マリーアントワネットの軌跡を辿る
宝塚歌劇に人生を費やしている私としては行かねばならんと、1年程前の告知からずっと待ちわびていた展覧会に行ってきました。
マリー・アントワネット・スタイル

宝塚歌劇とかなり親和性の高い人物の1人、マリーアントワネット。
私は宝塚を通してベルサイユのばらを予習しているうちにすっかり作品に魅了されてしまいました。
私のマリーアントワネットという人物との出会いはそこからでした。
彼女の軌跡を辿るべく、横浜美術館へ行って参りました。
この展覧会はマリーアントワネットのファッションをメインテーマに、現代のファッションにも彼女のセンスが受け継がれている という流れと彼女が生まれ、処刑された没後の話までの人生年表の二軸で展示がされていました。
ベルばらの世界観だけでは知ることのできなかったマリーアントワネットの人間性も垣間見ることができ、非常に面白かったです。


令和の時代からは考えられないほどの豪華絢爛さ。

衝撃的だったのはこの展示。
現代で言うところの正装時に着用する下着みたいなもので、コルセットの役割も果たすそうですが、この腰の細さを見て!!!!臓器はどこに行ってしまうの!!!笑
後ろからギュッ!!!と締めて貰ってたんでしょうけど、見てるだけで具合が悪くなりそうでした…笑


マリーアントワネットの着用品はリボンモチーフやピンク色が多かったような気がします。彼女のアイコンなのでしょうね。
現代でいうプリキュアとか、お姫様といえばリボン!みたいな印象って元はここから来てるんじゃないかと思いました。

母であるマリア・テレジアから派手過ぎだと注意を受け、心配される程マリーのファッションは当時ギャンギャンだったそうですが、この後のプチトリアノンをルイ16世から譲り受けてからは田園期に入り、当時の年齢もあったのでしょうが、めちゃくちゃ落ち着きを放ってました。おおい急に落ち着くな!!と心の中でツッコんでました。
元いたウィーンでは割とこのような生活に近かった?のではないかと思い、故郷を恋しく思う気持ちや彼女の理想の暮らしの実現がこの田園期を発足させたのではないかと感じております。
14歳という若さでフランスに嫁がされ、その際にウィーンで着用していたもの、愛用していたものは全て取り上げられ、嫌でもフランスに染まらなければならなかった彼女を想うと、そりゃあファッションに乗り移るほど故郷に想いを馳せるわ…と同情しました。
あと個人的に関心したのは母のマリア・テレジア。
当時アジアの文化にも非常に関心があったそうで、日本の漆器を大変気にいられていたのだとか。(いくつか展示があったのに写真撮り忘れました…)
「私はダイヤモンドより漆器よ」というお言葉まで遺されているそう。
こんな場所、こんな時代でもジャパニーズカルチャーにお心を寄せる人物がいたとは。マリア・テレジアはアンテナが高い人物だと感じました。
マリーアントワネットがフランスでファッションリーダー的な立ち位置となっていったのも、元を辿れば遺伝なのかもしれないですね。
また、当時のオーストリアとフランスでは文化の毛色が随分と違うんだなと感じました。
そして時代は流れ、展示も段々とダークなものになって行きました…
マリーアントワネットは本当に悲劇のヒロインです…噂というのは怖い。例えそれが虚偽であったとしても即座に広まって多くの人の印象を操作していく…
マリーアントワネットを民衆が悪人として仕立て上げることに拍車がかかってしまった首飾り事件。

眩しいほどのダイヤモンド。15カラットもあるそうです。令和価格だと一体いくらになるんだ。私の生涯年収でも買えない金額だろうな…笑
この事件、マリーアントワネットは完全にとばっちり案件で被害者なのですが、それ以前から既に民衆からの信頼を失っていた彼女は世間から最悪の解釈をされ、炎上してしまったという所が悲しすぎます。
風刺画ではドラゴンなどの化け物としてマリーアントワネットを描き、売春婦のような印象もあったみたいで、性的表現のある絵も多くありました。
そしてフランス革命が起き、テュイルリー宮殿への移動、その後ルイ16世一家は逃亡を図ろうとしますが失敗に終わり、火に油を注ぐ結果に…王政廃止とルイ16世の処刑…約8年の間に王家の生活は180度変わってしまい…
そして、マリーアントワネットの処刑。

