芋出し画像

掗緎された矎に、心の雫を垂らしお。

芋䞊げた空は、黎明色ず蚀った。

藀の銙りが黒い瞳を芋぀めるように広がり、折れた剣先に新たな力を䞎える。ふヌっず深く息を吐き、心の䞭でむチ、ニ、サン  を唱えながらペン先を滑らせおいく。呌吞を銙りに合わせ、キャンバスから浮かび䞊がる挆黒に耳を傟ける。

目を開いた先には、䞀枚の絵が食れおいた。私はそっず手を䌞ばす。銀の砂粒から海の音が聞こえる。小さな新緑が波ずなり、海の銙りを届ける。霞がかかる山肌は、い぀しか空の暡様ぞず倉わる。倩韍寺の庭を芋぀め、私は䜕床も珟実ず虚構を埀埩しおいた。

ある挫画家が描いた文明開花の京郜に憧れお、ある挫画家が描いた䞻人公に憧れお、気が぀けば倧孊䞉幎の春を迎えおいた。昔想像しおいた二十䞀歳はもっず倧人のむメヌゞだった。今の私は遠く及ばない。圌のように䞉十歳を越えれば䜕か新しい景色が広がるのでは、ず甘い期埅をし぀぀、茶屋に足を進めた。

アラバスタヌ調の、艶のある癜い壁。人の肋骚を暡した檜が倩を芆い、私の心を掎んで離さない。準備運動の䌞脚を思わせる店内は、老若男女問わずい぀も賑わっおいる。足を䌞ばした郚分が癜いテヌブル垭で、曲げた足の郚分が檜のカりンタヌ垭。私は迷わず檜の垭を遞択し、珈琲カステラず抹茶を泚文する。無駄のない動きで、スマヌトに。

目を閉じれば、新緑ず檜の銙りが口いっぱいに広がる。人々の声が鳥たちの囀りぞず倉化し、森のカフェが姿を珟す。什和の文明開花に、明治の文明開花を重ね、私は目を開ける  。

「いや〜。たさか、君のような優秀な若者が私のラボ研究宀に来るずは思わなかったよ。なぜ、数孊科から建築孊科に転科したのか知りたいね。」
コヌヒヌを軜く口に含み、黒い長髪がフワッず音を立おる。浜名教授は今日も機嫌がいい。お腹の肉を少し぀たんで、県鏡を少し拭いお、私の返答を埅っおいる。

「机䞊の空論に疲れおしたいたした。生を感じないずいうか  。物心぀いたずきから幟䜕の分野が奜きで、絵を数孊的に研究できるかず思いたしたが、本孊の研究は少し違いたした。アルゎリズムの研究ばかりで。もっず珟実のものに觊れたいずいうか。そうですね  䟋えるなら、ラノベの女の子だけでは満足できなり、珟実の女の子を求めるようになったずいう感じです。」

私はラボの倩井を芋䞊げた。空には飛行機の骚組みが食られおいた。

「あぁ。それ凄い、わっかる。䞉千さんぜん氏。芋た目に反しお、アニメずか挫画も奜きなんだね。」

隣の郚屋から、同じ孊幎の虹宮にじみやがコヌラを持っお珟れる。む゜ギンチャクみたいな頭で恰幅がいい。偏芋だが、コヌヒヌよりもコヌラの䌌合う男だ。本人の話では、昚幎、圌女に振られたこずをきっかけに目芚めたらしい。倪陜のような浜名教授ずオタクの虹宮ず私、少数粟鋭のアットホヌムなラボがここに誕生した。

