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アート探検_隠岐へ配流_後鳥羽天皇御火葬塚

島根県隠岐郡海士町海士にある[後鳥羽天皇御火葬塚]を訪問した。

歴史で日本人にとって隠岐と言えば、島流しの場所として知られる。
配流され没した中で最も高位なのは、第82代天皇であった後鳥羽上皇。

後鳥羽上皇は、承久の乱により1240年隠岐に配流された。
海士町内にある苅田郷源福寺を仮御所と定め、19年間過ごした。

60歳で崩御し、その遺骨の大部分は今の御火葬塚に納められた。
御火葬塚は、江戸初期頃まで片石を置いて標識としたらしい。

江戸時代初期、松江藩主 松平直政が御廟を造営した。
明治以降、御火葬塚は他の天皇陵のように宮内庁が管理している。

明治期になり、明治天皇により大阪の水無瀬神宮に合祀された。
水無瀬神宮は、後鳥羽天皇が都から足繁く通った水無瀬の離宮跡だそうだ。

余談だが水無瀬神宮の祭神は、承久の乱で配流された三天皇である。
 第八十二代天皇 後鳥羽天皇
 第八十三代天皇 土御門天皇
 第八十四代天皇 順徳天皇

火葬塚付近は現代ですら、民家以外何もないような場所である。
配流されてから没するまでの19年間、どのような心情だったのだろうか。

後鳥羽上皇は、和歌に造詣が深い。
勅撰『新古今和歌集』は、上皇の詔による。
在島19年間の間に多くの秀歌を遺した。

2022年07月訪問

備考
写真撮影は可能

< 概要 >
場所名:後鳥羽天皇御火葬塚
住所:島根県隠岐郡海士町中里

地図

< WEB >
海士町:後鳥羽上皇御火葬塚

水無瀬神宮

宮内庁:後鳥羽天皇 大原陵

隠岐の島旅:後鳥羽天皇御火葬塚

< Movie >
『隠岐と後鳥羽院』隠岐・海士町後鳥羽院御遷幸800年記念


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