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カナダ 夏期オリンピック開催国として 唯一 金メダルなしだった国 モントリオール五輪から50年

前々回の投稿の着目点のひとつが
百人一首 に撰ばれた歌の 終助詞
カナだったから でもありませんが
日本の決勝トーナメント進出が
確定した サッカー ワールドカップ
別のグループでは なんと
カナダが進出を決めています
カナダ って アイスホッケー が
盛んだし なんとなく スポーツにも
強い国 ってイメージがありましたが
ウィンター・スポーツ もそれほどでもなく
まして 夏期スポーツは……

カナダ が サッカー ワールドカップ で
決勝トーナメントに進んだのは
今回が初めて
開催国のひとつとなった今般は
ランキング10位内が一国もいない
グループB FIFAランキング30位
しかも 前回までの 16チームの倍
32チームが進出できるので
優に抜け出せて当然ではありましたが

今から50年前 1976年7月
コマネチ 10点!! じってん満点!!
(得点表示の電光掲示板には
想定されてなかったた10.00が
表示できず 1.00 と表示されました)
に明け暮れた モントリオール五輪
開催されました 個人的には
塚原光男新月面……今では
体操競技であたりまえになっている
……ムーンサルト そして 東独の
ヴァルデマール・チェルピンスキー に
あの最強王者 フランク・ショーター
バテてついていけず置かれていかれる
雨上がりの暗い無残な光景に
無常観をあらためて覚たものでした

それはともかく
カナダ は 2024年パリまで過去33回の
夏季オリンピック唯一
開催国で金メダル ゼロ だった国です
その前々回の メキシコ だって
開催国として3個取ってます
ボクシングの2個はまだしも
驚異的だったのは
競泳男子200m平泳ぎ の
Felipe Muñoz Kapamas
フェリペ・ムニョス・カパマス
(当時17歳) です
ドーピング大国ソ連の選手を破って
金メダル

(夏期)五輪史上 開催国として金メダルなし
なうえに ものすごい額の赤字を出した
モントリオール五輪のメイン会場は
翌年から MLB モントリオール・エクスポズ
(1967年の万博を名にして 1969年の
エクスパンション 球団数拡大策 で誕生)
の本拠地球場として使われていました
日本では野球のオールドファンには
クロマーティがいた球団 といえば
わかるかもしれません が
1994年の選手ストライキにファンは
怒りにも等しい嫌悪を覚え
ベースボール離れが進みました
ちょうどこの頃 モントリオールを含む
フランス語圏のケベック州では
独立運動が盛んでしたが
現在はその気運は衰退しているようです
ともあれ スト翌年の1995年から
エクスポズ経営不振に陥り
球団は2004年に撤退 新たに
ナショナルズ として ワシントンDCに
移転してしまいました ちなみに
ストでは全球団 ファンが離れましたが
ドジャーズは いちはやく観客動員回復しました
その大立役者が 野茂投手 トルネード でした
ちなみに 両リーグにわたっての2度の
ノーヒッターはともに敵地であり
どちらも未だ他の投手による
ノーヒットノーランが達成されていない
no more (ノーモー)な球場で
しかも クアーズ・フィールド は
MLB中もっとも標高がたかい1600mという
ボールが飛びやすい球場での達成で 
オリオール・パーク
・アット・カムデンヤーズ は
野茂投手の時代 本塁打が出やすい球場
(現在は左翼壁が後方に下げられ
高くされている)でした
その野茂投手が1995年にMLBデビューして
5度の登板で勝ち負けつかずだったのが
6度め モントリオール・エクスポズ戦で
1-1のスコアの6回1ダウン 走者1塁2塁で
交代させられて後続投手が四球で満塁
さらに交代(当時はすぐの交代が許された)
したリリーフ投手が満塁本塁打を浴びて
野茂投手に敗戦が附いた試合でした
(勝ち越し得点をした走者を残した投手に
負けが附くルールには個人的に反対ですが)
その球場が オリンピック・スタジアムです



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