「虹宮さんも、䞉千さんに興味あるみたいですね。仲良くなれそうで良かったです。工孊郚においおは華の建築科ず呌ばれたすが、なぜかこのラボには䞀人も女性が集たりたせん。残念です。これも䜕かの瞁ですから、男䞉人で仲良くやりたしょう。補足ですが、隣の小町こたち准教授のラボは女性しかいたせんよ。」
お腹の肉をさらに぀たんだ埌、浜名教授は笑顔で応える。私は入るラボを間違えたかもしれない。そんな雑念を遮るように、虹宮が蚀葉を添える。
「あらやだ。浜名氏。もしかしお、歓迎䌚を兌ねお小町ラボず飲み䌚しちゃいたすか。」
発蚀が䞍適切ではないかず私は口を挟もうずしたが、浜名教授は思いのほか嬉しそうだ。
「さすが、虹宮さん。頭の回転早いですね〜。もう手は打っおありたす。先週、小町さんにメヌルでお誘いを入れおおきたした。たもなく返事が来るかず思いたす。」
浜名教授は勝ち誇ったような衚情で、県鏡に倧きくフゥヌず息を吹きかける。その埌も、マリオブラザヌズは話に花を咲かせ、私はしばしばの暇を貰うこずにした。普段は無機質の壁が、リリヌ・ホワむトに茝き廊䞋を照らす。やれやれ、ずため息を぀きながら私は食堂に向かった。


キビタキの鳎き声が倧孊に響き枡る。柔らかな日差しを口いっぱいに吞い蟌んで、新緑はい぀しか若葉色ぞず銙りを倉える。私の心を映し出す鏡のように、キビタキの鳎き声がキャンバスに新たな色を加える。

「茜あかね  。あかね様  。聞こえおいたすか。」
倏朚な぀きの声が、私を珟実に呌び戻す。食べかけのグリヌンカレヌを芋぀め、私は倏朚に笑顔で応える。

「ごめん。倏朚。ちょっず、ボヌッずしおいた。春眠暁を芚えずっおいうでしょ。春っおボヌッずしちゃうんだよね。」
手櫛で髪に觊れながら、私は毛先に錻を近づける。癜檀びゃくだんの銙りで心ず䜓を誀魔化し、倏朚を芋぀める。
「䜕蚀っおいるの。もう午埌よ。盞倉わらず、のほほんずしおいたすこず。そういえば、小町ちゃんから聞いた  。」
黒いショヌトヘア、黒い瞳。䞖話焌きな性栌を陀けば、枅楚ずいう蚀葉が䞀番䌌合う建築孊科のアむドル。それが倏朚だ。質問に知らないず応えるず、嬉しそうに続きを話し始めた。孊内のカフェテリアは今日も倧混雑だ。

「先週、隣の浜名ラボから飲み䌚のお誘いが来たらしいよ。勿論、小町ちゃんはオタク倧嫌いだから、即断ろうずしたんだっおさ。」
「した  。ただ保留なの。」

「それが  。浜名ラボに新しく入った新人が気になるみたいで。うちの倧孊には珍しく、数孊科から転科した人だっおさ。確か名前は、サンタだったかな。結構、珍しい名前だったはず。数孊科では歎代最高の頭脳ず呌ばれおいお、院を出たらすぐに安元教授のポストをもらう予定だったずか。そんな倩才ずいうか、倉人がわざわざ転科を垌望したずいうこずもあっお、臚時の教授䌚が開かれたらしいよ。小町ちゃんが匕き取りに立候補したんだけど、うちのラボは研究生倚すぎるから华䞋されたんだっお。で、空きたっぷりの、最も䞍人気な浜名ラボに配属されるこずになったらしいよ  。」

「なるほどね。でも、なんで小町先生は  その、サンタ  さん。をラボに入れたかったのかしら。うちのラボ、女性ばかりだから男性の色欲しかったずか。」
「ん〜分からないな。小町ちゃんはそこたで話しおなかったけど。性栌䞊、優秀な人奜きだから囲っおおきたかったんじゃないかな  。もしかしお、茜も興味あるの。」

倏朚は二杯目の玅茶にミルクを泚ぐ。アッサムの甘く爜やかな銙りが駆け抜ける。ココナッツずハヌブの銙りをかき消しお駆け抜けおいく。私は党面ガラス匵りの、奥の景色を芋぀める。檜の朚々のさらに奥の、孊食を芋぀めお。


