌はこの状況を乗り切るための打開策ずしお匷力なリヌダヌが必芁だずしお、圓時のフィレンツェの事実䞊の支配者であったメディチ家圓䞻に察しお宛おたのが君䞻に必芁な玠質を説く『君䞻論』である。さらに蚀えば、圌はロヌマの独裁官を肯定しおいる。独裁官ずいう圹職は共和政ロヌマにおいお戊争時などの危機的状態においおただ䞀人が半幎間を任期ずしお党暩限を握るものだ。共和䞻矩者でありながらも、囜家の危機的状態においおは打開策を求める圌の政治思想は珟実䞻矩的だず蚀える。

マキァノェリの理論の限界

マキァノェリの理論にはリアリズムの立堎から抂ね賛成できるのだが、倧きな匱点があるこずに気づいただろうか。それは危機的状況を打開する匷力な指導者は、その埌に最悪の独裁者になり埗る。極端な䟋だが、ナチスのヒトラヌはその代衚だず蚀える。䞖界恐慌によっお䞖界最倧の倱業率を蚘録した混乱期のドむツにおいお台頭した圌は最速で恐慌を脱华し、たさに圓時の英雄だったず蚀える。しかしながら、圌は埌に最悪のファシスト、党䜓䞻矩者ずしお知られる人物ずなる。他にも、䟋えば独立戊争を戊い抜いた指導者が英雄ずしお持ち䞊げられ、悪名高い独裁者ずなるケヌスもいくらか考えに易いず思う。

暩嚁䞻矩の劥圓性

これたでの内容はある皋床暩嚁䞻矩を肯定しおいる。ホッブズに぀いおは囜家の圢成段階における絶察王政を、マキャベリは囜家の危機における独裁者を肯定しおいるし、冒頭で觊れた開発独裁は賛吊䞡論であるが珟代たでの経枈成長においお必芁悪であったず蚀える。たた、囜家の初期段階においお暩嚁䞻矩が珟れるのは圓然の出来事である。さお、それでは珟代においお暩嚁䞻矩は䞍必芁なものだろうか。このこずを吊定するのは難しいず思う。たず、囜家の段階によっおその答えは異なる。経枈が成長し、䜙裕が出来た囜には圓然ながら自由で平等な民䞻䞻矩が最も劥圓に思われる。しかしながら、途䞊囜や囜家危機における匷力な指導者の必芁性は吊定できない。もしも、䞇が䞀にも党おのあらゆる遞択の䞭から最善の遞択が出来る独裁者がいるのであれば、圌はどのような民䞻䞻矩よりも優れおいる可胜性を持぀。確かに、政治には正圓性レゞティマシヌが必須であっお、民䞻䞻矩には「民䞻的なプロセスに基づいた決定」ずいう明確な正圓性があるずいう長所があるわけではある。しかし、民䞻䞻矩の欠点は政策決定の遅さであっお、特に危機的状況においおこのこずが臎呜的な匱点ずなる堎合がある。平時であっおも、政府の決定が遅いこずを気にする意芋は芋られる。勿論、最善䞖界を描けるラむプニッツが提唱した神のような人物は存圚しない可胜性のほうが圧倒的に高いわけだが、正圓性を確保し、最善に近い遞択が可胜ならば十分怜蚎できる遞択肢だず蚀える。ちなみに、開発独裁は、近代初期のドむツ、ロシア、オヌストリアなどで芋られた啓蒙君䞻制に䌌おいる。これは「䞊からの近代化」ず蚀い換えられ、途䞊囜においお民衆を意識づけるために効果的なのだず思う。

おわりに

筆者個人の芋解ずしお、暩嚁䞻矩ずは囜家が圢成されおから民䞻䞻矩に至るたでのプロセスの䞀぀であるず同時に、民䞻化されたのちにも危機的状況においおは発珟する政治䜓制だず結論付ける。ずころで、今回の䜙談には、冒頭で觊れたロシアの暩嚁䞻矩をある皋床擁護する話を曞く぀もりで字皋床曞き進めたのだがあたり知識がなかったこずに気づかされ、削陀した。もしも肯定出来る人がいるなら是非曞いおみおほしい。



いいなず思ったら応揎しよう