マリーアントワネットの首をはねたとされているギロチンです。

処刑されてすぐ作られたマダム・タッソー作のデスマスク。本物の首から型どってるのでまさにこのお顔だったのだと思うのですがデスマスクでこの顔の整い方って凄くないですか?安らか過ぎん?普通首飛んでるんだからぐあっ!みたいな痛そうな顔になりそうじゃないですか?
最期の時までマリーアントワネットはフランス王妃としてのプライドを捨てず、民衆の前で死んで行った事実に心を打たれました。
そしてまた時日は流れ…マリーアントワネットは時代と共に大きな影響を与え、彼女を支持する方も出てきた…という展示に変わっていきました。ここからはマリーアントワネットの没後のお話です。
特に強火オタクだったのが皇后ウジェニー。


そもそもウジェニーもマリーアントワネットと似た一面を持っており、スペイン生まれでありながらフランスへ嫁いできた身。その親近感こそがマリーアントワネットに対するウジェニーのリスペクトの始まりだと思います。
なんで私が強火オタクという表現をするのか。
ウジェニーのマリーアントワネットリスペクト魂の行動を見れば分かります。
・マリーアントワネットの遺品を収集
・マリーアントワネット風ファッションを取り入れる
・仮面舞踏会でマリーアントワネットに扮する
・プチトリアノンの修復
・プチトリアノンにマリーアントワネットゆかりの品を展示して一般公開する
(これはネットから引用してきた知識なので相違ございましたら申し訳ございません)
なんつーか、もう崇拝の域だな。
マリーアントワネット界隈のTOです。
マリーアントワネットリスペクトなので、ウジェニーのアクセサリーもリボンモチーフが多かったです。
そして現代。
マリーアントワネットのイメージは現代にも受け継がれており、様々なデザイナーがインスピレーションを得てファッションや映画などに落とし込んでいきました。


現代のデザイナーが生み出したファッションもやはりマリーアントワネットに着想を得ているので全体的にパステルカラーやピンク・リボンモチーフの物が割と多い気がします。あとはトワルドジュイを使ったドレスなど。でもよく見るとトワルドジュイの柄にマクドナルドの絵が書いてあったり。ユニークで面白いです。

私が好きなマリーアントワネット風ファッションはこれです。
ミーダム・カーチョフの2013SSコレクション。
マリーアントワネットのアイコンであるリボンとロココ調を取り入れつつも現代らしさを取り入れたラブリーかつパンクなスタイル。かわいい。これ私じゃ絶対着こなせないけど欲しい。
展示自体はこんなかんじで終了しました。
最後に
宝塚版ベルサイユのばらで
―私の罪 それは平凡な女が王妃になったこと
というマリーアントワネットの曲のフレーズがあるのですが、ふとこの展覧会を見ていて頭に浮かびました。
嫁がされた年齢も年齢ですが、音楽などの芸事や田園での生活を好まれるあたり、王妃である前に普通の女性であるのだと。とはいえ、政略結婚なのでオーストリアで引き続き平穏な生活を送るということも難しかったのでしょう。そしてフランスでの厳しい監視下での生活。あまりにも報いが無さすぎる。
そんなマリーアントワネットの美しくも脆い一生をこの令和という時代、しかも自分が生きている時に知る機会があったことに圧倒的感謝です。
気になる方はぜひ横浜美術館へ。
700円で音声ガイドをお借りできるのですが、マリーアントワネットのファッションだけでなく歴史についてもしっかり知りたい方は借りることをオススメします。中条あやみさんと豊永利行さんのいい声でお聴きできますよ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