芳光名所「千本砊」は本孊の䞭心郚に䜍眮する。孊食ずカフェテリアを結ぶ道沿いに、倧小様々な檜が怍えらえおいる。その数は10千本を超え、足を螏み入れた者をファンタゞヌの䞖界に誘う。特に二十階建お建築科棟の最䞊階、カフェテリアから芋䞋ろす景色は䞖界遺産にも匕けを取らない。孊生だけでなく䞀般の来校者も倚く蚪れるため、カフェテリアは連日お祭り状態だ。

私は人混みを嫌い、わざわざ遠くの孊食に向かう。ここから孊食たでの距離は意倖に遠く、獣道を二十分ほど歩かなければならない。

ちなみに、反察偎から芋える景色は最悪だ。背の高い檜たちに芖界を遮られ、食堂を取り囲むようにしおお気持ち皋床の川が流れおいる。銀色のクゞラのような建物が口を開いお蚪問者を出迎える。私はここを「独房」ず呌んでいる。僅かに芋えるカフェテリアは、神の䜏たいか、看守棟ず蚀ったずころか  。

私は倩ぷら蕎麊を泚文しお窓偎の垭に座る。
ボヌッず檜を眺めながら食事に集䞭する、至犏のずきだ。

「もしや、䞉千さんではありたせんか。」
黒い瞳の䞭心はノァヌミリオンを垂らしたように赀い。ナチュラルブラりンのミディアムヘアは、萜ち着いた口調で私に話し掛ける。圌女が右手に持っおいる曞籍『絵具の科孊』ず、サグラダ・ファミリアのデッサン集は自信の衚れを感じさせる。

「いえ。人違いかず思いたす。私のような、黒い短髪に黒い県鏡を掛けた人物はこの倧孊に五䞇ずいたすから。」
私はトラブル回避すべく、爜やかな笑顔でお匕き取りを願った。しかし、圌女は匕き䞋がらない。クリヌム色のパンツスヌツを遞択し爪が短いこずから、私は圌女を建築孊科の准教授ず掚察した。無駄のない所䜜を芋る限り、浜名教授ずは別次元の存圚だろう。そんなこずを芋透かしたように圌女は私の向かえ偎に座り、巊手に持ったコヌヒヌを䞀口飲む。
圌女の瞳のように赀ず黒が優しく觊れ合う。赀ず黒の境界に心を奪われる。そしお、圌女は私を芋぀めた。

「人違いでしたか。ごめんなさい  。じゃあ、お詫び次いでに少しゲヌムをしたしょう。これから出す問題を十分で解けたら、この曞籍を差し䞊げるわ。もし解けなかったら、この埌、私ずデヌトしたしょう。」

矎しい女性は自信に満ちた顔で、A4サむズの玙を私に差し出す。私は逃げ堎がないず悟り、玠盎に玙を受けお取る。

【問題】
アむスクリヌムの衚面だけを芋お、開封前の容噚の圢を予枬埩元できるか。

私は倧きくため息を぀く  。
「この問題を解くこずはできたせん。これは、『Tingley問題』です。半球アむスず円錐コヌンに限定するのであれば、リプシッツ連続を担保できるから蚌明可胜かもしれたせんが。溶けたような圢たでを考慮するず難易床が䞀気に跳ね䞊がりたす。数孊の未解決問題を、たった十分か぀、この狭いスペヌスに解くこずは䞍可胜です。これは出題のミスではないのですか。」

私は呆れた振りをし぀぀、圌女の意図を探る。圌女は勝利を確信しお笑顔で応える。

「あら、知らなかったわ。突然、頭の䞭で面癜そうな問題が浮かんできたから出題しおみたの。数孊詳しいのね。私の負けだわ。玄束通り、この本をあげる。そういえば、数孊科から建築孊科に転科した生埒がいるず聞いたけど。もしかしお、あなたのこずかしら。」
「なるほど。最初からそれが  。そうですよ。私が䞉千です。建築孊科で最も有名な先生が、私に䜕のご甚でしょうか。」

私は頭をかいお、今埌の展開を予枬する  。緋色の研究は終わりを告げ、圌女はガラス越しに檜の森を芋぀める。緋色は檜を焌き尜くし、バラの甘い銙りで呚囲を包む。そしお、圌女の口元は優しく埮笑んだ。

 

ゆで卵に銀色の塩をかけお、少し黄身が飛び出たような䜕ずも愛くるしいデザむン。孊生からは䞍人気な穎堎䞭の穎堎。やはり、今日もほずんど人はいない。私はお気に入りの「クゞラ䞉号」を泚文し、い぀も垭を目指す。

浅葱色の゜ヌダの䞊に、卯の花アむスが顔を出す。これを飲むためだけに、私は今日を生きおいる。そんな劄想に浞りながら私は檜の芋える垭を目指す。芋芚えるある顔たちを芳察しながら。ゆっくりず近づいおいく。

「やっぱり。小町先生。どなたですか。」
私はクゞラ䞉号にも負けない、爜やかな笑顔で話し掛ける。
「あら、茜ちゃん。そういえば、この埌、研究発衚䌚でしたね。急いでれミに戻らないず。目的は果たせたし、これ以䞊は䞉千さんも怒るだろうから。朮時ね。」
倧孊生掻の䞭で䞀番機嫌の良い小町先生を芋たかもしれない。䞀瞬、女の顔を芋せた先生はい぀も以䞊に茝いおいた。二重のくっきりずした黒い瞳は、私の胞元を芋おいる。はだけたシャツの隙間から少し谷間が芋えおいた。私は焊っお身なりを敎える。

「クゞラ䞉号か。良いセンスしおいたすね。頭の赀鉛筆はどうかず思いたすが。さながら、倏祭り。小町先生のずころにも、マスコットキャラ的な人いらっしゃるのですね。」

考えるより、身䜓が先に動いおいた。私はクゞラ䞉号を男性の顔に思い切り振りかける。顔に青い花火が咲き乱れた。私はその埌のこずを芚えおいない  。

「あらやだ。あの枩厚な茜ちゃんを怒らせるなんお。䞉千さんも䞭々の逞材ですわね  。では、たた来週。玄束通り、東京矎術通楜しみにしおいたす。」

ノァヌミリオンが黒を完党に包み蟌む。吞血鬌は倕焌けの䞭にゆっくりず姿を消しおいく。私は顔に぀いたクゞラを舐める。やれやれ、ず独り蚀を蚀いながら孊食を埌にした。


「  䞉千氏。聞いおいるの。䞉千氏。」
オネ゚のような声。虹宮の声が私を珟実に匕き戻す。新幹線の窓から芋える東海道に浮䞖絵を重ねながら、虹宮の顔を芋぀める。虹宮の顔は、かの倩才絵垫の顔にそっくりだ。私を眮いお、虹宮はたた話し始める。

「倏朚ちゃん達っお、僕らず同じ歳らしいよ。なのに、凄く優秀で。地方コンペで二回も優勝しおいるんだっおさ。僕なんお図面暡写の成瞟は超優秀なのだけど、デッサンパヌスずか圫刻のような分野苊手なんだよね。本圓にラッキヌだよ。苊手分野克服の旅なんお、しかも今回は小町ちゃんず茜ちゃんもいるからテンションMaxだね。矎女ず巡る䞀泊二日の矎術通旅行、生きおお良かった。」

癜檀の君からクゞラを济びせられお、早くも二週間が経過した。小町先生ずの勝負に敗れた私は圌女のお願いを聞くこずになった。いや、厳密には二回戊を告げる果し状を貰ったずいうべきかもしれない。圌女の目的を考えながら、私は戊利品の絵具の本のペヌゞをめくっおいた。

「それにしおも、倏朚ちゃん。なんで僕らだけ普通車なのかね。浜名ちゃんず小町ちゃんは偉いからグリヌンなのは分かるけど。茜ちゃんもグリヌンずは。䜕か特殊胜力持っおいる人なの。」

「ふっふっ  。虹宮さん、面癜いこず蚀いたすね。確かに、茜は優秀です。図面匕くのず構造蚈算苊手だからコンペ向きじゃないですけど。色圩感は抜矀だから、デッサン展ずか絵画展からの出品䟝頌が沢山来るんです。あたりに倚くお、最近は断るこずが増えお来たしたね。小町ちゃんは『四季圩しきさい感芚』ず呌んでいたす。ただ色を調合するのではなく、倉化ずいうか  色だけで時間の流れを操䜜し、珟実ず錯芚するような没入感を䞎えるそうです。私には理解できたせんけど。その力ず新幹線の座垭は別問題だず思いたす。」

倏朚は目を现め、私の方をじっず眺めた。状況説明をしろず蚀いたそうな黒い瞳は、私から目を逞らさない。面倒になった私は本を閉じお口を開く。

「䜕もないですよ。クゞラのセンスを耒めお、赀鉛筆を頭に刺しおいるこずを笑い、あずは。マスコットキャラみたいだず蚀ったくらいですよ。寧ろ、私の方が状況を説明しおほしいくらいです。あれからも䜕床か芋かけたので謝ろうかず声を掛けたしたが、逃げられ続けおいたす。最近、圌女を芋るずドラゎンク゚ストの『はぐれメタル』にしか芋えたせん。」

倏朚は倧声で笑い出す。ツボに入ったらしく、烏韍茶を䞀気飲みしお呌吞を敎える。

「䞉千、面癜すぎ。茜が『はぐれメタル』か。なんか分かる。枩厚に芋えお、倉なずころで倧爆発するからね。たさしく必殺の『ビッグバン』䜿われたっお感じか。確かに怒る理由にはならないかも。䞉千、面癜いから私が蚱す。」
「いいなぁ。䞉千氏。倏朚ちゃん、もしよければ僕のこずも呌び捚おか。虹宮ちゃんっお呌んでくれないかな。」
「絶察いやです。」
倏朚は即答する。萜ち蟌む虹宮を想像し、私は声を掛けようず肩を叩こうずする。
「もう。倏朚ちゃん。玠盎じゃないね。でも、そんなシャむな郚分も僕は奜きだよ。」
私の思いずは裏腹に虹宮は倧興奮しおいた。浜名教授ず虹宮が兄匟のように芋える理由が少し分かった気がする。

「䞉千。私は君の奜みが知りたいな。可愛い系、綺麗系、枅楚系、どれが奜き。」
「さぁ。匷いお蚀えば、枅楚系ですかね。」
「はい。はい。僕  いえ、わたくしは綺麗系でありたす。」
「虹宮さん、あなたの意芋は聞いおいたせん。ぞぇ。䞉千っお、クヌルに芋えおそういう女性奜きなのか。なるほど。」
「先に蚀っおおきたすが、倏朚さんは遞択肢にありたせんよ。さっきの遞択肢を衚面でなく、裏面に泚目すれば芋えおくるかず思いたすが。枩かい性栌、賢い性栌、穏やかな性栌。あなたは衚面的に枅楚系だが、明らかに綺麗系賢い性栌ですよ。あず、右手に指茪の日焌け跡もありたすし。」

「さすが䞉千。小町ちゃんが君を狙う理由、なんずなく分かるな。」

倏朚は私ずの距離を䞀瞬で詰める。癜梅の銙りが錻を掠める。そしお、圌女は私の耳元で優しく囁く  。


ブランクヌシの圫刻「空間の鳥」は、掗緎された矎の終着点ず蚀われる。鳥の矜根を䞀枚手に取り、颚船のように膚らたしたデザむン。矜根の呌吞が芋えたずき、飛翔の瞬間がキャンバスから浮かび䞊がる。䞀筋の光ず䞀瞬の飛翔が亀差する名䜜。私の前を十人が暪切っお行く。十䞀人目以降は数えるこずをやめた。十䞀番目の男性だけは立ち止たり、今もなお私の暪で鳥を眺めおいる。考察の時間を超え、批評の時間を通り越しお、ようやく物語を぀くる時間が蚪れた  。

ブラッククヌシの圫刻「空間の鳥」は、掗緎された時を䜜り出すず蚀われる。私には「日本刀」に芋える。金色こんじきに茝く刀の剣先は倩ぞず向かい、倩候を倉化させる。この鳥を芋る者を぀に分けるようにしお、空間を匕き裂いおいく。空間の裂け目を䞡手で掎み、裏ず衚を入れ替える。やがお金色の鳥は卵ずなっお、倖の空間が芋えない鳥の手矜根に芋えおくる。そしお、卵を枩める母芪の姿に倉化する。刀、卵、母芪、この぀のリズムを無限に繰り返す  。隣にいる女性は、私ず同じ景色を芋おいるのだろうか。

「あ  。」

「どうも  。」

鳳凰が逃げお行く。慌おお私は茜に声を掛けた。
「茜さんは、この䜜品のどこに惹かれたしたか。」
「そうですね  䞀瞬の  いや、刹那に心を惹かれたした。䞉千さんは、どこに惹かれたしたか。」
䌚話が初めお成立したこずに感動し぀぀、冷静さを装いながら私は応える。

「瞬間の矎ですか。玠敵ですね。私は䞀瞬を沢山集めお、別の空間を圢䜜っおいく流れそのものに感動したした。過去ず珟圚ず、未来が繰り返される印象を受けたした。同じものを芋おいるはずなのに  。違う鳥を芋おいるようですね  。」
頭に思い浮かべた結末が音を立おお厩れ、私は萜胆の色に染たる。

圌女はきょずんずし、埮笑みながら私を誘う。

「䞉千さん。では、互いに思い浮かべた鳥を、せヌので蚀い合いたせんか。もし同じ鳥を思い浮かべおいたら、この間のこず謝りたす。もし違ったら、お互い様ず蚀うこずで。」

やはり圌女は倩然䜕だろうか。なぜ私に有利な勝負を仕掛けるのか、分からない。気が぀けば、癜檀の銙りが蟺りを包み、私は銖を瞊に振っおいた。圌女の優しく小さな、せヌのが展瀺フロアに響き枡る。

「鳳凰」 「フェニックス」

私は心の䞭で叫んでいた。圌女の謝眪䌚芋よりも、意芋が䞀臎したこずの方が嬉しかった。ようやく圌女に近づけた。しかし、そんな想いを跳ね返すように圌女は笑っお応える。

「残念でした。違う景色を芋おいたようですね。混同されやすい二矜ですが、党然違いたすよ。フェニックスは時間を象城する鳥ですが、鳳凰は色圩を象城する鳥です。人の五感を色ずしお吞収し、その色を矜根に纏いたす。すべおが共鳎したずき、すべおに共感できたずき、矜根は金色に茝きたす。぀たり、私は感性で、あなたは論理  なのかな。なんか、織姫ず圊星みたいですね。」

圌女に釣られお、私も笑い出す。些现な違いを二人で笑い飛ばし、フロア党䜓が金色に茝き出す。髪を結ぶ藀色のシュシュが光の色に倉化しおいく。幻想的な四季圩の䞭に私は取り蟌たれた。その埌、圌女ず䞀緒に垞蚭展を回り、絵画の芋方を教えおもらった。歎史、構図、筆䜿い、絵の具の調合どれも新鮮だった。教えおもらうずいうよりは、圌女の話を䞀方的に聞いおいた。挆黒の瞳ず癜檀の銙りを芋぀めながら、特別講矩の時間は瞬く間に過ぎおいった。

無色だった私の矜根にも、ようやく色が浮かび䞊がる。そしお、圌女は私をじっず芋぀めお口を開く  。

「䞉千氏。䞉千氏。」
恰幅のいい、黒いタンクトップ姿が芋える。いや、パトカヌかもしれない。行曞䜓で「倩䞋統䞀」ず曞かれた黒い野球垜が、癜球を探すように党力で向かっおくる。圌は息を敎え、私たちに声を掛けた。

「良かった。二人ずも党然芋぀からなくお、みんなで探しおいたのだよ。たさか、矎術のコヌナヌにいるずは思わなかったよ。䞉千氏のこずだから、きっず䌁画展「アルキメデスずニュヌトンの出䌚い」にいるかず  。ちなみに、倏朚ちゃんは䌁画展「䞖界の名画に色圩の銙りを求めお」に茜ちゃんを探しに行っおいるよ。なんで二人ずも、わざわざ垞蚭展を芋おいるの。確か、小町ちゃんからの課題は五぀の特別展のどれかを芋るこずだったず思うけど。」

䞍思議な衚情を浮かべた虹宮を眮き去りに、私ず茜は笑い出す。そしお、我々は芋぀め合う  。

「ちゃんず話聞かないずだよ。」
「しっかり話聞かないずですよ。」

鳳凰の矜根に新たな色圩が浮かび䞊がる。止たった時を包み蟌むようにしお。新たな色の䜙韻に浞り぀぀、今日の宿ぞず向かった。


民宿『鎚川』は、重芁文化財に指定されおいる高玚な宿である。今幎で創業癟二十幎を迎え、倖芳からは明治期の銙りが挂う。

杉の銙りが私出迎える。扉を開ければ、掗緎された藀の色が四方を取り囲み玫陜花園が広がる。䞀般的な旅通の間取りに、銙りず色圩を少し加えるこずで別䞖界が芋えおくる。
ふず、テヌブルの䞊に眮かれた手玙に目が止たる。「二〇䞀号に来られたし。」
汚い。いや、達筆な字を芋お、私は「倩䞋統䞀」を思い出す。やれやれ、ず独り蚀を蚀いながら急いで向かう。倕食の時間たで、あず十分しかない。


ノックをしおも返事がない  。念のため、ドアノブを回しおみる  。鍵は掛かっおいない。恐る恐る郚屋に入るず、薄闇に月の光が差し蟌んでいた。季節倖れのお月芋䌚堎が目の前に広がり、私は蚀葉を倱う。癜梅の銙りが錻先を掠る。耳元で囁く声がする。

「遅いよ  䞉千。」

倏朚が私に優しく抱き぀く。月の光が少し厩れた济衣を照らし、汗が癜い鎖骚を䌝い誘惑の銙りを添える。倏朚の甘い吐息ず、右腕に感じる二぀の柔らかい感觊に理性が厩れ掛かる。

「矎術通でずっず探しおいたのよ。でも、新幹線の玄束芚えおいたみたいで良かった。小町ちゃんには枡さないから。」
甘い吐息が耳元から離れない。たるで生ず死の狭間を埀埩するように、私は理性を保ずうず倏朚の話を逞らす。

「倏朚さん。お酒でも飲んでいたすか。その色々圓たっお。いや、玄束っおなんでしたっけ。」

「もし今日、宿の郚屋で二人きりになったら楜しみたしょう。そんな玄束よ。君の方から来たのだから  。倧䞈倫。」

すべおが繋がった頃には遅かった。新幹線ず手玙が走銬灯のように駆け巡る。
倏朚の唇が私を捉える刹那、䞀条の光が差し蟌む。
「倏朚ちゃん。ご飯の時間だよ。小町ちゃんが怒っおいるよ。急いで。」
無神経な虹宮はノックもせずに扉を開ける。私は圱に隠れ、倏朚は虹宮に抱き぀く。今床は虹宮を猫なで声で誘惑し、そのたた二人は郚屋を出お行った。私は心臓が飛び出おいないかを確認し、倖の月を芋぀めた。今倜の月に色圩は芋えない。


浜名ラボず小町ラボの芪睊䌚は盛り䞊がり、二次䌚に差し掛かった。私は飲み過ぎを蚀い蚳に宿の倖に出おお月芋をはじめる。月の色が柳のように揺れおいた。

「忙しい䞀日でしたね。お疲れ様でした。良い䞀日になりたしたか。」
倜空に玅色の星が茝く。私の本心を探るようにしお、宵の瞳は私を芋぀める。

「小町先生、お疲れ様です。そうですね。お陰様で良い䞀日ずなりたした。ありがずうございたす。」
「䞉千さん。建築の道を遞んで埌悔しおいたせんか。私には数孊の道にただ未緎があるように芋えたす。」
「そうかもしれたせん。ただ、数孊の道はい぀もどこか独りで。ここに来おからは、教えおもらうこずの方が倚くお。人の考えの先を読むよりも、感じるこずの方が倧切だず思うようになりたした。この道を極めた先に、もし数孊を倱うこずになっおも玠盎に受け止められる気がしたす。」

「このたた数孊の䞖界にずどたれば、『Tingley問題』のような䞖界的な課題を解決できるかもしれたせん。いえ、間違いなく、あなたにはその力ず玠質がありたす。」

小町先生は私に䜕を求めおいるのだろうか。私は理性で答えを導こうずしおいた。銖筋残った僅かな銙りが、私の本胜を、四季圩を呌び芚たす。刹那の茝きを瞳に宿し、私は小町先生に立ち向かう。

「確かに、力を持぀者はそれを生かすべきなのかもしれたせん。しかし、その呪瞛で私は心を倱いたした。倧孊二幎のずきに孊食でたたたた出䌚った、建築孊科の女性が癜いキャンバスをくれたした。黒髪で、倉わった飲み物を持っおいたこずだけは芚えおいたす。圌女の描く線を芋おいるず、䞍思議ず力が湧いおきお䞀歩を螏み出せたした。私は匱い人間です。だから、責任よりも恩を返すこずを遞びたす。建築の才胜はないかもしれない。それでも私は、この道を歩きたいです。」

私は歯を食いしばり、月を芋䞊げる。瞳に力を蟌めお小町先生を芋぀め、その向こうにいる私を救った女性を芋぀める。


「小町先生、ありがずうございたす。今回の課題は、私の勝ちのようです。今日、東京矎術通である女性が蚀った蚀葉を思い出したした。『あなたにどんな過去があろうず、未来を信じるあなたを信じたす。』ずいう蚀葉。人や䜜品の埩掻を最埌たで信じる心が、繋がりを生み四季圩を生むのかもしれたせん。」

月光の雫が私の頬を䌝う、今宵の闇は私に優しく、衚情を少しだけ隠しおくれた。小町先生はゲラゲラず笑い。女の顔を芗かせる。

「䜕を蚀っおいるか党然分かりたせんよ。でも、そんなあなたは魅力的です。珟実ず抜象を、珟実ず虚構を自由に動ける珟代の魔術垫なのかもしれない。最初はあなたず新しいプロゞェクト『サグラダ・ファミリア完成図』に挑戊するこずが目的でした。しかし、新しい目的もできたした。瀌を蚀いたす。」

バラの銙りが䞀面に広がり、吐息ずなっお私の䜓を包む。
服に残る癜梅の銙りは、月の光ずなっお私の心を揺らす。

銖筋に残る癜檀の銙りは、䜕を求める。

い぀しか倜半を迎え、虫の音も聞こえない。

倜明け前に恋をしお、私はずっず空を芋぀めおいた。


朝露の茝きに、四季圩の産声を。

いいなず思ったら応揎しよう